04

沈黙が降りた部屋に、壁時計から発せられる秒針の音が固く響いた。ハッ!と意識を目の前の五条に戻した名前はその額に手を当てた。
「熱は、ない……?」
「ねーよ」
名前の手を叩き落とした五条は、数秒前に告白(?)してきたとは思えない形相で名前を睨んだ。
そこそこの力で叩かれたのか手の甲が熱を持ちじんわりと痛みを訴えた。
「付き合うって……そもそも、私のこと好きなわけ?」
五条は感情の読めない顔をした。なんだその顔は。
長い付き合いの中でもこの表情は見たことがない。そして、その顔は先ほどよりも赤くなっているように見えた。
「好きかわかんねーけど、確かめさせて」
マットレスが軋む音がした。
五条がじりじりと距離を縮めようとしてきたため後ろに下がろうとしたが、広いとは言えないベッドの上では逃げ場がない。
壁際に座っていたことも仇をなし、隅に追い込まれた名前の目の前に五条が膝を付いた。
「ま、待って」
「待たない」
子供の頃から何千回何万回と見慣れたはずの悟の顔が目前に迫った。
六眼が細められ、その息が掛かる距離まで縮まった時ーー耐えきれなくなった名前は、咄嗟に枕元に置いてあった五条のバースデーベアを掴んだ。
「……お前、空気読めよ」
「む、無理……それはちょっと、心の準備ができてないので……勘弁してください」
五条の唇を受け止めたのはテディベアだった。このバースデーベアは五条の父親が名前とお揃いで作らせた特注品である。
テディベアの足にはイニシャルと五条の誕生日が刻まれていた。
林檎のように顔を赤くした名前からテディベアを取り上げ、それをじっと見つめるとなにを思ったかテディベアの口を名前の口に押しつけた。
「んっ?!」
「これでお前のファーストキスもこのクマな。あー、とにかく、俺とお前は今日から『はとこ』じゃなくて『彼氏と彼女』だから」
「いや、待って!私別にんんむっ」
反論は許さないとばかりに再度テディベアが名前の口を塞いだ。
テディベアの硬い鼻が唇に当たって痛い。
もしかしなくても間接キスであるし、一連の言動含め、処理しきれない事項が多すぎて頭が沸騰しそうだった。
一方の五条は顔の前で構えたテディベアの腕を使って机の上に積み重なるDVDの山を指した。
「……どうする?まだ映画見んの?」
「いやちょっと訳がわからないので部屋に帰ります……」
「なんで敬語?まあいいや、送ってく」
五条はテディベアをベッドの上に放り投げた。
高専敷地内の移動、しかも歩いて2分もない距離なのに五条は名前を送っていくと言う。絶対に何かがおかしいと名前の勘は告げていた。
前を気怠そうに歩く姿はいつもと変わらない。なのになんだこの違和感は。
「オイ」
名前の部屋の前に着いた時、五条は念を押すように言った。
「明後日、デートだからな」
「デート……?デート?」
「おやすみ。早く寝ろ」
名前が部屋に入るとバタンと扉が閉じる。名前は惚けたように扉を見つめた。
デート?明後日の映画は、デートなのか?
「いやそもそも付き合うことに合意してないし。なにあれ」
布団に入ったはいいが目が冴えてしまい全く寝付けなかった名前は、枕元に置いてあったテディベアを引き寄せた。
五条のテディベアの毛は黒いが、名前のテディベアは白いものであり、色違いになっている。
手に持ったテディベアのふわふわとした白い毛が、どうにも五条を彷彿とさせて名前は居た堪れなくなって、その黒い鼻を押した。
「意味がわかんない……あれ本物?頭でも打った?絶対何かおかしいって……」
室内の方向を向いていたテディベアを窓の外を向くように置き直した名前は、悶々としたまま夜明けを迎えた。
 
 
 
自殺の名所とされる心霊スポットは言わずもがな呪いが溜まりやすい。そのため高専関係者が定期的に巡回をしている。今日の任務は、その巡回で報告された呪霊の祓除だった。
補助監督の運転する車に揺られること3時間弱、任務地に指定された樹海の入り口についた。
「広いし多いから二手に分かれよう。3時間後にここで集合。いいね?」
補助監督から渡された地図を確認した夏油は車から降りた3人に提案した。
勿論二手に分かれることに異議はない。問題は、ペア分けだった。
「準1級もいるかもしれないんでしょ。流石に私1人はキツいんだけど」
呪術師として情けない話であるが、樹海でこの間みたいに1人放り出されるのは肉体的にも精神的にも厳しい。
眉をハの字に下げて見せる名前に五条は呆れたような声を出した。
「元々お前は単独行動禁止中だろ。しょーがねーから俺が「じゃあ私、夏油君と行きたい」
名前は五条の言葉を遮って、隣に立っていた夏油の腕を掴んだ。五条のいる方角は恐ろしくて見えない。
名前は夏油の身体に隠れるようにして五条の視線から逃げた。
「オイ、名前。なんでだよ。てかお前今朝から避けやがってどういうつもりだよ」
「避けてないってば」
「嘘つけ。オラ、こっち来い」
五条は名前の制服を引っ張るが、名前は嫌々と駄々を捏ねて夏油の身体に両腕を回してしがみついた。
「おっとこれは役得だけど……不可抗力だからそんな目で見ないでくれ」
「傑お前ふざけんなよ!」と頭の上からと五条の声が降ってくる。
「どうでもいいから早く行かない?補助監督さんも困ってるし」
硝子が手に持っていたライターをカチカチと鳴らしながら声をかけた。
車内では喫煙できなかったため、早く煙草を吸いたいのだろう。
上から聞こえていた五条と夏油の声がグッと小さくなる。小声すぎて何を言っているのか聞き取れなかったが、大きめの舌打ちが一つ落ちてきたかと思えば、名前の背中を引く力が消えた。
「名前、悟と行った方がいい。守るという点に関しては私より悟の方が適任だからね」
夏油の優しい声が聞こえたと同時に、名前の手に夏油の手が重ねられた。
「私もできることならば一緒に行きたいんだけど……この埋め合わせは後日するよ」
夏油は腰に回っていた名前の腕を剥取り、そしてそのまま名前の両腕を上げさせて五条に渡した。
狩られたウサギのように受け渡された名前は口をパクパクと開けたが、夏油の正論に対し反論の言葉は出てこなかった。
「じゃあ、3時間後に」
夏油と家入の背中に手を伸ばしたかったが、名前の両腕は頭上で五条に掴まれている。
2人の背中が見えなくなってから、やっと両腕が解放された。
「行くぞ」
「……はい」
背中から聞こえてきた声に、名前は渋々と返答を返した。
地に根を張ることのできない木々は、地表に根を伸ばしている。そのため地面はうねり、また倒木が道を塞いでいた。倒木の表面には苔が生えており、鼻につく匂いをさせていた。
そしてなにより居心地が悪い。
「あー。樹海って初めて来たけど歩きづらいね……っ!」
ただでさえ足元の悪い樹海を日の落ちかけた夕方に歩いているため、転びこそしないものの足を取られかけた。
傾いた名前の身体を咄嗟に支えたのは少し前を歩いていた五条だった。恐ろしい反射神経であると名前は感心した。
「鈍臭すぎ。足挫いたら置いてくからな」
「ごめん」
五条は掴んでいた名前の肘を離して再び歩き出した。

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