「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……!」
「…………」
「羊が四匹、羊が五匹、羊が六匹、羊が七匹……」

眠れない。原因は先程から隣の部屋から聞こえてくる呪文(のようにジョーカーには聞こえてきた)のせいだ。
壁が薄いわけではない。その声の主であるなまえの声が大きいのだ。ため息をついてベッドから起き上がる間にも呪文は止まず、ジョーカーはもう一度大きくため息を吐き出した。

なまえの部屋のドアを二回ノックすると、中からヒィィという情けない悲鳴が聞こえてきた。

「……僕です」
「あ、ジョーカー、どうぞ……」

ドアの隙間から顔を覗かせると、彼女がベッドの上で毛布にくるまってイモムシ状態なのが確認できた。唯一見えるのは目だけで、あとは毛布の中。

「大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫」
「…………」

本当に大丈夫なのかとジョーカーが確認の視線を送ると、それを受けたなまえは視線を逸らす。静寂に包まれた部屋の中、彼女が言葉を発したのは数十秒後。

「…………ってわけではないような気がしなくもないような気がします……」
「ややこしいですね」

長い台詞を噛むことなく言い切ったなまえが青ざめて毛布にくるまっている原因は、多分さっきのホラー映画だろう。多分というよりは確信に近いが。クッションを抱き締めながら、クイーンとソファーに並んで液晶を見つめていたのを思い出す。

「こうなるの分かってたでしょう」
「はい……」
「なのになんで見るんですか……」
「怖いもの見たさです……」

だってクイーンがなまえちゃんも見るかい?って誘ってくるから!と言い訳するように訴える彼女に、ジョーカーはため息をついてベッドの端に腰かけた。ベッドが小さな音をたてる。

「ほら、寝て下さい」
「目閉じたら幽霊が追い掛けてくる……!」
「きませんよ」

ほら、ともう一度急かせばなまえは眉を下げながらも横になる。それでも一向に瞼を閉じようとしない彼女に、ジョーカーはため息混じりに呟いた。

「……あなたは、どうやって眠るつもりですか?」
「…………」
「幽霊なんて来ないし、僕がここにいますから」

意を決したようになまえが目を瞑った。
と思いきや、すぐに目を開ける。その行動に首を傾けたジョーカーに向かって、彼女は小さく口を開いた。

「……ジョーカー」
「はい」
「…………手、握っててくれますか」
「…………」

恐る恐る伸ばされた指に、少し戸惑って、そっと握った。表情を緩ませた彼女は指先に少しの力を込めると瞼を下ろす。

「……おやすみなさい」

しばらく手を握っていれば、ようやく規則正しい寝息が聞こえてくる。
ジョーカーは、額にかかった前髪を払ってやると、上半身を静かに前に倒した。露になった額に優しく唇を落とすと、惜しいと思いながらも握った指を一本ずつ解いていく。
最後にもう一度髪を撫でると、ジョーカーは立ち上がった。




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