02

東京から車で4時間弱、公共交通機関を使うと新幹線に加えて在来線で3時間強かかり、在来線最寄駅からバスで更に1時間以上かかる山の中にその滝はあった。
先ほど見た滝は立派な滝であったが、いままで注目を集めなかったのは、このアクセスの悪さが原因だろう。
仮に世界遺産に登録されたとしても、このアクセスの悪さでは観光する気になれないと名前は思った。

そんな不便な土地であるにも関わらず、山の麓には100人規模の村があった。
地図にも載らないこの村では、余所者はよく目立つ。
田舎特有の排他的な空気があるのは薄々感じていたが、声を掛けただけで露骨に避けられるとは思っていなかった。
「こ、心折れそ〜」
最初に声を掛けた老婆には開口一番に「去ね!」と怒鳴られた。その次に声を掛けた老爺は口をきいてすらくれなかった。
不快な思いをさせた心当たりはない。だって、「あの〜、すみません」としか言ってないのだから。
ついには名前達を見かけるや否や踵を返す者も現れた。理由はわからないが、避けられている。
「子供に聞きましょう。大人ほど警戒心が強くないはずです」
共に聞き込みをしていた伏黒が名前を慰めるように言った。
伏黒も数多くの任務をこなしてきたが、ここまで拒絶的な態度を取られたことはなく、少々戸惑っていた。
「ごめんね恵くん。悠仁ならもっと上手く声かけできてたよね」
「この頑なさを見る限り虎杖でも厳しいと思いますよ。気にしないでください」
虎杖と釘崎は村長の家に聞き込みに行っている。村のことを一番把握しているのは村長だ。
その聞き取りは失敗できないので、一番人当たりの良い虎杖に任せることにした。
虎杖には「田舎には田舎のルールがあるのよ」と釘崎が付いて行ったので向こうのペアは卒なくこなすだろう。
「あっ、女の子」
小学生高学年だろうか。使い込んだ赤のランドセルを背負った女の子をバス停で見つけた。
4時間に1本しかないバスは先程出たばかりだったので、乗り遅れてしまったのだろうか。
「こんにちは」
「…………」
「バス、乗り遅れちゃったの?」
「…………」
女の子は見知らぬ人に突然話かけられて驚いたのか目を丸くしていたが、逃げ出す様子はなかった。チャンスかもしれない。
「私たちあの山の滝を見に来たんだけど、みんなもよく行くの?」
「…………行かない」
「あっ、」
一言だけ返事をくれた少女は逃げ出すように走って行ってしまった。
顔が見えなくなる前に一度だけ振り返る。そしてまた小走りで去って行った。
なるほどな、と名前は思う。
「これはあれだね、恵くんだけで声かけた方がよかったね」
頭の上にはてなマークを浮かべた伏黒に名前は苦笑いを向けた。
振り返ったあの女の子の視線は伏黒に向いていた。気持ちはよく分かる。
名前も初めて声を掛けられた時に、その顔を見て思わず足を止めてしまった経験があるからだ。
つまりあの「行かない」は伏黒がいたからこそ発してくれた一言であって、名前一人で声を掛けていたら無視されていた可能性が高い。子供も手強そうだった。
「詰みそうですね」
「うん……」
赤いランドセルを見送った後、歩きながら周囲を見渡してみるも人影は無かった。
眼前に広がる田圃には黄金色の稲穂が頭を下げて刈られるのを待っている。
この村の主な収入は農業だ。米は今が収穫期なはずなのに、驚くほど人出が少なかった。
「「…………」」
伏黒の言うように、村人からの聞き込みは詰みそうだった。
頼りの綱は村長の元に向かった虎杖と釘崎であるが、名前のスマートフォンのホーム画面に、彼らからの連絡は来ていなかった。
「あっ、充電切れそう」
視界に入った画面右上の電池マークはいつの間にか黄色に変わっていた。最近なんだか充電の減りが早い気がするので、最近はモバイルバッテリーを持ち歩いている。
「あれっ」
あれ、おかしい。いつもは内ポケットに入れているはずなのに。
「ありましたか?」
「……車に置いてきちゃったみたい。ごめんなさい。取りに行ってくるからどこかで待ってて欲しいんだけど」
「俺も行きます」
「でも、」
「こんなとこであんたを一人にするわけないでしょう」
鳴りを潜めていた苛立ちがぶり返したようで、険のある口振りで言う伏黒に名前は眉を下げた。
未だ聞き込みの成果はゼロな上に車まで戻らせるという失態に目を覆いたくなる。本当に足手纏いにしかなっていなかった。

