04

職安通りに車を止めた高杉は名前に連絡をしてから軽く歌舞伎町の冷やかしにいくか迷った。暇を弄ぶような態度で待つ高杉に客引きは熱心に声を掛けてくる。キャバクラのパネルに視線を飛ばしているとツーブロック先に止まったタクシーから女が近づいてくるのが見えた。半信半疑というように眉を顰め、近づいてくる女を凝視する、高杉の目の前に止まった名前は眼帯を外した。

「幽霊が出る丑の刻にはまだ早いなァ」
「正真正銘に生きている人間だけど……確認する?」
「あとでな……」

運転席に乗った高杉に次いで名前は助手席に乗り込んだ。尾行されていないことを確認して数分ほど車を走らせる。車内のラジオが紅蜘蛛党の検挙と漫画喫茶での出火を臨時ニュースで告げていた。人気のない多目的駐車場に車を止めた高杉が窓を少しだけ開けて換気をした。

「で?依頼は?」
「明日の午後六時に出発する明洞行きの飛行機に無事に乗れるよう守ってほしいの。予想以上に厄介なことになっちゃったからで料金は弾むわ」
「随分遅い出立だな。追われてるんだったら早い方がいいんじゃないのか?」
「乗り合わせる人がいるのよ」
「……へェ。で、追ってる相手は?」
「紅蜘蛛党の残党、厄介なのは頭領の地雷亜だけ。あと……春雨が関わっているかもしれない」
「春雨ってあの春雨か……お前今度は一体何をやらかしたんだよ」
「自分のところの組織潰しただけなんだけどね。私の知らない間に地雷亜と春雨が関係を持っていたみたい。さっき襲われて逃げてきたってわけですよ……ねェ、救急箱ない?」

高杉が指差したダッシュボードから救急箱を取り出した名前は擦りむいた手のひらに消毒薬を垂らして顔をしかめた。
本来仕事を受ける時は依頼人の背後を徹底的に調べなくてはいけない。それを怠ったのは急な依頼ということと、依頼人が名字名前だということからだ。彼女は二年前から消息不明となっている。高杉も京都で活動していたため名前の姿を全く目にしていなかった。桂から生きているとは聞いていたが、半信半疑だった。だが、彼女は今目の前にいる。

「生きていたんなら、同業者の好で連絡ぐらいくれてもよかったんじゃねーのか」
「命の危険があったものでね。坂田と桂と会ったのもここ最近なのよ?」
「……妹には?」
「まだ会ってない。たぶん、もう会わないと思う。坂田に任せきりで悪いとは思ってるけどさ……」

巻き込みたくないの。と名前は小さく言った。銀時には妹の世話を任せる代わりに月々背活費を振りこんでいる。立派な依頼だ。妹も銀時を好いているようだし、このまま何も知らずに大人になってほしいと思う。鞄の中から覗く偽造パスポートを押し込み、名前は背もたれに体重を掛けた。高杉は空調の温度を上げた。

「お前が消えるきっかけになった二年前の任務、なんだったんだ?」
「中国の暴れん坊を消してくれって任務。ほら、私、中国語得意だったから。前の仕事で知り合った人に依頼されて仕掛けたはいいんだけど失敗しちゃって、車ごと海に沈められたのよ。死ぬかと思った」
「噂は強ち間違いではなかったらしーな……それでもよく逃げられたな」
「タイヤの空気を吸ってあいつが去るのを待ってたのよ。本当に死ぬかと思った。もうあんな経験うんざり」
「それで?」
「しばらく中国で身を潜めている内に地雷亜に腕を買われて一緒に帰国したの……まあ、不穏な動きがあったから先手打ったつもりだったんだけど、失敗ね」
「ほォ……」

煙草をくわえた高杉にマッチを擦った名前は火を近づける。点火を促すように吸い込んだ高杉は窓の外に向かって煙を吐いた。マッチの火を振って消す。沈黙が車内に降りる。それは別に苦ではなかった。疲れたように目を閉じる名前と煙草を吹かす高杉。名前と高杉は昔の恋人同士だった。一緒に仕事をしていた時期もあった。今はもう、それを懐かしいと思える。

「なァ」
「うん?」
「お前この町を出てどうするつもりだ?」
「……お金は十分すぎるほど手に入ったからもう仕事はしないつもり」
「……」
「ちょっとね」
「……」
「そんな目で見たって言わないからね」

運転する横目でにらむように名前を見ていた高杉は,にらみ返してくる彼女に肩をすくめた。どうせまた碌でもないことを企んでいるのだろう。愚痴愚痴と溜まっていた鬱憤をはらすように昔の荒事を掘り返す名前に薄く笑いながる高杉がウインカーを出した。

「高杉はいつまで殺し屋なんか続けるの?」
「俺はとっくに辞めてるよ」
「えっ」

初耳だ。高杉が仕事を辞めていたという情報なんか入ってこなかった。身を乗り出した名前を視界の端に収めながら肺を煙で満たした。どうして?と聞いてくる名前に意味ありげな視線を飛ばす。高杉が名前をからかっている時の癖だ。意地悪く口角を上げて、目を細めて。そのくせ欲しい答えは一つもくれやしない。

「ねェ、教えてよ。それとも嘘?」
「仕事は辞めてる。本当だ」
「……じゃあなんで依頼受けたのよ。断っても良かったのに」
「良かったのか?」
「……いやダメだけど」

シートベルトを外し、パンプスを脱いだ名前はシートの上に体育座りをした。辞めたのか。じゃあ今は何をしているのだろうと気になったが、きっと高杉は答えてくれない。聞き出すのは諦めて窓の外を眺めることにした。この駐車場には他の車は居ない。貸し切りだ。ぽつりとそれを口に出す。

「倒すぞ」
「うわっ」

高杉が助手席のレバーを引いてシートを倒した。バランスを崩した名前は爪先をダッシュボードに打ち付けて顔を歪める。運転席から名前の上に移動してきた高杉は窓を閉めた。スーツのネクタイを乱暴に緩め、熱い口づけを贈る。名前の指が高杉のシャツのボタンにかかった。はぎ取られた二人のスーツが後部座席に投げられる。名前の拳銃が足元に落ちた。

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