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倉庫から飛び出した神威は乱戦を抜け、阿呆と勾狼を追っていた。二人の目的地はどこにあるかは一目瞭然だった。春雨の船に乗り込む数人の背中が見えた。船内に入ると神威の顔をみたものはみな顔を青ざめて命乞いをする。時には向かってくる奴もいたが、それらを片づけるのに大した手間はかからなかった。

「鍛え方が甘いんだヨ」

阿呆の元に行く前に船を出されたら困る。ブリッジにいる人間を殺してから阿呆と勾狼の居るであろう船室に向かった。皆隠れているのかやけに静かだ。廊下の奥で動いた人影に向かって一発。傘を回して神威は歩く。阿呆の部屋の前に警備員はいなかった。軽いノックをしてグライドスライドドアの取っ手に手を掛けた。開かない。暗証号番号なんて知らない。石突きをドアのボルトに向けた神威が銃を乱射する。ガラスの割れる派手な音がしてそのドアは内側に倒れた。

「神威……!」
「俺に用があったんじゃないんですか?」
「……まあ落ち着け、実はお前に」

阿呆が何か言い終わる前に勾狼の左胸に風穴が開いた。硝煙を上げる石突きにわざとらしく「ふうっ」と息を掛けた神威は傘を阿呆に向ける。

「楽しい経験をありがとうございます。じゃあ、」

倒れた阿呆を蹴り、ちゃんと息の根が止まったか確認した。彼の背広を漁ると鍵束が出てくる。きょろきょろと部屋を見渡した神威はデスクに近づいて鍵を合わせた。出てきたのは宝石類。ダイアモンドが光るシンプルな指輪をつまみ上げ、ポケットにしまった。部屋を出る前にもう一度勾狼と阿呆に近づいて、その額に風穴を開ける。手をひらひらと振ってその部屋を出た。


■ ■ ■


高杉の日本刀は酷く血なまぐさかった。首元に刃を当てられた名前はその死の匂いに吐き気すら催す。ここで斬り捨てられるのはあまり気が進まないな、と思いつつ持っていた拳銃を地面に置いて蹴り飛ばした。両手を下げて高杉を見つめる。

「そういえば剣道やってたって言ってたね」
「黙れ」

低い声でそう言われれば口をつぐむしかない。大人しく唇を閉じた名前は切先に首を寄せた。空気を読んだのかどうかわからないが、神威の部下も高杉の部下もそっと倉庫を出て行った。私と高杉は立場だけ見たら、敵ではない。けれど、高杉には名前を斬れる理由があった。

「これからお前はどうするつもりだ?また薬を捌いて生きていくつもりか?……名前、俺が麻薬の類を毛嫌いしてたのは知ってるだろう?それでも、その生き方を貫き通すつもりなのか?」

高杉の軽蔑するような視線に逃げ出したくなった。高杉と一緒にクラブに遊びに行った時、麻薬の類にだけは絶対に手を出すなと言われたのを思い出した。それを彼は自分でも実行していた。高杉は怒っているのだ。名前が麻薬に関わっていたことが許せない。軽い音を立てて真剣が鞘に納められた。高杉は前髪をくしゃりと握り、舌打ちを落とす。

「……捨てないで……お願い……」

名前の口から零れたのはそんな言葉だった。高杉が好きだ。堰をきったように大粒の涙を流す名前に高杉は手を伸ばした。その指が首元のネックレスに伸びるのを見て、名前の背中に絶望が這い寄る。高杉がネックレスの金具を外し、指輪を手に取る。チェーンが音もなく足元に落ちた。銀のチェーンの上に名前の涙が落ちていく。

「名前……」

高杉に呼ばれて瞼を開ける。目の前に突き出された銃口にもう一度目を閉じた。眉間に銃口が当てられる。冷たい金属の感触に涙があふれた。涙の原料は血液だという。成分の九割は水。安全装置が外される音がし、ハンマーが引かれる音が聞こえた。最後に見る光景は愛しい人がいいと思った。カチン、と乾いた音がする。

「……酷い顔」

引き金を引いた銃口からは何も出てこなかった。高杉は肩を竦め、拳銃を適当に放る。暴発するかと思ったがしなかった。力が抜けて倒れそうになる名前の体を慌てて抱き留めた。鼻を啜る音がする。彼はその背中をあやすように軽く叩いた。

「殺してくれても良かったのに……ねぇ、なんで?」
「さァな」
「でもやっぱりまだ死にたくないかも……。お願い、捨てないで……何でもするから……」

高杉のシャツを強く握りしめた名前は絞り出すようにその言葉を繰り返す。捨てないで。お願い、捨てないで。額を鎖骨に押し付けて啜り泣いた。浮気していたっていい。私が本命なら、それでいい。

「盗み見かい?阿伏兎、お疲れ様」
「いやぁ、若いっていいと思ってね」

薄暗い倉庫の中で抱き合う二人を盗み見ていた阿伏兎は神威に声を掛けられて空を仰いだ。神威がここに居ると言うことは、阿呆総督は死んだのだろう。この青年は本当に春雨を手に収めてしまった。倉庫の中を覗き見た神威は抱き合い深い口づけを交わす二人を見て唇を尖らせた。

「ちぇっ。チャンスあると思ったのにネ」
「おいおい。もうしばらく血生臭い話は遠慮させてもらいたいよ」

高杉と今からドンパチだなんて絶対に嫌だ。阿伏兎は年若い上司を諌めた。肩をすくめた神威はポケットから阿呆の机からかっぱらってきた指輪を取りだす。彼の手の中を覗き込んだ阿伏兎はハート形のダイアモンドが台座に嵌められた血まみれのプラチナリングを見て複雑な顔をした。その指輪を惜しげもなく倉庫の中に投げ込む。

「さぁ、出港だヨ。警察がくるのも時間の問題だろうしネ」

船に向かって歩き出す神威の背中を阿伏兎は追った。第七師団の連中も二人を見てぞろぞろと後をついて来る。中国に向かい、元老と話をつけるのは阿伏兎の役目になるだろう。

高杉の首に腕を回し、濃厚な口づけを受け入れていた名前は高杉の肩越しに神威の姿を見た。名前の意識が他に向いているのを感じた高杉が角度を変えて舌を絡ませる。神威が放ったリングは二人の足元まで転がってきた。ありがとう。心の中で神威に礼を言った名前は涙の止まった目で彼を見送った。



後日、結婚しましたとの一報と共に高杉と名前の婚姻届を送りつけられた銀時は口元を引攣らせながら印鑑を構えた。
証人の欄には色付きの付箋が貼られ、矢印のマークが書かれていた。
「……オイオイ勘弁してくれよ」
もう一方の証人欄に桂の几帳面な文字を確認した銀時は渋々と署名をし、印鑑を押した。

END

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