18

団子屋で出された緑茶を一息に飲み干して団子をかじる。駄菓子屋で時間を潰し、河原で寝転がった。屯所を飛び出したのは午後二次過ぎで、沖田とパトカーを避けてぶらぶらすると太陽はすぐに沈んでいった。アイマスクを目につけて仮眠状態に入る沖田の隣で名前は空を見上げていた。赤い空に船が飛んでいる。河原では子供が和気藹々と遊び、老人は犬の散歩をする。蝶々が沖田の鼻に止まり、もぞもぞと沖田が身じろぎをした。

「起きてますか……沖田さん?」
「うん?」
「ちょっと行きたいところがあるんですけど」

いいですぜィと軽快な返事をもらった名前は沖田の手を引いて町はずれの墓地に向かった。夕闇の墓地を進み、寺の階段を上る。沖田が何も文句を言って来ないのは珍しいと思った。寺の隅の御地蔵様の後ろに回り、膝をついた。

「……何するんでィ?」
「探し物です」

木刀で地面を掘り返して数分。刃先が何か固いものに突き当たった。手で土を掘り返していくと、小さな木箱がでてくる。木箱に掛かった土をどけ、名前は木刀の柄の部分を外した。そこからでてくるのは鍵。木箱の南京錠に鍵をさしこむと、カチリと音がして開いた。軽く隙間を開けて覗き込む。中身を確認したあと再び錠を閉じた。

「……名前」
「あとで説明しますから。屯所に戻りましょう」

土を元あった場所に戻し。木箱を抱えた。たとえ帰路で奇襲にあっても沖田がいるから大丈夫だろう。行きと反対に足早に歩を進める名前の目は険しいものになっていた。屯所の門をくぐると自分の部屋に入り、パソコンを探す。そうだ土方の部屋にあったはずだ。土方の部屋に乱入してパソコンを奪還、沖田の待っている自室に帰ってくるまで僅か十秒。木箱の中の、さらにガラスケースに入った円形の筒を沖田はじっと見つめた。

「それなんですかィ?」
「幕府の研究員が作りだした細菌です」
「……?」
「臓器密売疑惑の天人幕吏がいましたよね。あの事件の裏に、人体実験があったんです」
「幕府が?」
「幕府が主導で行っていた人体実験、犠牲者は主に罪人たちです。臓器密売だけではなくて、十年以上かけた人体実験で細菌兵器を作り出して……」
「そりぁ大事で。で、なんでそんな大層なものをお前が持ってるんで?」
「……その情報を知って盗み出したのが私だからです」

何重にも重ねられたガラス容器の中で保存していた細菌をじっと見つめる。鬼兵隊に寝返えざるを得なかった名前は研究員を殺し、その細胞を盗み出した。もちろん自殺に見せかけて殺したが、安藤の目を欺けたかはわからない。
名前が手に入れたそれを利用しようとしたのが高杉だ。けれども、そのテロに怖気付いたのは名前。両親をテロ行為によって殺されている彼女が自らテロを起こそうとは思えない。鬼兵隊の目を盗み、細菌をひそかに隠して、

「私は安藤の密偵だと見抜かれ、自分を鬼兵隊に売り込んだんです。高杉から両親を殺したのは安藤だと知らされて簡単に心は揺れました」
「……」
「そこで、持っていた情報を使って幕府に報復しようと」
「……」
「両親は攘夷志士のパトロンだったんです。攘夷志士のテロに見せかけてあっさり殺されました。私も、きっと殺されればいいと思ったんでしょうね。最も危険な鬼兵隊に送り込まれました」

沖田は黙ったままだった。名前は立ち上がり、土方との部屋を区切る襖を静かに開けた。
想像した通り、土方は煙草を吸いながら襖に凭れ掛かっていた。話は全て聞かれていただろう。目を閉じていた土方を見つめる。ゆっくりと開いた眼には感情が無かった。

「それが、お前の過去か」
「……はい」
「なんで鬼兵隊のテロに巻き込まれた」
「それはまだ……」

言葉を濁す。彼女をどうするべきか。元攘夷志士だと自白した。だが、その一方で幕府の重犯罪を暴いた。名前の話を信じるならば、彼女自身、テロ行為はしていない。鬼兵隊にいたのも安藤の密偵だから、と理由をつけることはできる。おまけに鬼兵隊のテロの被害者。彼女を無実に仕立てるのは十分可能だ。お釣りまでくる。全て信用していいのか。見えない女だ。

「人体実験の結果とデータはこのパソコンに全て入っています。研究者の証言も、証拠写真も」
「それで、お前はどうするんだ?」
「……私を鬼兵隊と安藤から保護してください。この情報を公にして……安藤に報いを与えたい」
「相手が大物過ぎるな」
「ええ……わかっています。もちろん鬼兵隊にこれを渡す気はありません」

少し考えたいと言った土方に名前は頷いた。机の上の細菌をちらっとみる。これが鬼兵隊に奪われていたら、と考えてぞっとした。だから高杉は名前を拉致したのだ。細菌のありかを吐かせるために。仮にワクチンが出来上がっていたとしても、それを受け取れるのは富裕層だけだ。庶民は死ぬ。木箱の中にガラスケースをしまった名前は大切そうにそれを抱えた。

「総悟、一応見張っとけ」

珍しく素直にうなずいた沖田は机の上にパソコンを置き、起動させている名前の背に自分の背をあずけた。名前は天井を見上げる。鬼兵隊から救出されたあと、安藤の密偵が屯所の周りをちょろちょろしているのは聞いている。その密偵達からもこれを守らなければ。今夜は寝られそうにないな、と思った名前と反対に沖田はすやすやと寝息を立てていた。

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