「ただいまー」
「おかえりー、一也」

ドアが開く音と、まだ声変わりのしていない彼の声が耳に届き、言葉を返しながら玄関に向かった。
靴とシニアの帽子を脱いだ一也は、私を見て驚いた顔をした。
『おかえり』が返ってくるとは思わなかったのか。どうして居るんだと目が言っている。
いつも飄々とした顔が、その瞬間はすごく子供らしくて笑ってしまう。

「え、何でなまえがいんの?」
「ふっふっふ、何ででしょう」

含み笑いをしてみせれば、一也は私が着ているエプロンを見て首を傾けた。何か思い当たることはあるらしく、少し期待したような表情を見せる。

「はいはい、とりあえずお風呂入ってねー」
「えぇ、後で良いよ!」
「だめ。家の中が砂だらけになる!」
「……はーい」

背番号付きの小さな背中を押して、お風呂場へ行かせる。
リビングに何があるのか、それが気になるらしい一也を微笑ましく思いつつ、台所へ戻る。

最後の料理を仕上げ、小さなテーブルへ並べた。向かいにある自分の家から持参した、料理本を睨みながら作ったもの。
高校三年にもなって料理はあまりしたことがなかったため、なかなか苦戦した。多分、まだ中学生の一也のほうが手際が良いだろう。
それでも、今日は一也にご飯を作らせるわけにはいかないのだ。人が、自分のために作ってくれたご飯って、本当に美味しいものだと思うから。
だから、今日くらいは。

「上がったよー」

髪をタオルで拭きながら、一也がドアを開けて入ってくる。
そして、テーブルの上を見てまた驚いた顔をした。それから、年相応な嬉しそうな笑顔を浮かべる。
つられて私も笑いながら、二人で椅子に座る。

「なまえ、料理できたっけ?」
「なめんなよー」
「だって、料理してること見たことねーもん」
「……やれば出来るの!」

憎まれ口を叩きながらも、彼もお腹が空いているようで料理を見ながら目を輝かせる。
どうぞ、そう言ってやればすぐにいただきます!と手を合わせた。
おかずを口に詰め込むと、すごい勢いでご飯も詰め込んでいく。成長期だなぁと思いつつも、味は大丈夫なのか訊きたくなり、恐る恐る尋ねてみた。

「……どう?」
「うまいよ!」

屈託の無い感想に、ほっとした。一年に一度の特別なお祝いで失敗したら、申し訳ない。
私もお箸を手に取り、おかずの一つを食べてみる。
……あ、結構おいしい、かもしれない。良かったー……優秀な料理本にこっそり感謝する。

「なぁ、なまえ! 今日の試合勝ったんだぜ」
「お、一也打てたの?」
「まぁね」

野球をしているときの一也を思い出し、また試合を観に行きたいなと考える。
それにしても、本当に一也は野球が好きらしい。尽きることのない野球の話に、耳を傾ける。
スコアブックとかノートばっかり見ているから、友達居るのか心配だけど、楽しそうだし良いかな。
シニアのチームでは、上手くやれてるみたいだし。あぁ、先輩とちょっとした喧嘩みたいなものはあるようだけど。前に怪我していたときは、びっくりした。

「……一也はさ、」
「ん?」
「やっぱり甲子園が目標?」

私の高校でも、野球部の目標は甲子園だ。というか、きっと野球をやっている彼らの目標はみんな甲子園なんだろう。
何となくそう訊いてみれば、一也はニッと笑った。

「もちろん。俺は甲子園行くよ」
「そっか」
「なまえのこと、連れてく」
「……うん、ありがと」

甲子園に連れて行く、なんて簡単に言い切ってしまうのは一也の性格だろう。そこがどんなに高くて遠いところなのかとか、分かっていて言い切っている。
すっかり見慣れた一也らしい自信ありげな笑みに、私も笑い返した。

「ごちそうさまでした」

あっという間に食べ終わった彼を見て、再び成長期ってすごいと感心した。最近背も伸びてるみたいだしなぁ。追い抜かれるのは案外あっという間かもしれない。
それは少し寂しいなぁと考えながら食器を流しに運んで、それから冷蔵庫の中を覗き込む。蝋燭つきのホールケーキが入った箱は、出番を待つようにじっとしている。

「一也ー、ケーキあるけどお父さん待とうか」
「おぅ」

多分、すぐに帰ってくるだろう。一也の誕生日なのだから尚更だ。
もうすぐ開くであろう、玄関のドアのほうを見て、目を細めた。
あぁ、そうだ。お父さんには悪いかな、だけど先に一言だけ言わせてもらおう。

「一也、」
「んー?」



「誕生日、おめでとう」



数年ぶりに再会した幼馴染みは、私が言った言葉を聞いて驚いたような顔をした。
何年か前の誕生日に、料理作ってあげたときも同じ顔をしてたな、って思い返してみるとなんだかおかしい。

「はは、なまえ覚えてんだ、すげ」
「大切な幼馴染みの誕生日だからねー」

11月17日。
すっかり寒くなったこの日は、彼にとっては特別な日だから、私にとっても特別な日なのだ。
少し照れくさそうに笑って、頭に手をやる一也は大きくなった。中学までは、あんなにチビだったのに、いつの間にか見上げるのは私になっている。まぁ、仕方のないことだし嬉しいのだけど、やっぱり寂しいような。

「……えーと、ありがと」
「どういたしまして。プレゼント用意できてないんだけど、何かある?」

笑ってみせれば、少し決まりの悪そうに苦笑する一也。
そりゃあ、一也がいきなり私を呼び出したんだから、話か何かあるんだろう。おかげで、バタバタしていて何も用意できなかった。

「なまえ、変わってねーのな」
「そう?」
「ん。なんか年上ぶってるとこ。大人の余裕みたいな」
「そうかなー」

一也も十分、大人ぶってると思う。それは昔からだ。変わっていない。
だけど、身長とかそういうものはすっかり変わっていて。変わっているようで変わっていないのだ、多分私も。
ポケットに手を突っ込んで、息を吐くとそれは白かった。一也に向かって首を傾け、彼の言葉を促す。

「……あー、」
「……」
「前から言いたかったこと言っていい?」
「どうぞ」

彼はらしくなく緊張しているようで、私から視線を逸らす。私は、一也が言うことを分かっているけれど、わざと気付かないフリをした。言えるでしょ。
一也は、白い息を一つついてから口を開いた。真剣な彼の目を、私も見つめる。

「なまえ、」
「うん」
「……ずっと好きだった」
「うん」

笑ってそう返せば、彼は拍子抜けした表情を見せた。

「……知ってたのか?」
「大切な幼馴染みのことなら、大体分かるよ」
「……」

一也は、少し顔を赤くして口を手で覆う。
知ってたよ、小さい頃から面倒見てきたんだから。小さく笑ってやると、不貞腐れたような顔をして。それから、また真面目な顔になった。

「……じゃあ、」
「うん?」
「なまえのこと貰っていい?」

私が一也の誕生日プレゼントってか。そんなことを言うとは、思わなかったような思ったような。
それにしても、どうせなら貰う、って言い切っちゃえば良いのに。いつでも強引だった一也は、どこに行ってるんだろうか。

「……」
「……」
「……大事にしてくれるなら良いよ」

眼鏡の奥で、一也がゆっくりと目を細めた。口元にも柔らかい笑みを携えて。
その笑顔は、数年間の間に私が知らない大人びたものになっていたのに、やっぱり一也の笑顔だった。私も笑って、腕を伸ばした彼に抱きしめられるまであと2秒。




141117
[1117〜みゆたん〜]様提出。

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