例えばの話だ。

私が怪盗だったとしよう。
予告状を出せば、世界中が大騒ぎ。月夜に屋根の上に、派手に登場する。宝石や絵画を優雅に盗み、時には名探偵なんかと勝負する。警察を困らせて、小さな子供達の瞳を輝かせる。

そんなことが出来れば、気持ちが良いだろうし、自分に誇りをもてるんだろう。
だって、物語の中の怪盗は楽しそうだ。
私は、怪盗に憧れていた。

なのに、だ。
どうして私は、怪盗と正反対のものになったんだろうか。
いや、多分一番遠くて一番近いもの。

「……怪盗クイーン、か」

机の上の新聞記事に目を通す。
私は、彼……彼女かもしれない。とにかく、世間を騒がせている、怪盗クイーンを捕まえるという任務を警察から言い渡されていた。
そう、私は名探偵だ。

「何でこうも皮肉なんだろう……」

怪盗と聞いたら、名探偵。名探偵と聞いたら、怪盗。
私がなりたかったのは……。

だったら何で名探偵になったのかと訊かれても分からない。
名探偵と怪盗なんて、裏表。全く違うようで、背中合わせなくらいに近いもの。
不思議なものだ。

きっと私は怪盗になれるし、クイーンも名探偵になれた。
私もあの人も、同じ。いつまでも、真っ赤な同じ夢に住んでいる。

「…………ふぅ」

椅子から立ち上がる。さぁ、そろそろ時間だ。
この世のものとは思えない程の輝き、なんて騒がれている宝石の入ったケージの側に立つ。この部屋の外では、警察が何処から来るか分からない怪盗に警戒しているんだろう。
唇を舐めると、思わず口角が上がった。

私は、全て分かっている。あの人が何処から来るのかも、どうやって宝石を盗むのかも。
だけど、私は誰にも教えない。
自分のために、赤い夢を見続けるために。

さて。

ゆっくりと目を閉じる。その瞬間、私の背後の窓に取り付けられたレースのカーテンが、大きく揺れた。
振り向いて、そこに降り立った人物に微笑みかける。

「……こんばんは、クイーン」

銀色の髪をなびかせた相手も、綺麗に微笑んだ。
私は知っている。貴方が本当に盗みにきたものは何なのか。そして、私がそれを知っていることを、貴方も知っている。
それは私が名探偵で、貴方が怪盗だからだ。

「……みょうじなまえさん、貴女を盗みに参りました」

私の敵と呼ばれるそのひとは、優雅に片膝をつくと、私の片手を優しくとってその甲に口づけた。
口角を上げ、もう一度微笑む。

窓の外の月は、燃えるようにあかかった。



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