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江戸のとある料亭で幕府重鎮が揃った会合があると聞きつけた名前は排気口を伝わらせた糸電話もどきで室内の会話を盗み聞きしていた。身を潜めている場所は浴場である。貸し切りかつ宿泊予定のない今回の会合で浴室にやってくるものはいないと踏んで彼女はそこに軽い陣を張っていた。万が一に備えて料亭の女中姿に着替えてもあった。この会合は、またとないチャンス。
息を殺し片耳に当てた器からくぐもった声がかすかに聞こえてくる。犯罪だろうがなんだろうか知ったことじゃない。廊下の窓から料亭の入り口に黒光りする車が数台止まったのを見て、名前は仕上げに掛かった。
女中姿からもともと来ていた着流しへと着替え、先ほどまで使っていた道具は焼却炉へと放り込む。そっと息と足音を殺して幕吏がそろう大広間へと向かった。

「お願い申し上げます!」

お開きとなった宴会場の襖が開くとともに名前は土下座の姿勢を取り、声を張り上げた。突然の事態に凍りつく空気。もう一度名前は先ほどの言葉を繰り返した。襖が開いたと同時に見えた人数は五人。

「わたくしめのお話を聞いてくださいませんか!」
「……」
「……名字名前、我が身一つでございます」
「……入れ」

その言葉を発したのは誰であったのか。もう一度深く頭を下げたあと、顔を上げた。幕吏の護衛に取り囲まれるようにして部屋の中心に連れて行かれる。いつ斬られてもおかしくない状況だが、肝と目は据わっていた。

「私を対攘夷志士の密偵として雇っていただけないでしょうか」
「……ほう」
「両親を殺され店を焼かれ、身一つで生き残ってきたわが身、せめて奴らに一矢報いたいと」
「女の身でか」
「女だからこそできることも多かりましょう」
「して、そなたが使えるという証拠は?」
「……こちらに」

胸元からユニバーサル・シリアル・バスメモリーを取り出して彼らの目の前に置いた。一番名前の近くにいた一人がそれを懐に入れた。ユニバーサル・シリアル・バスメモリーの中身は幕吏の横領についてのデータだ。数年かけて集めたもので、これが世間に出たらスキャンダルだけでは済まされない。

「ここでの会合を嗅ぎつけただけでも使えそうなものだがな」
「……」
「ひとまず、来てもらおう」

料亭から連れ出され、城の牢に閉じ込められること数日。釈放と同時に老中の元に呼ばれた。豪華絢爛を尽くした廊下を渡り、その奥へ奥へと足を進める。仇討だ。両親を殺された恨み、私の人生をめちゃくちゃにしてくれた恨み。

「こちらで安藤様がお待ちです」
「どうも」

入れ、との言葉に襖に手をかけた。襖と膝との間は拳二つ分ほど開けてある。十センチほど左手であけ、左手を襖の親骨に沿って下ろし、床から十センチほどのところで止める。親骨を押しながら、体の半分まで見えるように開けた。安藤と目があう。挙動の一つ一つを観察しているようだ。右手で自分の体が入るくらいまで開けた。

「失礼いたします」

完璧な動作で襖を閉めてから安藤に向き合った。改めて頭を垂れる。そんな名前の傍に先日渡したユニバーサル・シリアル・バスメモリーが投げられた。畳のせいで音は立てない。頭を上げて安藤と相対した。メモリーの中身は横領データだけではなかった。

「名字名前だな」
「はい」
「期待している。お前を幕府隠密として雇おう。」
「ありがたき幸せでございます」
「鬼兵隊と接触し、情報を流せ。機があったら、高杉を殺せ。そなたは見目麗しい。女ともなれば油断はするだろう。そうだな、真選組の優秀な密偵を付ける。学べ」

固く目を瞑って名前は息を吐いた。老中直々の密偵にこぎつけた。やっとだ。十ですべてを奪われ、あれから五年。やれることはやってきた。機は、熟したのだ。

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