03

緩やかに積もる退屈感は名前の身体を爪先から蝕んでいくようだった。外出禁止を言い渡された名前は、どうしようもなく暇を持て余していた。
外では雨が降っており散歩に出られない。隣の部屋に遊びに行こうとも、硝子は任務で高専にいない。
自室で時間を潰そうと思ったが、五条家から持ち出した本はあらかた読んでしまったし、名前の部屋に娯楽になるものは無かった。
実家に連絡をしてテレビとDVDプレイヤーを買ってもらったが、それもまだ届いていない。
「暇だ……」
こうも湿気が高いと室内でトレーニングをする気にもなれない。
「暇で死んでしまう……」
名前の呟きを聞いていたかのように携帯電話が着信を知らせ、名前は飛び起きた。
同級生3人はそれぞれで着信音を設定しているため、メロディだけで誰から電話が来ているのか分かるようになっている。この着信メロディーは悟からの着信だった。
「っもしもし!」
「出るの早。暇だろ?DVD借りてきてやったから俺の部屋集合。ダッシュで来い」
「直ぐ行く」
名前は勢いよくベッドから立ち上がると、髪の毛だけ整えて悟の部屋に向かった。
男子寮と女子寮の建屋は同じのため、名前は寝巻きの浴衣から着替えることなく五条の部屋をノックした。
これが夏油の部屋であれば着替えたが、悟であれば気にならなかった。
「悟〜来たよ〜?」
ガチャガチャとドアノブ回していると勢いよく扉が開き、名前は数歩後ろによろめいた。扉の勢いによって名前の前髪がふわりと浮いた。
「びっくりした。危ないじゃん」
「悪い……ほら、入れよ」
扉を開けて待つ悟に招かれるまま部屋の中に入った名前はキッチンスペースを通り抜けてテレビの元に向かった。
五条の部屋にクッションなどない。いつものようにベッドに座った名前は、テーブルの上に積み重なるDVDの数に驚いた。
「めっちゃいっぱい借りてきたね。何枚借りてきたのこれ?」
「あー、適当に放り込んできたからわかんねー。どれから見る?」
アクション、ホラー、ファンタジーとラブロマンスにサスペンス。一通りのジャンルがある中から名前は名作と名高いラブロマンスの映画を選んだ。
「これがいい。ずっと気になってたんだよね」
「お前、そこで見てもいいけど菓子食うなら下に降りろよ」
五条はベッドに座る名前にそう釘を刺してからDVDプレイヤーを起動させた。

映画は海に沈んだはずの豪華客船が出航するシーンから始まり、海底に沈んだ豪華客船を調査するシーンへと切り替わった。

映画を見ている間、悟から何か言いたげな視線が投げられていることに気がついていた。
悟からの視線も気になるが、名前にとっては映画の展開の方が気になる。
前半のラブロマンスにうっとりしていたのに、ついに豪華客船は氷山にぶつかり沈没までのカウントダウンが始まってしまった。
救命ボートは乗員の半分しか乗れないというのに、1等客室で優先的にボートに乗れるはずの主人公は、冤罪で警備員に捕まってしまった恋人を探すために乗船を拒否して走り去ってしまった。
そのシーンを見た五条は鼻で笑った。
「馬鹿だよな、この女」
「ちょっと!」
「大好きなジャックを助けたとしても2人ともボートに乗れるわけないだろ。なら1人でも助かった方がいいじゃん。現実が見えてなさすぎ」
「あのね、ローズには2人一緒に死ぬか、2人一緒に生き残るかの2択しかないの。それでいいと思ってるの!ジャックとローズは一緒に生きるって決めたんだから!」
水を差す五条に舌を出して、名前は再び映画の世界に集中した。
もはやジャックとローズの愛にドキドキしているのか、沈没の迫る船内にドキドキしているのか分からなくなった。

映画のエンドロールまで再生し終えたDVDプレイヤーは、自動で画面を止めた。
五条はズビズビと鼻を鳴らす名前にティッシュボックスを投げつけた。布団を汚されてはたまらなかった。
「痛い。ありがと……」
「まあまあ面白かったな」
「すごい面白かったけど……まさかジャックが……」
名前は乱暴に目を擦った。
まさかジャックがタイタニックと共に沈んでしまうとは思わなかった。
「あのクズの婚約者が生き残ってジャックが死んじゃうなんて信じられない」
余韻にどっぷり浸る名前を残して五条は次のDVDを選び始めた。
次はラブロマンスとは真逆のアクション映画だった。

映画を立て続けに3本も見れば、目も疲れる。目だけではなく、ずっと壁に背を預けていたせいで凝り固まった肩をほぐすように腕を回した名前は、堪えきれずに大きな欠伸をした。
「疲れた?」
「ちょっと疲れた。悟こそずっと床に座ってて痛くなかったの?」
「別に」
五条がテレビの電源を落としたことで、急に部屋が静かになった。
「あのさ、」
ベッドに背を預けるように座っていた五条が体を反転させ、ベッドに両肘を突いた。
五条は何かを言いかけて動きを止めた。珍しく歯切れが悪い様子で「えー」だの「あー」だの言葉を濁す。
「どうしたの?」
「あのさ、最後に見た映画どうだった?」
「どうって……面白かったと思うけど。原作の本をすごい昔に読んだからなんだか懐かしかったかな。魔法の描写も凄かったから楽しかった……よ?えっ、なに?」
名前の感想を聞いた五条は何故かベッドの上に上がってきた。名前と向き合うように片膝を立てて座った五条は、制服の尻ポケットに入れていた財布から2枚のチケットを取り出して見せた。
「あれの続編が今公開されてるんだけど、どうする?」
「……まさか内緒で連れてってくれるの?」
悟が側にいれば呪詛師に襲われたとしても心配はない。外出禁止令にうんざりしていた名前にとって、願ってもない誘いだった。
「俺がいれば別に問題ないだろ」
「うんうん、私もそう思う!」
「明日は任務だから……明後日の放課後連れてってやるよ」
やったー!と歓喜の拍手をする名前に五条は一先ず安堵の息を吐いた。
問題はここからだった。
「あー……名前、お前に確認しておきたいことと言うか、まあ、提案があるんだけど」
確認?明日の任務のことでなにか確認しておくことがあっただろうか。確か明日は樹海で湧いた呪霊の祓除で、夏油も硝子も行くため特に懸念事項はーー
「おい、聞いてんのか」
「聞いてるよ。確認事項ってなに?」
名前は任務のことよりも五条の顔に赤みが差していることの方が気になった。
「もしかして具合悪い?あっ、さっきの確認って病欠のこと?夏油君がいるから任務は問題ないと思「違えよ!」
急に出された大きな声に名前は目を丸くした。そんなに大声を出したら隣の夏油に迷惑だろうに。
「なに?どうしたの?」
五条の落ち着かない様子に名前は眉を寄せた。
「俺たちの関係の確認をしたい」
「はとこでしょ」
名前の答えに五条は再び「違え!」と叫んだ。
その声の大きさに反射的に名前は耳を塞いだ。悟と名前は間違いなく血の繋がったはとこなのに否定をされた。名前には五条がなにを言いたいのかちんぷんかんぷんだった。
「お前と俺は婚約者だろ!だからっ」
「だから……?」
急に言葉を止められては続きが気になる。
婚約者であることを認めるかどうかは置いておいて、名前は五条の言葉の続きを待った。
「だから俺達、付き合わね?」
五条の言葉の意味が理解できず、名前は固まった。

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