17

高杉の部屋からは笑い声が響いていた。万斉は入っていいものか時間を置くべきなのか思案し、来島の視線に背を押される形で高杉部屋の襖をノックした。

「万斉」
「……」
「どっかの線路、爆破させてこい」
「どっか、とは」
「任せる。明後日までに脱線事故を起こさせろ」
「…承知したでござる」

高杉のわがままは今に始まったことではない。今夜中にどこかに仕掛け、明日の始発を爆破しよう。早い方がいい。高杉の機嫌が悪くなってからでは面倒も多かろう。混乱する船内をまとめる武市に高杉からの命令を告げると盛大な溜息を返された。

「予想以上に死傷者がでましたね。いやあ、困った」
「おおむね計画どおりでござろう」

武市の書いたシナリオ通りに進みつつある。心配があるとすれば高杉だ。名前が去ってから機嫌が悪い。こうなることは予想できたはず。そう仕向けたのも高杉だ。思い当る節がある万斉は三味線を掻き鳴らしたくなった。今頃血が見たくなっている首領の部屋に誰も近づかないよう厳命して明日の作戦の準備に取り掛かった。


■ ■ ■


興奮冷めやらない名前が大人しく寝られるわけなく、彼女を一人にできない土方も道連れの形で起こされていた。最初は寝るまでついてやろうと思い、布団に寝かせた彼女の話し相手をしていたのだ。全く眠る気配のない名前。鬼兵隊で得た情報をぽつりぽつりとつぶやく彼女の横に体を横たえた。もちろん布団の外だ。畳の上。

「土方さん」
「うん?」
「記憶が戻ってきてるみたいです」
「…そうか」
「私、もしかしたら鬼兵隊の一員だったかもしれません」
「……そうか」
「捕まっちゃいますね」

名前の目じりから涙が静かに流れたのを見た。万が一名前が鬼兵隊の一員だったという過去があったら、自分はどうするのだろうか。彼女をとらえる?情報を聞き出すために拷問を加える?できるだろうか。枕の横に置かれた名前の手は震えていた。

「…もう寝ろ」
「優しすぎますよ」

その手を繋いで土方も目を閉じた。温かい。土方の手を握り返した名前も大人しく目を閉じた。霞んだ記憶はだんだんクリアリィになってきている。安藤が両親を殺したと高杉に告げられた。そうだ、何度も抱かれた。恋をしていたのかもしれない。自分とは違い、戦陣きって自らの野望を手に入れようとする獣。けれども、今、手を握っているのは土方だ。優しい不器用な人。もう少しで全部のピースが埋まる。記憶のパズルはあと少し。空白の五年間だ。

起床した名前は真選組の井戸を使って顔を洗っていた。あわただしい雰囲気の中で、彼女の姿を見て隊士がざわめく。どうしたものかと戸惑う名前の肩を土方が抱いた。部屋に戻っていろとの言葉にうなずき小走りで土方の部屋に入る。ここでも異端者なのだ。気晴らしにテレビでも見よう。リモコンを手にとり、電源を入れる。世間に触れるのは久しぶりだった。鬼兵隊の船では新聞すら見せてもらえない。

「本日午前五時過ぎ…」

名前の目に飛び込んできたのは脱線し、横転した電車だった。死者は無しとのテロップが流れている。飛び散るガラスに立ち上る煙。見たことがある。ゆっくり最後のパズルが埋まっていく気がした。テレビ台の下に置かれた名前のパソコン。震える指で開き、忘れていたパスワードを入力した。暗くなった画面から、一気に明るくなる。

「名前、ちょっと会議あるから大人しくしてろ」
「…は、い」

襖越しに声を掛けられたのが幸いだった。今対面していたらどうなっていたか。指に汗がにじむ。フォルダを展開していく。中身は読まなくてもいい。覚えている。そうだ。モノクロの絵に色がついていくのを早送りするように記憶が色ついていく。確かにはずれだ。高揚した気分を落ち着かせるように両手で顔を覆った。会議から帰ってきた土方はついたままのテレビに映る事故現場と名前を見比べた。

「土方さん、少しお願いがあるんですけど」
「あん?」
「墓地に行きたいんです」

真剣な目で頼み込む名前は決して理由を話そうとしなかった。その目は首輪を斬れと言ったときと同じ。外は厳戒態勢だ。今、土方が席を外すわけにはいかない。眉間に寄った皺がNOだと告げていた。

「必ず真選組の手柄に結びつきますよ。絶対です」
「何か思い出したのか」
「はい。でも、大丈夫です」

信じてくださいと言った名前を土方はしばらく眺めた。胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。煙で肺を満たし、部屋の空気中に放った。無言で煙草を吸う。その様子を名前は黙ってみていた。土方は迷っている。名前を信用していいのか、いけないのか。

「真選組副長ではなく、土方さんにお願いしたいのです」
「……」

考えておくとだけ言って土方は襖を閉めて出て行った。取り残されたのは名前だ。墓地に行って回収して、いやでもしばらくは真選組で匿ってもらわなければならない。安藤の元に行って。スパンと土方の部屋の襖が開いた。

「名前」
「沖田さん…?!」
「デート行きましょうぜ」
「えっ?」
「土方さんには内緒でさァ…ホラ着替えてくだせェ」

沖田に煽られて名前は自分の部屋に飛び込んだ。行李から着物を引きずりだし、先ほどまで来ていた着物を脱ぐ。沖田が襖の間から覗いていることは承知だったから羽織を投げつけておいた。めんどくさい帯締めの着物はやめて着流しを羽織る。隅に置かれていた木刀を右手に持ち、沖田の待つ縁側にでる。

「なんでィそりゃ」
「護身用です」
「俺がいるのにですかィ?」
「だって女性用厠で襲われたらどうするんです?大声あげても沖田さんはすぐに来られないでしょ?」
「…ふーん」

訝しげに見てくる沖田と共に屯所を飛び出した。屯所の門をくぐると当時に土方の怒声が飛んできた。歌舞伎町を走る走る。沖田が足を止めたのは団子屋の前だった。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -