四畳ほどの部屋に机が一つ、椅子が二つ。近藤を襲撃した青年が持っていた拳銃は38口径の357マグナム拳銃だった。日本の警察官が所持しているもの。この入手ルートを割り出すためにもう一班分のメンバーを加えた近藤は紅蜘蛛党の尋問を始める準備を整え得ていた。一足早く青年の尋問は沖田が始めている。坊主頭でズボンにチェーンをつけた見るからに柄の悪そうな青年。どこぞの組の鉄砲玉だろうか。態度も悪い。年齢の近い沖田に任せるのが吉と出るか、凶とでるか。
「名前は?」
「……」
「年齢は?」
「……」
「どうして近藤さんを?」
「……」
「オイ」
「……」
ひたすらに黙秘を貫く。視線を下に向け、ポケットから伸びるチェーンの金具を弄っていた。胸倉をつかもうとする沖田の手を逆に握り返した。スーツのフラワーホールの裏側に直径二センチほど、厚さ一ミリほどの薄いシールをさりげなく取り付けた。中にマイクが仕込んである薄型の最新盗聴器。机の裏にも仕込んである。沖田のスーツから手を離した青年は大きな音を立てて舌打ちをし、取り調べの人を変えてくれるように頼んだ。代わりに山崎が入ってくる。
「すみません、トイレ行ってもいいっすか」
「…え、うん」
手錠も腰縄もされないが、トイレの前まで警察官が二人ほどついてきた。ドアを開けてからは自分一人だ。個室一つ一つ、便器一つ一つに同じような盗聴シールを目立たないよう張り付け、カモフラージュの為に水を流す。取り調べ室に帰るとき、土方とすれ違った。薄く笑う青年。
青年が取調室に入った十分後には、土方は近藤の迎えのためにスナックスマイルまで来ていた。近藤は息抜きに言ってくると言って課を出て行ったので、てっきりコーヒーでも買ってくるのかと思ったらもう一足伸ばして志村妙のところに行っていた。近藤の携帯を使って志村から電話がかかってきたのだ。迎えにくるように、と。パトカーを止めるわけにもいかずにタクシーを使って店の前まで来る。店の前に立つボーイとはすっかり顔なじみになってしまった。
「お待ちしておりました」
ボーイは土方の顔を見ると扉を開け、店内に招き入れる。入口近くのパネルを無視し、近藤の居る机に向かった土方は近藤を探した。いた。志村と、もう一人女が席に座り、近藤に酒を注いでいる。志村は近づいてきた土方を見て、近藤の肩を揺すった。渋るような視線が近藤から向けられる。
「帰るぞ近藤さん。三十分後に会議だ」
「えー…」
「えーじゃねーよ。今回の事件の重要性はアンタが一番わかっているだろ」
腕をとって半ば強制的に立たせ、会計を頼む。慣れたようにカードを受け取った志村は机から離れて行った。残された女も席を立とうとする。まるで土方から顔を隠すように俯く彼女に既視感を覚えた。彼の勘が何かあると告げていた。
「おい」
「……」
「青いドレスの…」
「私ですか?」
「そうだ」
声を掛けても顔を上げようとしない。小さな声が怪しさを助長させる。店の奥に消えて行った女の姿をしばし視界に留めた。志村が戻ってきて伝票を差し出す。五万円と少し。サインをした近藤を名残惜しそうに入口に向かった。溜息を吐きながら土方も後を追おうとして、少しためらい志村に声を掛けた。
「あ、そうだ」
「どうかされましたか?土方さん?」
「さっき近藤さんの席にいた女だが…」
「あぁ、マナちゃんは…」
店の奥から私服に着替えた先ほどの女が出てきた。志村と土方の視線がそちらに向く。厚化粧を取ったため顔は幼く見える。店長と話をしているようだ。その顔を脳内にある人物リストと照合し、とある人物とリンクし終わるまで二秒もかからなかった。
「あいつ万事屋のとこの…!!」
険しい顔をして近づいてくる土方に気が付いた少女の行動は早かった。しまった、というような顔をし、視線が合った瞬間、コートを翻し、店の奥に走り込む。逃げられたら追うのが刑事の性。裏口から飛び出したらしい彼女を追って路地裏を駆ける。土方も足は速い方だが、彼女の俊足には及ばなかった。複雑な路地裏を駆けまわった挙句に見失う。
「あいつまだ高校生だろ…ったく」
あの少女は私立探偵坂田銀時のもとに転がり込んでいる女子高校生である。探偵と掲示しながらでも何でもやる銀時たちを万事屋と歌舞伎町の人々は呼んでいた。土方も銀時とは腐れ縁である。自然と銀時のもとにいる新八や神楽とも顔を合わせることも多くなる。未成年が風俗で働いているのは見逃せない。だが、土方にはもっと急を要する事件があった。スナックすまいるに戻ると近藤がタクシーを待たせている。それに乗り込み、新宿署付近まで頼んだ。車内で会話は無くエンジン音だけがやけに響く。
ゴミ箱の陰に身を隠し、息を殺していたマナは土方が通り過ぎたのを見て大きく息を吐いた。同じバイトの新八を伝手としてすまいるに臨時アルバイトとして入店したのだ。問題を起こせば迷惑になってしまううえ、今後、頼めなくなってしまう。それに銀時にもばれてしまう。土方から銀時に話がいかないことを祈った。そんな肩をちょんちょんと叩く人影がいた。
「やあ」
「え…」
「名字さんだよね?坂田探偵事務所で働いている、神楽の友達の」
「はい…えっとどちら様ですか?」
「神楽の兄だよ。神威。よろしくネ」
そう言われれば似ている。桃色の髪も青い瞳も。神楽の兄と聞いてマナの警戒心は薄れた。ポケットの中に入っているスタンガンから手を離し、立ち上がる。差し出された手を握った。握手だ。
「神楽ちゃんなら探偵事務所にいると思いますよ?」
「いや、俺は君に用があるんだヨ」
「え?」
「ちょっと一緒に来てもらえる?」
にこっと笑う神楽の兄。だが、どこか纏う雰囲気に危うさがにじみ出ていた。握られた手をそっと放そうとするも、神威は離さない。ニコニコ。身の危険を感じたマナがスタンガンを取り出すより、神威の一撃が鳩尾を襲う方が早かった。咳き込む彼女のポケットからスタンガンを出し、その持ち主に当てる。感電し、気絶した少女を抱えた神威は歌舞伎町の闇に消えて行った。