他 | ナノ
 
クラムボンは殺された 2

その後、彼は明らかに変わった。



くだらない決闘はしないと言っていたエラン様自らが、御三家のグエル・ジェターク様に決闘を申し込んで圧勝。

今度はガンダムを手に入れる為に、スレッタ・マーキュリー様との決闘が予定されることになった。


決闘を滅多にしなかったエラン・ケレスが立て続けに決闘をし続けていることに学園の誰もが驚き、好き勝手な噂を流していた。


スレッタ・マーキュリーにプロポーズしたグエル・ジェタークへの宣戦布告だとか。

エランはホルダー狙いだったんだとか。

エランとスレッタ・マーキュリーは実はデキてるとか……あらゆる噂が学園中に溢れ返る。



調査と云う名のデートに行った事や、ここ最近は私のお弁当を食べ終えたエラン様がさっさと何処かに行ってしまう姿から、それは妙な信憑性を持って学園に拡散していった。



"婚約者さん、捨てられるんじゃない?"



そんな噂を聴き流しながら、タブレットを抱き締めて片方の耳を手で塞ぎ、寮の自室へと逃げ帰って不貞寝をした。

悶々としていたせいなのか、そのまま具合を悪くしてしまい、決闘前のエラン様の身体調整の付き添いは辞退し、メールで見送りをすることしか出来なかった。

















「なあ、ちょっと良いか?言い忘れてた事があるんだ」


エランが身体調整を終えて部屋から出た時、ヘラヘラ笑いながら後を追って来たオリジナルの〈エラン・ケレス〉に対し、無意識に眉が寄る。

彼に対して思うことはあるが、ペイルの実験場で有象無象のモルモットとしてしか生きられなかった自分に、外に出る機会をくれた事は素直に感謝している。


あのままでは、ペイルの実験場の奥底で飼い殺しにされて人生を終えていただろうから。


宇宙空間が写り込む強化ガラスに手をくっ付けて止まると、彼もポケットに入れていない方の手を壁に張り付け、向き合うような形でその場に留まる。


同じ顔をしている筈なのに、此方を見る彼の表情は自分よりもグッと豊かで、その端には悪戯をする前の子供がするような堪えきれない笑いが見て取れた。


その表情には悪意の片鱗しか感じず、つい反射的に素っ気ない返答が舌に乗っていた。



「……何?」
「そんな目で見るなよ。なぁに、お前への褒美を追加してやろうと思ってさ。
ホルダーに勝ったら、元の顔と市民権以外に、"アイツ"も一緒にやるよ」
「どうして?」


彼が指している"アイツ"に当たる人物がすぐに思い浮かび、苛立ちを隠さずに目の前の彼を問い詰める。
でも、やっぱりヘラリと何でもないように、「だって、そうだろ」と彼は残酷に笑った。


「花嫁が手に入ったら、アイツは不要になる。
なら、せっかくだし勝利のオマケで付けてやろうかと思ってさぁ。昔で云う、下賜みたいなモン?
まあお前が、"俺のお古"でも構わないのならだけど」
「………」
「どうする?多分、アイツも喜んで頷くと思うんだが」



………彼女はいつもこうやって、少しずつ少しずつ、自尊心を折られていったのだろう。


幼い内からずっと憧れて慕い続けてきた相手に、まるで物のような扱いを受ければ、誰だって失望する。


そんな彼女に同情はするし、長く一緒に居て多少の情も湧いていた。


ただ、やっぱり実験のモルモットである自分と彼女では、血筋も価値観も育ちも何もかもが違う。


彼女と……"スレッタ・マーキュリー"も。
結局は、自分で何もかもを選び取る事が出来る立場の人間で。

所詮、此方は使い捨ての駒でしかないのだと、関われば関わるほど、見せ付けられて思い知らされる。

「………」

この胸の奥で燻る苛立ちを、グラグラと煮立つようにひたすら胸の内から沸き上がってくる妬みを、何処に当てればいいのか。
今の自分には、分からない。

ただ……もうすぐ自分の命が潰えることだけは、ハッキリと理解してる。


命のタイムリミットが差し迫っている中、誰かの命まで背負う余裕も義理も覚悟さえも、持ち合わせては居ないことだけは確かだった。



「それは、僕が決めることじゃない」


突き放すように、努めて冷たく吐き捨てる。

彼と今の自分は同じ顔なのに、見ているだけで腹立たしく感じ、視線を落として真っ暗な宇宙空間の方へと目を向ける。

それをどう思ったのか、目の前の彼は少し不快そうな息を漏らした。



「ホント、つまらない奴だな。
せめて俺からの褒美以外で、何か他に欲しいものとかは無いのか?
最後のリクエスト位、何でも叶えてやるのに」
「別に。……それに彼女だって、君の傍に居る方がずっと良いと思う」
「………」


綺麗なスーツを着込んでいる彼と、薄い検査着を着ている自分。

僕達は同じ顔・同じ体格・同じ声をしているだけの他人で、互いに浮かべている表情は別物であった筈なのに……今この瞬間だけ、ガラス壁に写り込む表情は酷く似通っている気がした。


視線を反らされて「なら、愛人として囲っておいてやる方が幾分もマシか」と苛立ちを孕んで虚空に吐かれた低い呟きは、聞こえないフリをした。



「…ったく。最期くらい、もう少し愛想よくしたらどうだ?」



(強化人士相手に、何を期待していたんだか…)


呆れたような色の無い視線を向けると、彼はさっきまでの顔が嘘のようにニッコリと人懐っこそうな営業スマイルを繕っていた。


「時間を取らせて悪かった。じゃ、くれぐれも負けないように頑張ってくれよ」

壁から手を離し、ポンッと此方の肩を叩いて去っていく背中を見送り、そっと反対側へと向かっていく。



「……僕は、負けないよ」


負けては、いけない。
その為に、全部手放してきた。
何もかもを、捨ててきた。

生きる希望や命への執着、何もかも………未練も、過去さえも。

だから、今さら振り返るわけにはいかない。


他人の亡霊となる事を決めた、あの時の"最期の選択"を後悔しない為に。

今までの自分を、否定しない為に。

僕は、進むしかない。


「だから、君には絶対に負けるわけにはいかないんだ。スレッタ・マーキュリー」


薄暗い通路を浮遊して進みながらふとガラスの壁に、険しい顔をした自分の横顔が映り込んでいて、頬に手を添える。


(…最期くらい、もう少し愛想よく……ね)


さっき彼に言われた言葉がふと脳裏を横切り、その場に足を付けた。


prev next






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -