09

寮の壁にもたれ掛かるように立ったまま腕を組んでいる伏黒に名前はおずおずと近づいた。
「お帰りなさい」
伏黒の声は感情が読めなかった。
「た、ただいま……あの、鞄とジャケットありがとうございます。その、ご心配おかけしてすみませんでした……」
眉を下げて申し訳なさそうな顔をする名前に、伏黒は深いため息を吐いた。
職員室の状況から察するに北海道に行っていたのは名前の意思ではないと伏黒もわかっている。けれども、腹の底で煮えたぎるこの感情は収まる気配がなかった。
「名前さん、こっち見てください」
視線を地面に落としていた名前の視界に伏黒の靴先が入り込んだ。
伏黒の声にゆっくり顔をあげると思ったより近くに伏黒の顔があった。
互いの息がかかりそうな距離で、名前は伏黒を見上げた。
「こんな薄着で寒くなかったんですか」
穏やかな声を出した伏黒は、持っていた名前のジャケットをその肩に掛けた。
名前が羽織っている薄手の白いブラウスは肌を透けさせている。
じっと名前を見下ろす伏黒を、名前も黙って見返した。
「……外は蚊もいるので、部屋に帰りましょう」
「あ、うん……」
ジャケットは渡されたが、鞄は未だ伏黒が持ったままである。
階段を登らずに1階の男子寮方向へ向かう伏黒の後を名前は早足で追いかけた。伏黒とはコンパスの長さが違う。いつも、歩く速さも合わせてくれていたことに気がついた。

玄関の扉が閉まってすぐに、伏黒の顔が近づいた。反射的に目を閉じて触れ合いを待ったが、息は感じるものの求めていた物はやってこず、ゆっくりと目を開けた。
目が合うと伏黒は離れていってしまった。そして部屋の奥へと進み、ベッドに腰掛けた。
「名前さん、来てください」
パンプスを揃える手間も惜しく、名前は伏黒の言葉に引っ張られるようにベッドの前に立った。
隣に腰掛けようとして、伏黒に止められる。
「ここです」
膝を叩く伏黒に少し迷った名前だが、ゆっくり横向きになるよう伏黒の腿の上に腰を下ろした。
少しだけ、名前の方が目線が高くなるのは新鮮だった。伏黒の腕が名前の背中を支えるように回された。
「ごめんなさい」
「なんで謝るんですか?」
「心配かけたので……」
「それだけですか?他に心当たりはありませんか?」
心当たりとは何を指しているのか。虎杖が生きていることを指しているのだとしたら、しらを切り通さなければならない。
元々鋭い伏黒のことだから、何かに気がついたのだろうか。
「他の心当たりって?」
伏黒がじっと名前の目を見つめる。先程から送られるこの視線は、何かを探るようで酷く名前を居心地悪くさせた。
「俺の思い過ごしならいいんですけど」
自身の唇を舐めた伏黒は、名前の首元に顔を埋め、その肌を吸った。
突然のことに身じろぎしようとする名前の身体をしっかり抑え、同じ場所に何度か吸い付いた。
「い、痛いって……」
「すみません」
口では謝っておきながら懲りずに鎖骨下に舌を這わせた伏黒に名前は身体を硬くした。
名前の鎖骨下に吸い付きながら、背中を撫でていた手をゆっくりと下ろし、ブラウスの中の肌に直接触れた。
「ふ、伏黒くん。ちょっと、待っ」
名前の口を自分の口で塞いだ伏黒は、名前を抱えたまま後ろに倒れ、そのままぐるりと反転した。
気がつけば伏黒の顔と部屋の天井が見える。身体を支えるベッドの感触に名前は呆然とした。
「キス、して欲しかったんですよね。さっきから物欲しげな顔をしてましたよ」
伏黒は意地悪な顔をしていた。
寮の前や玄関でのあれは、やはり、焦らされていたらしい。顔が熱くなった名前は手で顔を覆った。
「んぁっ!ちょっと、ダメだって!」
伏黒は名前のブラウスを無遠慮に捲り上げ、今度は肋骨の上に吸い付いた。
「ダメじゃないでしょ」
起きあがろうとする名前を片腕で止め、鳩尾にキスを落としたかと思うと、そのまま舌を出し臍へと動かす。空気が揺れるたびに鳩尾から臍にかけてスーッとした感覚が流れ、名前の腕に鳥肌が立った。
「ふ、伏黒くん……」
名前の哀れっぽい声に伏黒は臍周りに齧り付く行為を止め、愛撫する対象を名前の口へと戻した。
名前の口に舌を差し入れると歓迎されるように彼女の舌が迎え入れた。
角度を変えながら舐め上げ、絡み付けると名前の身体から力が抜けていくのがわかった。
「名前さん」
「ん」
呼吸の乱れた名前が息をするたびに、名前の腹が上下する。
もっと近くに行きたくて折っていた膝を伸ばした伏黒は名前の顔の横に肘をついて体重を支えた。
名前が息をするたびにその腹部が伏黒にくっついては離れてを繰り返す。
「五条先生とは何もないですよね?」
ぼんやりとする名前の意識を呼び戻すように伏黒は再度名前の口を吸った。
「最近、仲良いみたいじゃないですか。俺は全然気が付かなかったんですけど」
枕元に投げ出された名前の手のひらに爪でのの字を描くように指を動かすと、むず痒いのか名前の指が丸まった。
「なんで名前さんの財布に五条先生のクレジットカードが入ってるんですか?」
名前の手に自分の手を重ね、指と指の間を埋めるように握った。
「五条先生に手料理振舞ってるって本当ですか?」
鼻と鼻が触れそうな距離まで顔が近づいた。
「メッセージアプリ、五条先生のトーク履歴だけ消してますよね?まさか一回もやり取りしていないってことはないでしょう?少なくとも先週、経費のことで連絡してましたもんね」
名前の足がピクリと動いたのを感じた伏黒は逃がさないように脚を絡めた。
「ねえ、名前さん、五条先生とはなにもないですよね?」
名前の喉元を優しく齧る伏黒の表情が見えなくて、恐ろしい。どろどろに甘い声は優しく聞こえるが、意に沿わぬ返事をした瞬間、息の根を止められそうだった。
「名前さん?」
喉元にチリリとした痛みが走った。
伏黒が丹念込めて吸い尽くした肌には綺麗な赤い痕が残っていた。
「五条さんとは、何にもないから」
「本当に?」
伏黒は絡めた脚を動かし、腰を密着させた。
名前のスカートが捲れ上がり、片方の手が不埒にストッキングの感触を確かめるように彷徨った。
「本当に、名前さんが好きなのは俺ですか?」
「伏黒くんだけ、伏黒くんだけだからっ」
腿を撫でる伏黒の手を止めた名前は、必死に訴えた。もう、これ以上刺激を与えないでほしい。
名前の手を握った伏黒は、再びその首元に顔を埋めた。
「……じゃあ、恵って呼んでください」
ぶっきらぼうな声は、いつもの伏黒の声だった。
「恵くん」
「もっと」
「恵くん。恵くん……恵」
大好きだよ、と続ければ、勢いよく背中に腕を回された。腕に力を込めて抱きしめられると流石に息苦しい。伏黒の背中に名前も手を回したが、蛇に締め付けられているような感覚に陥った。
「もしかして、私が五条さんと浮気してると思ったの?」
「……疑いました。2年の先輩達は名前さんと五条先生が付き合ってると思ってますよ」
「エッ、そうなんだ」
思い当たる節はあった名前は、白々しく見えないように伏黒の肩に顔を埋めて返答した。
「不安にさせてごめんなさい。最近、伊知地さんの仕事を手伝ってるから五条さんと会話する機会が多いだけだよ。今日も半分仕事みたいなものだし。でも、ごめんなさい」
「……俺こそ、妬きました。すみません」
名前を解放した伏黒はベッドの上に胡座をかいた。
名前も乱れた服装を直し、座った。
「クレジットカードとメッセージアプリの説明もした方がいい?」
「いや、いいです。けど、名前は呼んでください。あんた虎杖のことも名前で呼んでたでしょ」
「恵くん、もしかして悠仁にも妬いてた……?」
返答は帰って来なかったが、そっぽを向いた耳は赤く染まっていた。
「あんたは!自分が思ってるより、俺から愛されてるって自覚をしてください!」
今度は名前の顔が真っ赤に染まった。

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