03

高杉の酒の摂取量は異常だ。昨日酒屋で鬼嫁を五本ほど購入してきたというのにもう追加を買って来いと言われている。機嫌よく酒を煽る高杉の部屋は酒臭く、あまり酒に強くない名前はこの部屋に足を踏み入れるだけで酔いそうだった。買ってきた酒を置いて早々に部屋を出ようとすると呼び止められる。

「……はい」
「一人で飲めってか?」
「お酌をしろと?」
「あァ」
「総督。一言いいでしょうか」
「なんだ?」
「飲みすぎです」

転がる一升瓶。眉をしかめてそういえば、酔っている素振りを全く見せない高杉が喉を鳴らして笑った。とにかく来いと言われ、大人しく前に座ればお猪口が差し出される。買ってきたものの中から一本開け、それを注いだ。一口、口に含んだ高杉の動作が止まり、目つきが鋭くなる。

「……名前」
「飲みすぎです」
「これはなんだ」
「お水ですね。いい加減にしないと肝臓がやられますよ」
「いい度胸だなお前」

盃に入れた水を飲み干した高杉は再びお猪口を差し出してきた。負けずとばかりに水を注ぐ。これ以上飲まれたらこちらが困るのだ。明日は大事な会談があると万斉が言っている。高杉にこれ以上酒を飲ませないで欲しいと言われたはいいものの、力づくでは不可能。意地の張り合いになってきた。酒で熱くなった体を冷ましたいのか胸元が大胆に肌蹴ている。やめてほしい。目に毒だ。水を飲み干す高杉の手の間を縫って襟元をただした。

「お風邪を召されますよ」
「お前は俺の母親か」
「こっちからごめんです。こんな万年反抗期みたいな子ども」
「言ったなお前」
「お前じゃなくて、名前です」

ククッと笑った高杉は立ちあがって部屋を出て行った。部屋を出る寸前に高杉が名前に声を掛ける。

「名前、そこらへんの瓶、片づけておけ」

腸が煮えくり返るものの何もいえないのが上下社会。大人しく瓶を抱えて食堂の方に向かうと来島が遅い夕食をとっていた。手を振ってくる彼女に振りかえしたいのはやまやまだが、なにせ両手は瓶で埋まっている。厨房の瓶置き場に酒瓶を置いて、名前は来島の隣に腰かけた。

「高杉さんって酒豪なんですね」
「そうっすね。あれ?さっきまで晋助様と一緒だったんスか?」
「お酒を買いに行かされてました」
「うわぁ……」
「腕が痺れてもう……」

愚痴るように来島に話かけているうちに名前も空腹を覚えた。二十三時過ぎ。お握りぐらいならいいだろうと思い、厨房を漁った。あ、たらこがある。来島に最近調べた攘夷組織の話をしているうちに夜も更けて行った。時計を見ると十二時を軽く超えている。寝るという来島と一緒に自室に戻り、パソコンを開いた。鬼兵隊組織に潜りこめば他の過激派攘夷組織の居所や桂の居所を掴めると思っていたが案外、高杉と桂は交流を持っていない。過激派攘夷志士のテロで名前の両親は殺されている。実行犯は穏健派となって、現在、桂のもとにいるとかいないとか。その情報をもっと詳しく知りたかった。山崎の元で修行を積んでいた時にも調べていたが、幕府関係の書類に詳しいことは乗っていなかった。ふう、と溜息を付き、肩をまわす。時計は三時を指していた。


■ ■ ■


江戸の港に着水した鬼兵隊の船から名前は一時的に降りていた。情報収集のためだ。桂は江戸にいるはず。ならば自分の足で少し探してみよう。安藤のところに連絡をいれるか入れないか迷い、やめた。今不審な行動は起こしたくない。ついでに言えば、高杉一派がテロをたくらんでいるという確信のある情報はまだなかった。特に報告することもない。攘夷志士が利用しそうな賭場やら酒場やらを周り、耳を澄ます。人に聞きこむよりよっぽど目立たない。

「真選組の摘発で」
「おい聞いたか。天人の奴らの最新兵器が」
「幕府が……?」
「鬼兵隊がこの江戸に」
「桂が」

桂、の名前に名前はその男の声に集中した。けれども内容は「桂がテレビに出ていた」というものだった。一か所に長く居座ることはできない。早々にお会計を済まして歌舞伎町を抜けた。前から来る影に表を伏せ、通り過ぎようとする。

「……名前、何してる」
「あ、高杉さんに万斉さん。船のなかじゃ息苦しくて、気分転換ですよ」
「あまりふらふらするな。戻れ」
「……はーい」

あと、酒買ってこいと言われた。反発するも金を渡されてはしょうがない。しぶしぶ酒屋ののれんをくぐり濃度の高い酒を頼んだ。ポケットマネーとはいいご身分だ。遊興好きだとはもともと知っていたが、遊郭代などはご自分で出されているよう。一か月の酒と遊郭代でそこそこの銘刀を購入できると知ったときには帳簿を破り捨てたくなった。というか、算盤を投げつけたくなった。大人しく船に戻り、部屋の布団に寝転がる。彼らはあそこで何をしていたのだろう。高杉と万斉が出てきたのは名前が安藤に自分を売り込んだあの料亭だ。幕府重鎮御用達として有名な料亭ではあるが、わざわざ本人が出張るものか?今日も明日もあそこで会合はない。ちょっとした胸騒ぎを覚えた名前は胸の前で手を握った。

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