車は山の入り口に置いてきた。
村の中心部から山の方へ向かうほど民家も少なくなっていき、ただ田園だけが続いている長閑な風景が広がっていた。
そんな自然豊かな風景の中で、名前達の乗ってきた黒光りする高級車は明らかに浮いていた。
「……嘘でしょ」
鍵を開けようとスマートキーを車に向けた名前は、その違和感の正体に気がつき絶句した。
名前の視線を追った伏黒も、車の惨状に気がついて顔を顰めた。
「やられましたね」
「えー……えー、うそ!どうしよう……!」
高専から貸し与えられた車の四輪全てのタイヤがパンクさせられていた。タイヤの中の空気はすっかり抜けてしまい、ホイールの下でゴムが弛んでいた。
一本ならは事故かと思う。しかし四本ともとなれば事件だ。
車の側に膝をついた伏黒はタイヤにある裂傷を指でなぞった。
「刃物で切られてます」
ゴムが薄いサイドを狙って傷がついているあたり、意図的で悪質な犯行だった。
名前達が山を降りた時には、車の異変に気が付かなかった。おそらく、村人への聞き込みをしていた間にやられた。
「信じられない。頭痛くなりそう……」
名前は頭を抱えて座り込んだ。


 
その頃、虎杖と釘崎は『水場と心霊現象』についてレポートを出す学生という設定で村長の自宅を訪れていた。
SNSで山中の滝と行方不明事件について知り東京から取材に来たのだと告げると、村長は困った顔をしながらも愛想笑いを作った。
年は古稀を越えたぐらいだろうか。顔に刻まれた皺が笑みで一層深くなっていくのが印象的だった。
「あの滝に行った女性たちが行方不明になってるのは警察から聞きましたけどね、みんな帰ったはずだから関係ないと思うんだけどなぁ」
どこまでが額かわからないほどに禿げ上がった頭を撫でながら、村長は続けた。
「バスに乗ったのも複数の村人が見ておりますし、神隠しって言われましても……」
「でも全員行方不明って変じゃないっすか?あの山にはいったら祟られるとか幽霊が出るとか、そういう噂話、何かありません?なんでもいいんですけど!」
このままじゃレポートが出せないんですよと眉を下げた虎杖に村長は益々困った顔をした。
「ないない、ありやしませんよ。どこにでもある普通の山です。まあ村人も普段立ち入らないから熊は出るかもしれんですが」
「熊かぁ……」
出てほしいのは熊ではなく呪霊だ。
「絶対にあの滝が怪しいはずなんです!」
タイミングを測っていた釘崎も口を挟んだ。
「どうして?」
断言する釘崎に村長は不思議そうに聞いた。
「私たちを連れてきてくれた先輩は、すっごい霊感のある人なんです。その人があの滝が原因だとおっしゃってて。先輩が言うなら間違いないんです。何か思い当たることはありませんか?お願いです、教えてください!」
全てが嘘ではない。名前は千里眼という術式があるから遠回しに霊感があると言えるし、滝では残穢が確認されたので禍々しいというのも間違いない。
釘崎に習って「教えてください!」と虎杖も頭を下げた。だけれども、
「呪いの滝どころか私達にとっては恵みの滝です。この村の農業で使ってる水はほとんどあの川の下流から引いてるんですから。その先輩の勘違いでしょうねえ」
益々笑みを深くした村長はそう言って、再び無い髪を掻き上げる仕草をした。
あからさまに肩を落とした二人に申し訳ないと思ったのか、村長がとある提案をした。
「わざわざ来てくれたんですから、今日はうちの村に泊まってください。観光できる所は何もないですけど村で採れたおいしい野菜をご馳走しますよ」
思わぬ申し出に虎杖と釘崎は顔を見合わせた。
「いいんすか!?先輩ともう1人同級生がいるんですけど、4人でも大丈夫ですか?」
「ええ勿論」
村長は、目が埋もれるほどの笑顔を浮かべる。

その笑顔が、どうしてか釘崎には不気味に見えた。

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