山崎と呼ばれた人の元で修行を積むこと二年間。厳しくも優しく地味な先輩に見送られて私は鬼兵隊と接触しようとしていた。安藤が私を鬼兵隊へ送り込んだのは、鬼兵隊が春雨とつながっているという情報を耳にしたからだろう。
基本好きにやれ、と言われたがどうしてそこまで自由にさせるのかはわからなかった。腰に木刀背中の風呂敷にはパーソナルコンピューター。ターゲットは来島また子だ。女志士として接触することが一番だと考えている。夜鷹を金で買いながら情報を集め、チンピラをまた子に焚き付けることにした。
―あの女にちょっと恨みがあってね、好きにしてくれないかい?
チンピラ十数人がまた子を取り囲み、乱戦状態になったところで助太刀に向かった。顔を隠し、思う存分暴れまわる。数分もしないうちに立っているのは来島と名前だけになっていた。
「お怪我はないですか?」
「……誰っスかあんた」
「あなたと同じ攘夷志士です。来島さんって思ったより可愛いんですね。そりゃチンピラにも絡まれます」
「……」
「さて、それでは私はこれで。お気を付けください」
顔を覚えさせ、その日は別れた。次の日、来島がよく利用するという甘味屋に昼過ぎから居座っていた。お店のおかみの子供の相手をしながら時間を潰していたのだ。
「……あんた、昨日の」
「あら?奇遇ですね。お座りになりますか?」
来島を前の席に座らせてメニューを渡した。ここのお店は餡蜜が有名ですよね。黒蜜じゃなくて白蜜だなんて、私初めて食べました。ペラペラと喋り続けた。来島が頼んだのは餡蜜だった。
「あんたどこの組織の者っすか?」
「少し前までは創界党にいたんですけどね、反りが合わなくて脱退してきたんです」
「今は?」
「芸子や夜鷹に紛れて情報収集しているだけですね。私、パソコン得意なんですよ。幕府のコンピュータにクラッキング仕掛けたりしています」
「……行くところないんスか?」
「……まあ、はい」
一度他の組織から抜けた人間はなかなか新しい組織に潜りこむことはできない。それは、来島も承知のところ。だから自分から売り込むようなことはしなかった。向こうが引き抜いてくれるのをひたすらに待つ。もっと長期戦になると思っていたのに案外早かったなと心のなかでつぶやいた。
「鬼兵隊に来ないっスか?」
「え?」
「女志士が増えるなら心強いっス」
「……いいんですか?」
そのキャラになりきれ、と山崎は言っていた。江戸の過激攘夷集団から抜け、情報屋をし始めた女志士。来島が大きく頷いたのを見て名前は笑顔を作った。ありがたい。今から船に行こうというまた子に手を引かれ名前は鬼兵隊の船が停泊している港へと足を勧めた。
■ ■ ■
組織に女は二人だけということで来島と深い関係になるのにそう時間はかからなかった。幹部のまた子と平隊員の名前。戦闘員ではなく情報員として船に乗っているようで、また子から言い渡される任務の大半は情報整理だった。
「また子さん、ちょっといいですか?」
「ん?どうしたんスか?」
「これ見ていただきたんですけど」
名前は来島に鬼兵隊の帳簿を差し出した。データ化しようと思って拝借していたものだが、整理しているうちにおかしな点に気が付いたのだ。経理の書類と帳簿に何か所か印をつけ、来島に差し出した。
「……どういうことっすか?」
「平たくいえば着服ですね」
「誰が」
「今まで帳簿を管理してた彼らで間違いなさそうです」
「舐めた真似をしやがりやがって……!」
ぶっ殺してやるッス!といきり立つ来島をいさめ、総督に報告するのが一番でしょうと提言した。日頃から武市に猪女と呼ばれる来島である。猪突猛進の言葉通り、名前と帳簿と経理の書類を掴み、高杉の元にむかった。
「晋助様ァ!」
「……うるせェ」
「これ、見てください!」
来島は持っていた書類を高杉の前に叩き付ける勢いで置いた。ちなみに来島は右手で名前の手と帳簿と書類を持っている。横領の証拠と一緒に名前まで床に転がる羽目になった。
「あっ、名前大丈夫っすか」
「酷いよまた子さん」
高杉との初対面がこんな無様なものになるとは思わなかった。べちゃっと畳に叩き付けられた名前には目もくれず、帳簿をぺらぺらとめくる高杉。恐る恐るその様子を見る名前と来島は二人して目を合わせた。無表情の高杉が怖い。そもそも何故、帳簿を平隊員に任せるのか。せめて信頼のおける幹部に任せるべきではなかったのか。提言しようと口を開けた名前だったが、睨まれて大人しく開けた口を閉じた。
「来島、こいつらに持って行った金は返してもらう」
「は、はい!!」
「あとお前……名はなんだ?」
「名前と申します」
「そうか」
よくやった、と頭をなでられた。唖然とする名前を尻目に高杉は来島を連れて部屋から出て行ってしまう。組織の金を着服した男たちの場所だろう。
きっと彼らは内臓をばらばらにされて売られるのだろうなぁ、と想像して気分が悪くなった。スプラッタは好きじゃない。翌日、経理を任された名前は帳簿についた血痕を見て気分が悪くなった。