07

フロント経由で五条からかかって来た内線電話を受けて降りたロビーに、七海の姿を見つけた名前は安堵の息をついた。北海道まで来たというのにこのまま会えなかったらどうしようかと思っていた。
片手を上げて存在を知らせた名前に対し、七海は本日何度目か分からない溜息を吐き出した。
「あなたまでここでなにをしているんですか」
「エッ……すみません……」
呆れたような七海の声は疲労感と呆れが含まれていた。七海は任務だったと聞いている。そこに五条と名前が押しかけたのだから、迷惑だったのだろう。
名前は申し訳なくなった。
「どうせ五条さんに無理矢理連れてこられたんでしょう。あなたも嫌なことはちゃんと嫌と言わなければいけませんよ」
「はい。そうするように心がけます」
名前の言葉に心外だと五条は口を尖らせた。確かに強引であったかもしれないが、名前は名前で北海道を楽しんでいたように見えた。
「で、夕ご飯どうするんですか?やっぱりジンギスカン?」
さりげなく要望を伝える名前はやはり北海道を楽しんでいるようにしか思えなかった。
「いいよ。ジンギスカンにしよう。七海、どっかおすすめある?」
「なんで私が知っていると思ったんですか」
「私、聞いて来ますね」
ホテルのフロント係にジンギスカンの美味しい店を聞きに行った名前の後ろ姿を見送った五条は、ふと首をかしげた。
「あいつ太ったよな。高専来た時はもっと痩せてた気がするんだけど」
「……五条さん、それ絶対に彼女の目の前で言わないでくださいよ」
「ははっ、お前も否定しないんじゃん。あいつ昼に海鮮丼食った後ラーメンも平らげてたし。よく食うよな」
デリカシーがないと自覚している五条も本人を目の前に太ったことを指摘するつもりはない。もともとストレスでげっそりしていたことを思えば、健康的になったとも言える。
「すすきのにおすすめのお店があるそうです……なんですか?化粧崩れてるんであんまり見ないで下さい」
「いや別にそこは気にならないけど。地図貸して」
名前はフロントで貰った地図を五条に手渡した。
 
 
 
心行くまでジンギスカンを楽しんだ名前達はチェックアウトがてらホテルのバーに立ち寄った。
名前も七海もジンギスカン屋で札幌ビールを味わい尽くしたため飲み足りないというわけではなかったが、何故か下戸の五条が寄りたがった。
どうせ五条の支払いだからと名前は素直に頷いたが、早く帰りたいと顔に出ていた七海までも了承したのは意外だった。
「あ、名前。さっきからすごい着信来てるんだよね。電話してあげなよ」
名前、五条、七海の並びでカウンターに座ってすぐに、五条はそう言って名前にスマートフォンを渡した。
画面には着信履歴が表示されており、一番上には『伏黒恵』の名前がある。名前の横に表示される着信回数は20回を超えていた。
「……お借りします。すみません、失礼します」
五条のスマートフォンを借りた名前はいそいそと店を出て、比較的静かな場所を探した。
その間にも、再び伏黒からの着信でスマートフォンは震えている。名前は慌てて受話器マークをスライドさせた。
「五条先生!あんたいい加減にしてくださいよ。名前さんは何処ですか。というか、今どこにいるんですか」
「……あっ」
「…… 名前さん?」
着信に応じるや否や、間髪いれずに聞こえて来た伏黒の声は苛立ちが隠し切れていないものであった。
「はい。名前です……あの、伏黒くんごめんなさい」
「は?あんた今どこにいるんですか。直ぐに迎えに行きますんで、場所教えてください」
伏黒の口調が荒くなっている。これは間違いなく怒っているなと名前は確信した。
そして今から火に油を注ぐことになるのだと、名前は天を仰ぎながら現在地を告げた。
「今、北海道なんです」
「…………は?」
凄みのある声に名前は顔を覆いたくなった。単純に怖い。普段の伏黒の声の甘さが一欠片も存在しないことに名前はビビった。
「あの、本当にごめんなさい」
「…………それは何に対する謝罪なんですか?いや、いいです。直接聞きます」
「直接って……」
まさか本当に北海道まで来る気か。そんなわけがないと思いつつ、伏黒ならばやりかねないとも思った。
「名前さんが帰ってくるまで、俺待ってるんで。早く帰ってきてください」
ブチッと通話が切られた。名前は呆然と切られたスマートフォンを見つめた。

沈んだ空気を纏いながら席に戻って来た名前に五条は注文しておいたシンデレラを差し出した。
中身を確認せずに一息に煽った名前はそれがノンアルコールのミックスジュースであることに気がついた。五条の手にも、七海の手にも同じカクテルが握られている。仲良く3人でシンデレラを飲むことに何か意味があるのかと首を傾げた。
「一度ね、七海に預けてみたい子がいるんだよ」
「伏黒君ではないでしょう?」
七海は伏黒の単語に反応し、カウンターに沈み込んだ名前をチラリと見た。
「虎杖悠仁。知ってるだろ?」
「…………亡くなった、と聞いていましたが」
「呪いの王を宿しているんだ。死者を蘇らせる人形なんてインチキとは、ワケが違うんだよ」
名前の一つにまとめたお団子ヘアーを崩すように指でつつきながら五条は話を続けた。
「僕も多忙だし、お前と邪魔抜きで話せる機会は何気に貴重なんだ」
「あなたが今の呪術界を嫌っているのは分かりますが、私はこれでも規定側の人間です。宿儺の器に対してあなたがどのような思惑を持っているのかは知りませんが……」
「宿儺の器じゃない。あくまで、虎杖悠仁という一個人についての話しだよ、これは」
「それを切り離して話すことが許されるほど、彼は気楽な身の上ではないはずですが」
五条の指先が名前から離れ、グラスの縁を撫でる。
弦楽器の高音のような響きが微かに名前の鼓膜を揺らした。
「覚悟も度胸もある。戦いに必要な思い切りも。それでも、真っ直ぐすぎるところはある。そういう子は、一度でも心折れた時が心配なんだ」
「それを私に話して、どうしろと?」
「言ったろ?僕は多忙でね。精神的な成長のケアまで手が回るとは言えない。一度お前に預ける機会があると助かるよ」
「私がその頼みを聞くとでも?」
「だから頼んでるんだよ。呪術師にしろ、宿儺の器にしろ……一人の若人の、健やかな成長を願う大人として」
軽薄で、適当で、冗談ともつかない言葉を並べたてるのが五条悟の常だ。だからこそ、真面目な言葉は聞けばわかる。
「人の痛みがわかる大人に預けたいからね。お前みたいに、ほら起きろ」
五条に背中を叩かれ、名前は身を起こした。
「七海さん、私からもお願いします。悠仁は私の弟みたいなものです。恥ずかしいことに呪術師ではない私から悠仁にしてあげることは何もありません。私も七海さんならば信用できますし、信頼できます。どうか、お願いします」
「……そんな甘ったるいことを言うためにわざわざ2人で此処まで?」
「僕も名前も甘党なの、知ってるだろ」
「私は苦手ですけどね」
特に示し合わすことなく、五条と七海は同時にグラスの中身を飲み干した。名前は礼を込めて七海に頭を下げた。

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