他 | ナノ
 
クラムボンは何処へ

「全っ然、陸が見えない…」


輸送艇の窓越しに近づいている惑星の外観を眺めるも、その外殻は砂嵐のような磁気嵐が吹き荒れていて大きな毛糸玉のようであり、陸地は一切見えなかった。

ぺったりと手をついている窓から視線を外し、少し離れた場所にある隣の席を見つめる。

其処には、フルリクライニングになるチェアを目一杯倒して横になっているエラン様が居り、半端に開いた口からはタラリと涎が一筋垂れている。

時々、グゴッとイビキも聞こえる。
その無防備な寝顔に、ついつい笑みが零れた。


アスティカシア学園に休学届を出し、エラン様の出張に付き合って早数週間。


自社の輸送艇と云えど、惑星間の移動だけでかなり時間を取られる。

勿論移動している間もリモートで仕事のやり取りはしているし、参加しなければいけない会議も多くある。
幾つかの子会社の理事もしているから、毎日のように色んな問題が舞い込んでくる。


連日それを捌きつつ、惑星に到着したら視察や交渉に追われる日々。
勿論私も付いて行っているし、プレゼンテーションの資料作りや企業の情報収集などの手伝いも行っている。

だとしても、おおよそ決めた労働時間外には仕事を振ってくる事は無いし、足が出そうな時は「後はやる」と言って取り上げられてしまう。


いくらエラン様が管理職だからと云っても、睡眠が不規則で一日24時間以上起きている日もあるし、明らかに十代そこそこの青年に掛って良い重責じゃない。


本来なら私と一緒に学園生活を謳歌していた筈だというのに、その激務っぷりに少し哀れになってしまう。
ぐっすり寝かせておいてあげたい位だけど、そろそろ惑星の重力に引っ掛かって大気圏突入準備のアナウンスがかかるだろう。


(可哀想だけれど、一回起さないと)


壁を押した反動で窓から離れると、エラン様の席まで浮かんで近づき、肘掛けを掴んで留まる。
シルクの寝間着とブランケットに包まって丸まるようにして寝ているエラン様を見下ろしてから肩を揺さぶる。


「エラン様、起きて下さい」
「う”う”ん…っ」


この人の寝起きの悪さはよく知ってる。

不快そうにグッと眉を寄せてはブランケットの中に潜るように顔を埋めて小さく呻り、何度か名前を呼んで揺さぶるも、寝返りを打って反対側を向いてしまった。

窓一杯に映った惑星を横目に、頬に手を添えながらわざと困ったようなため息を漏らす。


「仕方ありませんね……」


ブランケットに手を差し込み、ブランケット越しにエラン様の鼻と口をギュッと摘まんで少し待つ。すると、苦しそうに藻掻いて目を覚ましたエラン様が苛つきながら声を上げた。


「ッお前!俺のこと殺す気かッッ!!?」
「そろそろ大気圏突入準備しないといけないのに、エラン様がまっったく起きる気配が無かったので」
「……、ハーーー……次はもう少し穏便に起こせよ」


「便所行ってくる」と席を立って行ったエラン様の後ろ髪が変な形でビョンッと跳ねているのを見つけてしまい、噴き出しそうなのをなんとか堪えた。


戻ってくる前に、チェアのリクライニングを解除して元に戻しておき、座席備え付けのテーブルも折りたたんで戻す。

私も、自分の座席の私物を手早く片付けていると、大気圏突入準備のアナウンスと同時に窓を保護するための外壁シャッターがゆっくりと閉まっていって、ライトが薄暗い間接灯に切り替わる。


その辺りでやっと戻って来たエラン様は、いつものスーツを羽織っていた。

後ろ髪の寝癖はそのままに。


「…ッ、…」
「?何だ」
「いえ…っ、後で話しが」


まだセットをする前だから、全体的にペタンと髪は寝ている。後ろ髪だけトルネードに巻き込まれた後のようにうねっているのは、鏡で見えなかったらしい。

怪訝そうな顔をするエラン様を座席に促して自分の席に戻ると、客席担当の社員が2人やって来て、衝撃に備えるための機内チェックを始める。

座席などの確認をしている最中、ふと社員の1人がエラン様の方を見て一瞬固まると、色んなモノを堪えるように数秒口元を押さえ、努めて冷静な顔でエラン様の耳に耳打ちをする。


