03

紅蜘蛛党は一斉検挙されたが、地雷亜が捕まっていないらしいという一報は紅蜘蛛党が逮捕されてから一時間以上経ってから名前の耳に入った。土方と連絡を取ってからすぐに飛ばし携帯を始末したのが裏目に出てしまった。恐らく地雷亜は名前が公安を焚き付けたことを勘付いている。万が一気付いていなくても、組織の金を持ち逃げしたことには気づいているだろう。それに、同席していたのはチャイニーズのマフィアらしい。チャイニーズマフィアは苦手だ。それに、バック組織が大きければ自分の身が危ない。ますます後手に回ってしまったかもしれない。だが、逃亡の準備はもう整っている。紅蜘蛛党の資金は一銭残らずにフランスの銀行へと飛ばしてある。身一つで飛べる。スマートフォンを取り出した名前は身を寄せていた漫画喫茶の個室から出てシャワールームに向かった。着替えを用意し、服を脱いでお湯を出す。発信、高杉晋助。

「もしもし?」
「よォ…お前さん生きてたのか」
「死ぬわけないでしょ」
「二年前にチャイニーズマフィアが日本海に沈めたって噂になってるぜ。関西ではな」
「残念。新宿で元気にしてますよ」
「で、なんの用だ?」
「男前な殺し屋さんに護衛の依頼」
「護衛?」
「そう。高杉には貸しがあったでしょ。今回でチャラにしましょ。もちろんお金は払います」
「今どこだ」
「歌舞伎町。いつ来られますか?」
「運がいいな名前。今、仕事で川崎に居る」
「すぐに来て」
「連絡先は?」
「プライベートの方で。大丈夫。もう繋がるから」

軽く笑った名前は電話を切った。運がいい。川崎から新宿まで一時間もあればつくだろう。身体を洗い化粧を落とした名前は髪も洗うことにした。全身をくまなく洗い流したところでシャワーの水が届かない範囲に体を移動させる。防水施工のされたスマートフォンについた水滴を軽くタオルで拭って時間を確認した。午前一時二十六分。シャワーを出て、化粧室で変装を始めた。黒いロングのウィッグを被り、眼帯を付けた。カラーコンタクトを入れて、より色素の薄い茶色の瞳にする。周囲に気を配りながら自分の個室に戻った。パソコン画面には複数の監視カメラからの映像が映されている。名前が月単位で借りている漫画喫茶の個室に監視カメラを付けていたのだ。画面を注視すること数分。二つのカメラに動きがあった。

「…少なくとも五人ね」

画面右上の部屋に二人の侵入者。画面右下の部屋に三人の侵入者。お互い携帯でやりとりしつつ名前の居場所を探しているのだろう。個室につけられたパソコンを弄っているのがここから見える。間違いない。地雷亜の配下だろう。蜘蛛の入れ墨を確認した名前は大きく伸びをした。無事に空港までたどり着ければいい。そのために高杉を雇ったのだ。スーツ姿の名前はスカートの中のIMIデザートイーグルを撫でた。愛銃だ。名前にとって有難いのが紅蜘蛛党の連中がただのチンピラ上がりだということだ。地雷亜は格が違うが、そのほかの連中は銃の撃ち方もしらない者が大多数。彼らだけなら名前一人でもお釣りがくるだろう。やはり問題は地雷亜。あの鮮やかな暗殺術は名前でも敵うかわからない。

「嘘でしょ…?!」

ピン、と軽い音が聞こえた気がした。身体の髄までしみ込まれた条件反射で名前は銃を抜き、頭上へと視線を飛ばす。宙に舞う、手榴弾。ここは日本の歌舞伎町だ。一般人も多くいるこの場所で手榴弾を放つなんて正気の沙汰とは思えない。偽物か?私をおびき出すための餌か?名前の目がフライオフレバー式だと判断した。投げてから爆発まで五秒。狭い個室。名前の手は先ほどの着替えが入った大き目の鞄を掴んでいた。上に投げたそれに手榴弾はおさまる形になる。押し上げられるように鞄の中に入った手榴弾は天井に当たり、爆発した。すかさずスプリンクラーが作動し、店内は騒然となる。

「いたぞ!逃がすな!」

名前が個室を乗り越え、向かい側へと逃げると複数の男の声がした。通路を通っていては思うように動けない。名前は部屋の仕切るパネルを跨いで動くことを決めた。ありがたいことに発砲はされない。入口に立ちふさがる男を蹴り技で倒していく。

「やぁ」

耳に届いたその声に反応して名前の全身の産毛が総立ちした。首筋に鳥肌が立ち、勢いよく振り返る。両足を平行にし、重心を下げて体勢を整え、迷わず銃の引き金を引いた。人の目なんか気にしていられない。全身の警報のスイッチが入っていた。IMIデザートイーグル独特の反動で手首が捻挫しそうだ。弾丸は神威の後ろに立っていた大柄なスーツ姿の男の腹部に命中したらしく、二人ほど倒れている。こいつらは、紅蜘蛛党じゃない。

「神威…?!」
「折角の挨拶だね、名前?しかもハンドキャノンか。相変わらず凶暴みたいだネ」
「どうしてあなたが…春雨が、日本にいるんですか…」
「ビジネスで…まあ、省いて言うと、君を迎えにきたんだヨ、名前。」

後ろに控える部下を片手で制した神威の後ろから地雷亜が姿を見せた。変装は全く意味がなかったようだ。今日の取引先が春雨とは。名前はその事実に眉間の皺を寄せた。どうやら名前がことを起こす前に地雷亜も地雷亜で何か画策していたらしい。食えない野郎だ。多勢に無勢。コートを翻して漫画喫茶から飛び出した名前は震えるスマートフォンに指を滑らせた。

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