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クラムボンは殺された 3

「あんなに熱が下がらなかったのなんて、久しぶりだったかも…」


ペイル社医師のオンライン診察と、学園の医務室でも簡易検査を受けた結果、ただの過労と寝不足では無いかという判断をされ、この数日間ずっと引きこもり生活をしていた。


幸い、寮母さんかペイルの生徒の誰かが食事を扉の内側に置いておいてくれているおかげで、何とか食いつないでいる。


さっきまでぐっすりと眠っていたおかげで熱も下がり、体がだいぶ軽く感じて「うーん…」と大きく伸びる。



点滅していた生徒手帳に目を落とすと、仲良くなったグラスレー寮のサビーナや、同じ経営戦略科のマルタンくんから労うようなメッセージが届いていて、少し嬉しくなって頬が緩んだ。


「"明日、には、学校に行きます、ね"…っと」


ポチりと送信ボタンを押した時、扉の呼び鈴が鳴って通路の奥でスライド扉が開く音がした。


いつもは寝たきりですぐ動けず、誰かが置いてくれた食事を前にしてお礼を述べることしか出来なかった。
さすがに、今日こそは食事を持って来てくれている人に直接お礼を云おうと、慌ててベッドから跳ね起きて扉の方を覗き込む。


「あの、すみません!いつもいつも食事、を…、ぁ……エラン、様」
「……」


ラップされた盆を床に置こうとした体勢のまま此方を見た影武者エラン様と、声もなくしばし見つめ合う。


でもすぐ、寝起きのせいで自分の頭がくしゃくしゃになっている事を思い出し、慌てて髪を撫で付けた。
それを見たエラン様は盆を持ったままゆっくりと無言で立ち上がり、無表情のまま小首を傾げる。


「……大丈夫?」
「おかげさまで、元気になりました…」
「そう」


まるでここ数日前のやり取りなんて無かったかのように、前と同じ調子で話しかけてきてくれるエラン様。
内心ドギマギしながら頭を何度も下げて盆を受け取った。


「エラン様が、持って来てくれていたんですね」
「寮母さんが困ってるみたいだったから」
「そ、そうですよね」


やっぱり、別に私個人を気に掛けてくれた行動じゃなかったんだ…。と、少し落胆しながらも感謝の言葉がするりと口から零れ落ちた。


何だかんだ、彼が私を気に掛けてくれてたことが、やっぱり嬉しい。

体調を崩して心も体も弱っている間、ずっと食事を届けてそっと立ち去っていく優しさに支えられてていたのは事実だから。


半歩進んでお盆を持ったまま、深々と頭を下げる。


「本当に、ありがとうございました、エラン様」
「別に」
「こんなことを私から申し上げるのもどうかと思いますが……明日の決闘もお気を付けて。
私は病み上がりなのでラウンジには行けませんが、密かに応援しています、から。どうか……」



"死なないでください"


今までの強化人士たちのことが過り、"ソレ"を声にすることは出来なくて言葉を飲み込む。

既に何人かの強化人士たちを廃棄処分してきた癖に、今さらそんな事を言うなんて烏滸がましいにも程がある。


彼の云う通り、実際の私はいつだって安全地帯から高みの見物をしてきた。


このタイミングで今更そんな事を言ってくるなんて、自分の立場が揺らぎそうになってから煩く囀ずり始めたようにしか見えず、彼等からしたら滑稽なことこの上無いだろう。


それでも………私は、やっと自分のしてきた事と向き合える気がした。

私たちはいつか、人の命を踏みにじってきた行いを、何かの形で償わないといけない。

今まで死んでいった、他の強化人士の彼等に対しても。


スレッタ・マーキュリー様の特別なガンダムが手に入れば、きっと強化人士は必要ではなくなる。

これ以上の強化人士は、出させない。
彼のような被害者を、これ以上増やさないために。


(………その為にも、最期の決闘に勝って貰わないと)


そう心の中で頷いた時、エラン様の方から「ねぇ」と声がかけられた。


「決闘が終わったら、話したいことがあるんだ。
だから、待っていて」
「はい……はいっ。待ってます」
「じゃあ、また明日」
「また、明日。頑張って、ください」


そう云うと、彼は少しだけ頬を緩めた。
満面の笑みではないけど、それでもその眼差しは優しくて温かかった。

それを見ていると、此方も胸が温かくなる。

今回の決闘が終わったら、彼は役目を終えて普通の人のように暮らす事が出来るようになる。

この決闘が、終わったら。

















〈勝者 スレッタ・マーキュリー〉


「…………そんな」


負けた。
負けて、しまった。


タブレットを見ながら呆然としていると、クラスメイトたちも同じように端末を覗き込んでは、各々声を漏らしていた。

たまたま私たちのクラスは自習だったのもあり、大半のクラスメイトが昼過ぎの授業に備えてクラスに残っていた。

早めの昼御飯を食べている人や、本を読んでいる人も居るけれど、殆どの人は〈決闘〉を見守っていたらしい。


「オレの掛け金がパーなんだけど!」とか「エランさんが負けるのとか、初めて見た」とか、クラスメイトたちの色んな声が遠くなっていく。



(エラン様は、無事なの…?)


スレッタ様のエアリアルによって四肢を刈られ、ダルマ状態になってるファラクトが暗い宇宙空間を漂っていて、完全に停止している。


そもそも、スコア3まで上げたら、逆流するパーメットに侵蝕されて脳神経系統はボロボロになってしまう。

ベルメリアさんから渡された、最期の身体調整報告書にも「あと二回が限界」だと提示されていた。

過度なパーメットリンクによっては、回数なんて当てにならないし、脳の損傷箇所が悪ければ、彼は廃人のようになってしまう。 


「……っ」


映し出されてる中継を切り、タブレットでナビを立ち上げて学園を飛び出した。

早く行かないと。とステーションから発車寸前だったモノレールに駆け込み乗車し、息を切らせながらフロント港の入港口へ急ぐ。



「エラン様っ!」
「ひゃっ!?」


フロント港に戻ってきた輸送機に乗り込み、乗員が居るであろう場所の扉を開くと、そこにはアワアワとしてるスレッタ・マーキュリー様しか乗ってなかった。


「ス、レッタ様。エラン様は…!?」
「かっ!会社のひ、ひひとが!むむ、迎えに来たとかで!途中から、そっちに乗り換えて行っ」
「ありがとうございます」


トンっと壁を蹴り、急いでその場を離れる。
その道中で、生徒手帳から何度も彼に着信をかけても反応は無い。


(……っ嫌な、予感がする)


寮に電話しても、やっぱり戻ってきている様子は無かった。
ベルメリアさんへ連絡しても、通話中なのか電波が上手く入らないのか、コール音すら鳴らない。

どうしようかと焦りつつ、入港口の反対側にあるフロント港の出港口に向かいながら、端末から本物のエラン様の連絡先を開く。


強化人士の事なら間違いなく本物のエラン様にも報告はいっている筈だ。と考え、一拍置いて通話ボタンを押した。

数コール待たずにすぐに「はい?」と少し不機嫌そうなエラン様の声に繋がり、僅かにホッとしつつ、自身を落ち着かせるように息を吐く。


「もしもし、エラン様。お訊きしたいことがありまして。影武者の、」
『もしかして、4体目の俺の事か?
さっき、ペイル社の奴らが回収したらしいな。
明日の上層部会議の後、廃棄処理されるらしい』
「……は、…っどうしていきなり」
『ペイルブレードがそう判断した。……まあ、当然の結果だな。
ホルダーに挑戦して無様に負けて、俺の顔にも泥を塗ってくれたんだ。
それにもう身体も限界で、ガンダムに乗れないどころか、パーメットの後遺症で日常生活も困難。
それなら、いっそ楽にさせてやった方がいいだろ』
「………そんな」


ドンッと肩が通路の壁にぶつかって少し痛んだけれど、急いた気持ちでエラン様との会話に耳を傾ける。


「せめて、最期は……彼自身に決めさせたりとか」
『上がそう判断したら、俺達が何を言おうと覆ることが無いのは、お前もよくよく知ってるだろ。それに、強化人士はペイルの企業秘密の一つだ。そう簡単に放逐するわけにもいかない。
今までだってそうだったんだ。……ベルメリアだけは、何とか上層部に掛け合ってるみたいだけどな』


だから、ベルメリアさんに連絡がつかないのかもしれない。
多分今、彼女は関係各所に回って、彼の廃棄処分を撤回させようと動いているのだろう。

彼女と違って、私にはそこまでの権力も技術もない。

たった今、エラン様でさえも何も出来ないのだと、はっきり言われたのだから。

大人しく、処分されるの見送るしか出来ないのだろう。


「……最期に会わせてもらえたり、出来ませんか?別れの挨拶程度で良いんです」
『それも出来ない。
アイツの身柄は、ペイルの内部の奴が秘密裏に護送してるから、俺も何処に運び込まれるのかは知らされてない。
そもそも、お前にはまだ決闘の事後処理があるだろ。"俺"の代わりに、ちゃんと働いて役目を果たしてこい。"お前も"、その為に学園に送り込まれたんだろ』
「……分かりました。戻り、ます」
『よろしい。俺の婚約者は聞き分けが良くて助かる。あいつが負けたせいでお前も肩身が狭いだろ?明日から二人分の休学申請して、しばらく俺の出張に付いて来い』
「かしこまり、ました」


ブツッと途切れてツーツーという電子音しか発しなくなった端末を握り締めた。
痛む肩を摩りながら床に足を下ろし、学園への道を戻り出す。


「話したいことあるって、言ったくせに……」


解ってる。
ホルダーに挑戦を挑んだ時点で、彼には勝利以外許されていないことは。

なのに、彼が負けた時、内心何処かホッとした。
偽物だとしても、"彼"が他の人の婚約者となる瞬間を見ずに済んだことに、ホッとして、しまった。

学園への道を無表情で辿りながら校舎の事務課に行き、エラン様に言われた通り、決闘の事後処理ついでにエラン様と私の分の休学申請を行う。


事務手続きなどを終える頃には、すっかり昼休みの時間は過ぎ去っていて、ベンチに腰掛けながらぼんやりと木の葉が揺れるのを見ていた。

午後の授業が始まった事で校舎の外は静まり返っており、箱庭の中の管理された穏やかな気温に身を任せる。


「…ぁ、ご飯」


お腹がすいていたことを思い出して鞄から弁当箱を取り出し、隣にもう一つのお弁当を置いて、いつものようにご飯を食べる。

食べながら、二人分の紅茶を注ごうとして、我に返って手を止めた。

二人分の紅茶なんて注ぐ意味がないことを、やっと思い出した。
そして、もう二人分の弁当なんて作る必要が無いことも。


「………」


静かに視線を流した隣の席には、誰もいない。
耳で揺れる白いタッセルも、あの穏やかな眼差しもない。


"彼"は、二度と戻って来ない。


変わらず其処に鎮座している弁当箱を前にして、パラパラと小雨のような粟粒が膝の上に落ちた。

今日は散水する予定がないのに変だと思って自分の頬を触り、それが自身の涙だということに気付いて、やっと理解した。

理解して、両手で顔を覆った。


「……嗚呼、そう」


私は、"彼"が好きだったのか。


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