瞬間、グリンッと真顔のエラン様が此方を向いた。


「早く言え」
「なんのっ、ことで、フフっ、でしょうか」
「嘘下手か?後で覚えてろよ」


安全ベルトを装着しながら、反対の手で後ろ髪をガシガシと乱暴に直している姿に笑いを耐えているとポーンっとアナウンスの音が鳴る。

壁に備え付けられている大きなテレビ画面に、大気圏突入姿勢や注意点などについての機械的な説明映像が自動で映し出されて、皆の視線がそこに集まる。

寝癖をざっくり直したエラン様の視線も、真っ直ぐそちらに向けられる。


「……」


冷ややかそうに見えて、ただ無関心なだけの空虚な目で映像を流し見ている横顔が、知っている人の影と重なる。

その耳には、何も付いてる訳がないのに。


ズキズキする痛みを知らないフリして目を閉じると、機長からのアナウンスと共に大気圏に突入が始まり、ドンッと船が大きく揺れて身体全体に重力がかかる。


数日ぶりに感じる重力は、全身に鉛の鎧を着せられたような感覚で重怠さにため息が漏れる。

そして、大気圏内に入ると、今度は目的地まで飛行移動に変わる。

磁気嵐が酷いからなのか、窓の外の外壁シャッターは閉まったまま。
ポーンと安全ベルトを外しても良いアナウンスがして、エラン様はベルトを外して大きく伸びをした。



「……あ"ー…腰が痛い」
「たまに動かさないと、体が弱りますよ?」
「分かってる。てかお前、最近俺にもズケズケ意見言うようになったな…」
「……そうですか?」


ふぁぁ…と口を開けて大きな欠伸を漏らしたエラン様は、客室担当職員に配膳の指示を伝えていた。
客室に映し出されている大画面には、テラフォーミングされていない惑星特有の地続きの陸が映し出されていた。

おおよその到着時間は表示されているものの、「今はどの辺りだろうか?」と疑問に思ってタブレットを操作するも、画面の砂時計はグルグルと回るだけでマップの表示はされない。


「ネットに繋がらない…?」
「ああ、それがこの惑星の特徴の一つでな。
磁気嵐が酷いから、惑星自体が巨大な電波暗室状態なんだよ。大気圏内では無線通信系の電子機器はほぼアウトだ」
「ど、どうしましょ……」
「人工衛星を打ち上げて、レーザー通信で人工衛星まで送信してから、外部と接続してるんだ。まあ…おかげさまで、リモートでの会議が不可能だし、いちいち惑星から代表を呼び出すよりこうして足を運ぶ方が早いってな」
「…成る程…」


プレートで運ばれてきた豪華な食事の前で両手を合わせながら、隣のエラン様に視線を向ける。


「そうだとしても、わざわざエラン様が出向くまででも無いのでは…?」


銀のカトラリーでチキンを切り落としながら此方を流し見たエラン様が、目を伏せる。


「………ペイル上層部以外には極秘にされてるが、この惑星でもパーメット採掘が可能なんだよ。
昔は水星、今は月で採掘可能にはなってるが……月の採掘場は宇宙議会連合の奴らが流通の管理や制限までしてる。
パーメットを介していないインフラ・電子機器やモビルスーツ含めた武器類はほぼ無い。となると、コッチはコッチで、資源確保の方法を模索する必要があるんだよ」


客室には私だけしか居ないからか、きっちり一口分に丁寧に切り分けているのに少し豪快に口に含んで咀嚼している姿を横目に、「へー」っと軽い相づちを返す。


「機密漏洩防止の観点から、データの持ち出しは禁止。
視察も、幹部クラスの持ち回り。
多分グラスレーもジェタークも、宇宙議会連合が嗅ぎつけていない採掘場をそれぞれ確保してるだろうよ。
でなければ、100以上あるベネリット企業内で御三家が突出して業績が伸び続けてる説明が付かないからな」
「た…確かに……」
「細かい交渉をリモートで出来ないのは不便だが、この惑星の特製が隠れ蓑になっているおかげで、他の企業はこの惑星の調査に本腰を入れられない。
だから、うちはここの資源を独占運用出来る」


備え付けの紙ナプキンで口の端のソースを拭うと、グラスに口を付けて喉仏が何度か上下した。
真似るようにグラスに口を付けて泡を吐いているジンジャーエールを少しずつ飲み、外壁シャッターが閉まりきっている窓に目を向け、小さくため息を漏らす。

ライ麦パンを二つに大きく割って添えられているバターを塗りつけている時、ふと「そう言えば」と顔を上げた。


「今度開催されるベネリットグループ主催のインキュベーションパーティーの案内が来てましたが、エラン様は参加されます?」
「正直、出る気はサラサラ無かったんだが……例の水星女との約束は、守らないといけないんだろ?次の影武者は、全身整形後のダウンタイムがどうのこうのって調整が間に合わないらしい。
結局、俺が行く羽目になりそうだ」
「分かりました。そしたら、何色のスーツにされますか?私の友人も参加するらしいのですが、良かったら」
「白。それと今回は、お前は留守番で良い。
CEOのババアが何か企んでるらしいからな。水星女も来るようだし、面倒ごとは避けた方が良いだろ」
「………そう、ですか」
「久々の休暇なのに嬉しくないのか?
まあ、それまではみっちり俺の補佐を手伝って貰うがな」


宜しく頼むよ、俺の婚約者サマ。

そう言いながら人を小馬鹿にしたような笑顔をするエラン様は、私のよくよく知っている顔だった。

よく知っているけれど、私の見たかった笑顔ではない。

軽い返事を返すと、何となく息苦しさを感じながら視線を反らし、パンを一口齧ってから何も映らない窓ガラスにコツンと頭を預けた。




prev next






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -