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今朝、3ヶ月ぶりに同級生に会えると興奮する虎杖を名前は微笑ましく見送ったというのに、次に会ったのは医務室であった。幸い怪我は軽くピンピンしていたことに名前は胸を撫で下ろした。
特級呪霊が交流会を襲撃したという衝撃は大きい。犠牲者の中には、交流会直前に会話を交わした補助監督も含まれていた。
保守派だという京都校学長を警戒した五条が、虎杖周囲の警戒のために名前を連れ出していなかったら、名前も呪霊によって殺されていた可能性が高い。ゾッとする。
「でも、恵くんが無事で良かった」
「俺も名前さんが無事で良かったんですけど、虎杖のこと許してませんからね」
「あははははは〜……でもね、ほら、五条さんとの誤解は完全に解けたでしょ。ごめんね」
名前が五条のクレジットカードを持っていた件も、一緒に料理を作っていた件も、メッセージアプリの件も全ては虎杖のためである。勿論、北海道旅行も虎杖のためであると名前は説明した。
「名前さんが隠し事上手なのがよく分かりました」
「ごめんってば。ねえ、何でもするから許して」
医務室はツンとした消毒液の匂いがする。真っ白な部屋には交流会で負傷した数人が寝ており、名前は家入が席を外したタイミングを見計らって伏黒を訪れていた。
「なんでもしてくれるんですか?」
周囲を起こさないようヒソヒソと声を落とした名前はいつもの困り顔で伏黒の手を握った。
「エッ、ウン。出来ることなら」
「ふーん……」
伏黒は顎に手を当て、考え込んだ。暫く考え込んだ後、ようやく決まったのか小さく頷いた。
「じゃあ、2ついいですか?」
「内容によるけど……ちなみにどんな感じでしょうか?」
おずおずと聞き返す名前に、伏黒が口元を緩めた。
初めて出会った時にも思ったが、伏黒はどうにも名前がする困った顔が好きだった。言うまでもなく笑顔も可愛いとは思っているが、「一番好きな表情は?」と聞かれれば、迷うことなく「少し困った顔」と答える。勿論、自分が困らせていることが前提ではあるが。
「1つ目は、毎日寝る前に電話をしましょう。数分でもいいからゆっくり話がしたいです」
呪術師の伏黒と事務職の名前では生活リズムが合わない時がある。その場合は翌朝のモーニングコールでいいと言う。
無理なお願いどころか、願ったり叶ったりな申し出に名前は1つ目の願いを喜んで受け入れた。
「2つ目は、週1回高専の外でデートしましょう。食事だけでもいいんで……人の目を気にせずに名前さんと恋人らしく過ごしたいです」
名前は思わず顔を覆った。2つとも、想像していたより甘い『お願い』で、一瞬でも爛れた想像をした自分が恥ずかしくなった。
「名前さん?」
「わた、私もデートしたいし……1日1回はキスして欲しい」
消え入りそうな声の名前からのお願いに、伏黒は今すぐにでもキスをしたくなった。
前々から察していたが、名前はキスが好きである。
痛む肋骨を無理矢理動かすと家入に怒られるため、伏黒は指でちょいちょいと名前を呼んだ。
「んっ」
触れるだけのキスを名前に送る。
「足りました?」
「……もっとして」
名前の言葉を同意と捉えた伏黒は、名前の手を引いてベッドに乗せた。膝の上に向かい合わせに座らせるようにして唇を合わせる。
なるべく音を立てないようにゆっくり触れ合っていると、名前が我慢ならなくなったのか伏黒の首に両腕を回した。
「どうしよう……」
「どうしたんですか」
話すたびに唇が触れ合うのがくすぐったかった。名前の目は物欲しげに潤んでいる。
もう一度その赤く腫れた口を吸おうとした時、隣のベッドから聞こえてきた咳払いに2人の動きが止まった。
「伏黒くん。邪魔をしてすまない。だが、君と同じく御三家を支える身として言わせてもらう。婚前に淫らな行為はどうかと思うな」
加茂の声に名前はピシリと固まり、そして転がり落ちるような勢いで伏黒から退いた。
恥ずかしい。先ほどよりも恥ずかしい。自制しなければならない自分が溺れてどうする……!
「伏黒くん、暫くキスはお互い禁止にしましょう」
「は?ちょ、名前さん!」
脱兎の如く医務室から走り去った名前に呆然とした伏黒は、隣の加茂を呪った。
 


空は抜けるように澄み切った青さであり、太陽は惜しみなく光を地上に届けた。
交流会2日目は野球をするらしい。外から聞こえてくる歓声に釣られるように校庭を眺め、名前はガラス越しに目が合った伏黒に小さく手を振ってみせた。


END

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