08

駅前のロータリーに並んだベンチに腰を下ろした名前の靴を五条はそっと脱がせた。
踵を持ち上げて確認をすると案の定、皮が捲れ、血が滲んでいた。見るからに痛そうな傷に五条は息を吹きかけた。
「思いっきり擦れてるじゃん。痛そー」
「痛い……あっ、触んないでよバカ」
意地悪く爪で擦れた踵を突いた五条を名前は反射的に蹴りそうになった。
足癖の悪いそれを抑えながら五条はポケットから絆創膏を取り出し、「じゃ〜ん」と効果音付きで名前に見せた。
「なにそれ、似合わない!」
有名アニメキャラクターが書かれた絆創膏はあまりにも不釣り合いで名前は思わず吹き出した。
はちみつが大好物なクマの可愛らしい絆創膏が悟の手に握られているのは違和感しかない。
キャラクターもそうだが、滅多に怪我をしない五条が絆創膏を持ち歩いていることが信じられなかった。
「ありがたく思えよ。ほら、足上げろ」
「ありがたいけどさ、そのキャラクター好きだったっけ。てかなんで絆創膏なんて持ってるの?」
名前は示されるがままに地面に膝をつく五条の足の上に裸足の足を乗せた。
「本屋でオネーサン達が声かけてきたからその時にもらった」
「…………」
名前の靴擦れを覆うように絆創膏を貼った五条は、名前の靴を手に取ると傷に触れないよう気をつけながら履かせた。
「ほらよ」
「……ありがと」
照れ臭さを誤魔化すように、よいしょと声をあげながら名前は立ち上がった。
絆創膏のおかげか痛みが和らいでいた。
手当どころか靴まで履かせてもらって至れり尽くせりである。うっかりお姫様の気分になりかけるところだった。
「歩けるか?」
「うん。ありがと、大丈夫そう」
「絆創膏してても当たると痛いだろ。捕まっとけ」
名前は五条の言葉に甘えてその腕を借りることにした。
歩く度に、すれ違う女性達が五条に見惚れ、次いで隣に居る名前の存在に落胆の表情を見せるのが面白かった。
性格については思うところが多々あるが、まあ、顔だけは本当にかっこいいと思う。
「なに?見惚れた?」
名前の視線に気が付いたのか、五条はサングラスを外してみせた。
「……いや別に」
この尊大な性格さえなければ。
盛大にため息を吐いた名前は、ナイナイと頭を振った。



腕組みをして帰ってきた五条と名前に談話スペースでテレビを見ていた夏油と硝子はニヤついた笑みを隠そうともせずに声をかけた。
「お熱いね。2人とも」
「デートじゃないんじゃなかったの?ラブラブじゃん」
夏油の言葉はともかく、続けられた硝子の言葉は看過できなかった名前は「誤解だから」と言いながら五条から離れた。
「靴擦れしちゃって腕借りてただけ」
「靴擦れ?」
「そう。買ったばかりの靴だからまだ慣れてなくて……ちょっと部屋で消毒してくる」
部屋に戻る名前の足元を見えると夏油にとって見覚えのある靴を履いていた。今日着ているニットもそうだ。どうやら自分が勧めた服を親友とのデートに着て行ったらしい。
そのデート相手である五条が勢いよくソファーに座ったことでスプリングがしなり、夏油が腰を下ろす座面が沈んだ。
「ケトル貸せ」
五条はコンビニの袋から夜食を取り出してテーブルの上に広げた。おにぎりが4つとカップラーメンが2つ。デザートと思われるプリンとケーキもあった。
「それまさか夜ご飯?食べて来なかったの?」
硝子がカップラーメンを指差した。
「映画見ながらポップコーン食ったから俺もあいつも腹減ってなくて」
五条はカップラーメンの蓋を開け、火薬を麺の上に撒いた。
「これはデートじゃないな」
「デートじゃなかったね。残念」
硝子は予想通りだと鼻で笑い、夏油は期待外れだと嘆いた。
硝子から見ていても、五条と名前は距離が近すぎる。恋人を通り越して家族のような2人が甘い雰囲気になる気はしなかった。想像ができない。したくもないが。
「デートだって言ってんだろ」
ケトルに水を入れた五条は2人の態度にイラッとした。『彼氏』と『彼女』が出かけている時点でデートとして成立しているはずだった。
その五条の考えを硝子は容赦なく切り捨てた。
「夜ご飯を寮の共有スペースで、しかもカップラーメンで済ませてるのにデートとは認められないっしょ。これはあれ、仲のいい友達止まりの関係。良くても友達以上恋人未満」
「そうだね。なんというか、足りない」
硝子の言葉に夏油も頷いて同意を示した。
「ほっとけ!お前ら好き勝手言いやがって」
五条と呼応するようにケトルの中の湯がで沸々と音を立てた。
一体何が足りないのか問いただそうとした五条だったが、名前が戻ってきたのが見えて口を閉じた。
「硝子、さっき渡すの忘れてた。頼まれてたやつ買ってきたよ」
「ありがとう」
名前は手に持っていた袋から雑誌を取り出して硝子に渡した。
早速雑誌を広げて読み始めた硝子の隣に座った名前は、その肩に頭を預けるようにして紙面を覗き込んだ。
その様子に硝子と名前のほうがよっぽど恋人らしいと夏油は思った。
「これ可愛いね〜。硝子に似合いそう」
名前はモデルが着用するネックレスを指差した。雫型にカットされた小さなダイヤモンドが揺れるシンプルで華奢なネックレスは硝子の雰囲気にも合っていると思う。
「そういえば、名前ってアクセサリーつけてないよね」
「まあ、戦う時壊したら嫌だし。そもそも持ってないってのもあるけど」
「どういうのが好きなの?」
硝子は名前が見やすいよう雑誌を傾けた。
雑誌には可愛らしいアクセサリーが紹介されている。熱心にページを捲っていた名前だったが、「うーん」と渋い声をあげて雑誌をテーブルの上に置いた。
「ネックレスは首締まりそうだし、イヤリングは落としそう。ブレスレットも引っかかると危ないし……」
戦闘中に邪魔にならないものは限られている。思い返せば女性の呪術師でアクセサリーをつけている人は少ない気がした。
「あっ」
名前の視線は斜め前に座る夏油に向いた。
「私もピアス開けたい」
ピアスならば落とす可能性も低いだろうし、邪魔にならない。
いいアイデアだと思った名前は反応を待ったが、硝子と夏油はなぜか五条を見ていた。
「なんだよ。別に反対はしねーけど……」
そう言う五条の口ぶりは賛成でもなさそうだった。
「夏油くんのピアスってセルフで開けたの?それとも病院?」
「私はピアッサー使って自分で開けたけど。一人だと穴が斜めになる可能性あるし、悟に開けてもらえば?」
夏油の提案にニヤニヤと笑みを浮かべた硝子も賛成だと口を添えた。
「え、うーん……」
できれば夏油か硝子に頼みたかった。夏油は経験者だから慣れているだろうし、硝子は医者の卵だから安心できる。確かに五条は手先が器用だけれども。
五条をちらりと見ると何故か目が合った。
「な、なに?」
「…………」
何を思ったか五条は名前の耳たぶに手を伸ばした。
感触と厚さを確かめるようにふにふにと指で挟まれる。
「ちょっ……!」
五条が触る部分から緊張が走った。変な汗が手に滲んだ。くすぐったいような、なんというか、
「どーうしても開けたいなら付き合ってやるよ。薬局に売ってるだろ」
「…………いや、やっぱもう少し考える」
五条に触られた耳を押さえた名前は赤くなった顔を下に向けた。

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