05

探索を始めて1時間も経っていないのに日はすっかり落ちてしまった。六眼を持つ五条は支障ないだろうが、名前にとってはまっすぐ歩くだけでも困難な道のりだった。
「視界悪すぎ。朝一で来た方がよかったんじゃない?」
「明るいと見えるだろ」
「見えた方が良くない?」
「見えない方がいいものもあるだろ」
また爪先が硬い何かに掠めた。視界が悪いせいか聴覚が敏感になり、虫の羽音が気になる。
名前が顔周りの虫を手で払っていると、目の前が一瞬明るくなった。五条が呪霊を祓らったようだ。蒼の残光で周囲が白ばみ、眩しくて思わず立ち止まった。
「悪い」
「え、何が?」
「……いや、なんでもない。オイ、あんまりそっち歩くなよ」
名前は首を傾げた。耳をすますと車が走る音が聞こえる。幹線道路が近くにあるようだった。
近くに呪霊の気配はない。準一級相当がいる可能性があるという報告だったが、こちら側にいないのかそれとも出現条件を満たしていないのか出てくる気配はなかった。
「あっ、痛っ。なに?」
名前の頭に固いものが当たった。木の枝の感触ではない。
明らかに人工物のようなそれを確認しようと手を伸ばした名前に五条はぎょっとした。まずい、それはーー
「馬鹿、触んな。動くな!」
五条の怒声に名前は固まった。
言葉通り動かなくなった名前の腕を引いた五条は腹の底からの溜息をついた。
「あんまそっち行くなって言っただろ」
「さっきの何?」
「うっせ。お前歩くの遅すぎ。集合時間に間に合わなくなんぞ」
名前の腕を掴んでいた五条はそのまま手をずらして名前の手首を掴み直した。
五条の足の長さと名前の足の長さの差分、名前は小走りで後を追った。
「ねえなんで怒ってんの?」
「は?怒ってないけど」
怒ってないと言いながら、名前の手首を掴んでいた五条の手に力が籠る。
悟に掴まれた箇所が熱いし、痛い。骨が軋む音が聞こえてきそうだった。
言動と一致しない行動に名前は足を止めた。
手首を掴んでいる手を外そうとした名前の行動に苛立ったのか、五条が舌打ちを落とした音が静かな森の中に響いた。
「お前本当にいい加減にしろよ。朝からこれ見よがしに避けやがって」
触られるのも嫌ってか、と五条が地を這うような低い声を出し、反射的に肩が跳ねた名前は慌てて首を振った。
「そんなことない。手が痛いから放して欲しかっただけ」
「あっそ、じゃあこれなら文句ないな」
五条は名前の手首から指を滑らせ、今度は名前の指を握り込んだ。
びっくりした名前が手を引っ込めようとしたが、五条の握力には敵わず、ただ指がもがくだけに終わった。
「ちょっ……ねえ、放してよ」
「はっ、嫌なこった」
再び歩き出した五条に手を引かれて名前の足は縺れながらも進んだ。
五条の張った無限が繋がった手を通して名前にも適応され、一歩踏み出すことに木の根や地面の方が崩れていく。なるほどこれなら躓かないだろうが、環境には優しくなさそうだった。
「自分で歩くから!放して!」
「お前転ぶだろ」
「転ばないって。ね、ほら大丈夫だから」
五条に握られている手が汗ばむ。それを意識すればするほど落ち着かなくなるし汗も酷くなるような気がした。
もぞもぞと指を動かしてどうにか抜け出そうとする名前の手をがっちりと握り直した五条は後ろを振り返った。
「俺と手繋ぐの、嫌なわけ?」
正面から問われて、名前は返答に詰まった。
「……嫌じゃないけど、なんかムズムズする」
答えている今ですら、なんか胸の辺り?喉のあたり?がむずむずする。掴まれている手の爪も落ち着かない。電子レンジで温められているかのように細胞レベルで落ち着かないのだ。
だから放してほしいと言う前に五条が繋いでいる手と反対側の手で顔を覆って何かを呟いた。
「なんか言った?」
「別に。ほら、早く行くぞ」
五条は樹海の道なき道を突き進んだ。

結局、五条と名前が探索した方面では準一級呪霊は現れなかった。
集合場所である車まで戻った名前は、五条が無限を解いたタイミングを見計らって無限を張り、五条の手を解いた。
じろりと五条に見られたが、名前は気が付かないフリをした。
「あっ、硝子!おーい」
名前が頭上で大きく手を振ると、家入は小さく手を振り返した。その手には懐中電灯が握られていた。
「そっちにいた?」
「いたよ。夏油が取り込んだ」
家入から指を指された夏油は頷き、視線を名前から五条へと移した。
「悟、何体見つけた?」
「二人。ちゃんとは確認してねーけど多分そう。そっちは?」
「こっちはゼロだった」
夏油と五条は車のボンネットをテーブル代わりにして、補助監督から渡された地図を広げた。
家入が懐中電灯を投げ、夏油が受け取ったそれでボンネットの上を照らした。
ペンを持った五条が、多分この辺と言いながら地図にばつ印を書いていた。
「あれってなにやってんの?」
「自殺死体の回収依頼じゃないの。行きの車の中で言われたの聞いてなかったでしょ」
樹海は自殺スポットでもある。呪霊による被害者とは別に、自殺をした遺体があってもおかしくなかった。
「もしかして……」
名前は頭に手を当てた。もしかしてあの時、頭に当たっていたのはーー
だから五条が止めたのか。確かにあの時それを確認していたら腰を抜かしていたかもしれない。下手に衝撃を加えて目の前に降ってきたりすれば卒倒していた自信もある。
「うわぁ……ごめん。なんでもない」
「ちなみに懐中電灯が1本しかなくて、いるかって聞かれた時も生返事だったから私がもらったんだけど」
「そうだったんだ……」
全く覚えていなかった。硝子に指摘されたように、ずっとぼんやりしていたらしい。
これも悟のせいだと名前は溜息を吐いた。悟が変なことを言うから昨夜は眠れなかったし、悟が手なんか繋ぐせいで任務に集中出来なかった。全部、悟が悪い。
「名前?」
「ん、えっ?」
「早く乗りなよ」
いつの間にか硝子は後部座席に乗り込んでいた。手招きする硝子の隣に座ると、続いて五条が乗り込んできた。
「……せま」
「文句なら傑に言え。おら、もっと詰めろ」
身体180cmを越える五条が隣に座るだけで圧迫感がすごい。仕方なく名前は硝子の方に詰めた。
車の中には静かなラジオが流れていた。
心地よい揺れと任務の疲労感からか、硝子が欠伸をする度に名前も釣られて欠伸を漏らした。
「寝れば?」
「うーん。起きれる自信ないし」
今寝てしまうと、高専に着いたときに起きるのが辛い。名前は重たくなる瞼を擦った。
「部屋まで運んでやるから寝ろよ」
呆れたように言う五条に大丈夫だと返した名前であったが、引き摺り込まれるような睡魔には抗えなかった。
「お、こしてね……」
名前は車の振動に合わせてこくり、こくりと船を漕ぎだした。
その頭を自分の肩に凭れかからせた五条は、名前の頬についた髪の毛をそっと払った。
「気持ち悪いくらい優しいじゃん」
硝子の冷やかしに五条は薬指を立てて返した。
「彼氏だからな。当然だろ」
マジかと絶句する硝子に見せつけるように五条は名前の手を握り、見せつけられた硝子はうげえと舌を出した。

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