移動教室での授業。
私がいつも座っている机の中に、教科書があった。私のものじゃないので、ここは前のクラスの人が忘れていったんだと考えるのが妥当だ。
教科書の裏表紙を見てみれば、B組と御幸一也という文字。……誰だっけ、B組っていうと隣の隣のクラスだ。
というか、これなんて読むの。おゆき、おさち、お…………おしあわせ。いや、そんなに立派な名字があるのか。初めて目にする名字だ。

ところで、この場合忘れていったほうに非があるだろう。多分、これを届けなくてはいけないのは私だ。
……だったら、借りるくらいいいよね。うん。教科書だけを見事に忘れた私は、ラッキーだった。えぇっと……とりあえずこの人に感謝しよう。
授業が始まる合図の、チャイムが鳴った。


というわけで、私は幸運なことに忘れ物なしで授業を乗り切った。
そして、B組の教室の前の廊下に来ている。
もちろん、教科書を返すため。友人達に訊いたところ、どうやらみゆき君と読むらしい。女の子みたい。
少し緊張しつつ、B組の教室に顔だけ覗かせてこの教科書の持ち主の名前を呼んでみる。

「御幸くんて人、いますかー!」

教室の視線が突き刺さるのに耐えながら、反応した人がいないか探せば。いた。
眼鏡を掛けた背の高い男子が歩いてきた。この人が御幸くんか。
近くまでやって来た彼を見上げる。おぉ、イケメン……。オーラに若干気圧されていると、御幸くんは口を開いた。

「……えーと、なにか……?」
「……あ、」

おっといけないと、忘れかけていた教科書を差し出す。それを見た彼は、少し首を傾けた。もしや、忘れていることに気付いていないとか。
引っくり返して、裏表紙の名前の欄を指差す。

「あ、」

どうやら彼のもので合っていたらしく、御幸くんはそれを受け取った。
良かった良かった。私も助かったし、御幸くんにも返せたし。

「わり、わざわざサンキュ」
「こちらこそ、どうも」
「なにが?」

あ、えっと。突然しどろもどろになる私に、御幸くんはいぶかしげに頭を斜めにする。余計なことを言ってしまった、別に言わなくて良かったのに私のばか。

「あーと……」

仕方なく、勝手に見せて頂いたことを白状する。小さく頷きながら聞いていた彼は、聞き終わった途端笑いだした。

「なんでそれ言ったの、言わなくて良くね?」
「自分でも思いましたけどなにか」
「ははっ、じゃあ言うなよ」

根が素直なもんで、と返せばまた笑われる。あの、この人過呼吸にならないかな。大丈夫か。微妙に心配になったが、彼はようやく笑い止んだ。

「で、」
「はい?」
「名前なんていうの?」

なんで、と返すとそっちは俺の名前知ってるから、と答えになっていない気がする答えが返ってきた。ううん、でも確かに名乗るべきか。

「みょうじなまえ、D組です」
「みょうじちゃんね」

自己紹介とか、クラス替えくらいでしかしないよね。彼の中で私の呼び方はみょうじちゃんになったらしい。
ところで、そろそろ教室に戻らないと授業始まっちゃうんだけどな御幸くん。戻っていいかな。いいよね時間本気でやばいもん。そう結論を出し、それでは、と背を向けようとしたら腕をカーディガンの上から掴まれた。

「え、まだ帰っちゃだめですか」
「一個聞いてくれたらいいよ」
「なにを」

食えない笑顔で私を止めた御幸くんは、よく分からないことを口にした。眉を寄せて授業のことを考えながら、御幸くんに向き直る。

「今日の昼、一緒に食べようぜみょうじちゃん」
「…………なぜ」
「なんとなく面白いなーと思って」

それは私のことがか。どこを面白いと思ったのかは知らないが、ちょっと失礼じゃないですか。
それにしても、なんとなく、なんとなくだけどこれはイエスと言わないと教室に戻れない気がする。次の授業の先生怖いから遅刻は勘弁だ。腕を掴んだ手は私を解放してくれる気配はない。

「どうする?」

まるで選ばせてくれる感じの言葉だが、多分選択肢はイエスしかない。B組の教室の時計を見ると、割と本気な感じでやばかった、時間が。
もういいや、と慌てて彼に向かって首を縦に振る。それに御幸くんは満足げな顔をして、腕を解放した。また昼な、と御幸くんに言われ、どうしてこうなったという言葉を飲み込んで頷いた。

結局授業はぎりぎりセーフで間に合ったわけだけど、教科書とかそういうものを用意していなかった私は、すぐ教室へ入ってきた先生に慌てて席に着く羽目になった。御幸くんのせいだ、と心の中で文句を言いつつ、昼にもっと文句を言ってやろうと考えた。
そうしたら先生が私の名前を呼んで、見れば黒板の問いを指差していて。ああもう、これは全部御幸くんが悪いってことでいいかな。



141111

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