「…みょうじ?」
突然声をかけられて、私は大げさに肩を揺らして振り返った。
立っていたのは、同じクラスで隣の席の……結城君。
クラスメイト、兼密かな想い人……だったりする。
無口な人だけど、私は持ち前のハートの強さで話しかけた。だんだん、前よりもよく話してくれるようになったと感じていて、嬉しかった。
隣の席になれて、つくづくラッキーだと思う。
なんて回想に浸っていれば。
「……みょうじ?」
「はっ、はい!」
「何してるんだ?」
「あ、えーとちょっと、ね」
言葉を濁して、視線を泳がせる。
……野球してた結城君を見てたなんて言えない。
「……暑いのか?」
「え?」
どう言い訳しよう、なんて考えていたらいつの間にか話題は別のものになっていた。
暑い?
疑問符を頭に浮かべれば、結城君は理由を付け加えた。
「顔が赤いが」
「…………大丈夫、です」
あぁ、恥ずかしい……。
突然、彼に会ったおかげで、体温が顔に奪われていたらしい。
思わず手のひらで頬を包むと、結城君が何か差し出してきた。
不思議に思いながらも受け取ると、冷たい感触。
ペットボトルのようだった。……緑茶?
「さっき沢村達が間違えて買ってきてな…」
「あ、ありがと」
沢村、っていうと後輩の子だろうか。
多分私の顔が赤いからくれたんだろう。
こういう気遣いが出来ちゃうんだから、結城君が密かに人気なのも頷ける。
……他の子にもこんなことするんだろうか。
なんて、結城君の彼女ってわけでもないのに。
もやっとした気持ちに、小さくため息をつきそうになり、結城君が目の前に居ることを思い出して慌てて飲み込んだ。
何か、みっともないとこ見せてる気がする……。
「帰るか」
結城君が呟いた言葉に、はっとして顔を上げると、もうかなり辺りが暗くなっていた。
「あ、うん。じゃあまた明日!」
ちょっと名残惜しい。
教室以外で会えることなんて、滅多にないし。
まぁ、今回のことも私が野球部の練習を見てたから、起きたことなんだけど。
別れを告げて、帰路につこうとすれば、
「みょうじ」
呼び止められた。
何だか、今日はたくさん名前を呼ばれている気がする。
それだけで嬉しくなる私は、かなり単純。
「何?」
「送っていく」
「……え?」
聞き間違えたんじゃないだろうか。多分そうだ、きっとそうだ。
なんて都合の良い耳。
「早く行くぞ」
「……」
……どうやら聞き間違えではないらしい。
歩き出してしまった結城君を、急いで追い掛ける。
「……でも、結城君の家どっちなの?」
「みょうじの家は?」
「向こうだけど……」
大体そっち、という方向を指差す。
すると、彼はその道を歩き始めた、え、ちょっと待って下さいよ。
慌てて結城君の隣に行く。
「俺の家はあっちだ」
そう言って結城君が指差した方向は、正反対とまでは行かないけれど、どう見ても同じ方向ではなかった。
「い、いいよ! 練習で疲れてるでしょ」
「みょうじを一人で帰らせるのも心配だ」
「っ、」
また熱くなった頬に、さっき貰ったペットボトルをあてる。だけど、握りしめてぬるくなっていたペットボトルは使い物にならなかった。
何してるんだ私は。
「行くぞ」
振り返ってそう言った結城君に、やっぱり嬉しくなってしまう。
140827
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