04

来月に控えた京都姉妹校交流会に備えて校庭で釘崎に受け身の練習をさせていたパンダは、昼食であろうカレーの匂いに気がつき、鼻をひくつかせた。
「真希、棘、そろそろ休憩にするか」
「あ〜?もうそんな時間か」
真希は振り回していた薙刀を下ろし、時計を確認した。時刻は12時を少し過ぎたところであった。
「今日の昼食はカレーか。匂いがすんな」
「ほんとだ、匂いがしますね。お腹減った。でもこのジャージ白いからなあ。飛んだらどうしよう」
地面に転がっていた釘崎は猫のように柔軟な腹筋を使って勢いよく起き上がり、真希の側に駆け寄った。
釘崎が来ているジャージは確かに白いが、既に砂埃で色を変えていた。
伏黒も自身のジャージに付いた砂や真希の靴跡を手で払って消した。
「カレーで思い出したけど、悟が連れてきた事務のあの人、あれ絶対カノジョだよな」
パンダの突然の一言に伏黒の眉が跳ね上がった。
「えー、名字さん?全然知らなかった。私、あんまり話したことないけど普通の人っぽく見えたのに意外だわ」
「あり?1年ズは気づいてなかった?あの2人絶対出来てる。間違いない」
「しゃけ」
パンダと狗巻、真希までもが大きく頷いて肯定をする。
黙り込んだ伏黒とは反対に、釘崎は目を輝かせて詳しい話を聞きたがった。
だってあの五条である。人並みに恋愛をしているとは信じられなかったし、慇懃無礼我最高を地で行く五条が恋人に対しどのように振る舞うのか気になって仕方がなかった。
「先週のことなんだけど……」

その日は、パンダと真希で2級の祓除任務があった。任務自体は問題なく終わったものの、夕食には少し早い中途半端な時間で小腹が減ってしまった。
狗巻を誘ってラーメンでも作ろうかと共有キッチンに来た3人であったが、キッチンには先客がいた。それが、五条と名前である。
「あれ、悟じゃ「シッ!」
声をかけようとしたパンダを真希が咄嗟に止めた。キッチンスペースの死角に入るよう移動し、口の前で『しゃべるな』のポーズをする。
真希は見てしまった。五条が名前を後ろから抱きしめるようにして立っているのを見てしまったのだ。
「お前微塵切り下手すぎじゃない?大きさバラバラすぎでしょ」
「この後細かく刻むからいいんです。文句言うなら代わりにやってくださいよ」
「手伝ってるじゃん。なに、無限解いてもいいわけ?」
「ごめんなさい解かないでください。あっダメ!離れないでください」
真希が持っていた鏡を使ってキッチンの様子を伺った3人はいちゃついているようにしか見えない体制と会話にニヤける顔を見合わせた。
「よし。じゃあ私生姜と大蒜を擦るんで、鳥モモ肉の皮むきお願いしますね。いや〜、無下限術式ってほんとに便利ですね。ビニール手袋要らず!」
「無下限もまさか鶏皮剥がしに使われるとは思ってないだろうよ」
手がベタベタなるのが嫌だからと名前は五条に鶏肉の処理を任せた。
刻んだ香草の根を油を引いたフライパンにいれ、香りが立って直ぐに先程の玉ねぎを投入して強火にする。
「塩入れると早く飴色になるよ」
「そうなんですか。知らなかったです。五条さん料理とかするんですか?」
「別に普段はしないけど、僕なんでもできるから」
「へぇー。トマトピューレ取ってください」
名前は塩を適当に振り入れた。玉ねぎが飴色になったら火を弱め生姜と大蒜を入れ、少ししてからトマトピューレを追加した。
水分がほぼほぼ飛んだことを確認した名前は今日のメインであるスパイスを手に取った。
「分量間違えんなよ」
「さすがにこれはちゃんと測りますよ。てか先に測っておけばよかった」
レシピが書かれた紙を見ながら、名前は計量スプーンを使って数種類のスパイスを火を止めたフライパンに入れ、弱火で炒めた。
「どのくらい炒めればいいのか分かんないですねこれ」
「加熱は後からできるからほどほどでいいんじゃない?香りも立ってるし、鶏肉入れるよ」
五条は一口大に切った鶏肉をフライパンに入れた。
ほぼ水分のないフライパンに名前は焦げないか心配になってきた。
「これ鶏肉に火が通ったか分からないですよね。六眼ってもしかして火の通り具合もわかったりします?」
「しません。お前五条家の相伝術式が料理のために存在してると思うなよ」
五条は計量カップで測った水をフライパンに入れた。
「代わって。僕がやるから」
具の種類は少ないが量があるためフライパンが重い。手が疲れ始めていた名前は五条の言葉に甘えてフライパンとヘラを渡し、疲労感の残る手首を軽く振りながらレシピを再確認した。
「ん〜いい香り。初めて作るからドキドキでしたけど悪くなさそうじゃないですか?」
「匂いはね。味見してみないとなんともいえないよね」
スパイスのピリッとしたエキゾチックな香りは小腹が空いていた真希達の腹も刺激した。
「マジで美味そうな匂いだな」
「……てか悟、あいつなんでサングラスしてんだよ。いつもの目隠しはどうした」
「おかか」
「それはあれだろ」
パンダはニヤニヤとした笑みを隠さずに真希と狗巻の耳に口を寄せた。
「かっこよく見せるために決まってるだろ。あいつ顔はいいからな」
「明太子、ツナツナ」
狗巻が鏡を指差す。洗い物をする名前よエプロンの紐が解けかけたのか、五条が結んであげているところだった。
「なんか胸一杯どころか腹一杯になりそうだな」
「でもカレーは食べたいよな」
「しゃけ」
よし!と3人は頷き合って立ち上がった。
さも、偶々通りかかりましたという雰囲気を纏いながらキッチンを改めて覗いた。
「よお悟!美味そうなもん作ってんじゃん」
真希の声に、名前の肩がびくりと跳ねた。五条と名前が顔を見合わせた。
キッチンの入り口に立つ3人の相手をするため、五条はかき混ぜていたヘラを名前に渡して入り口へと向かった。
「お疲れー。ごめんね、キッチン今使えないの」
キッチンへの通路を塞ぐように五条が立った。
名前はカレーの表面に油が浮いてきていることを確認した。もうすぐ煮込みも終わりそうだった。
スプーンを掬い、味見をする。何か物足りないと思った名前は香草を入れ忘れていることに気がつき、慌ててフライパンに入れた。
弱火のまま少し煮込み、入り口の様子を伺った。
「いい匂いがするな」
「そうでしょ。僕の夕飯だからあげないよ」
先手を打った五条に真希と狗巻は冷たい視線を送った。
「名前、2年生がキッチン使いたいらしいから早めに切り上げてもらえる?」
「は、はーい!」
慌てて片付けを始める音がキッチンの中から聞こえてきた。
「ドケチ」
「大人気ないぞ悟」
「おかか」
3者3様の批判を五条は受け流した。あれは五条と虎杖と名前の夕飯である。特に一日中身体を動かしていた虎杖は空腹で死にそうになっている。時間的にも量的にも2年生3人に分け与える余裕はなかった。
「あのね、空気読んでよ君たち。僕は今日名前とカレーを作るために新大久保までスパイス買いに行ったの。わかるでしょ。今実質デート中みたいなものなの。ほら、邪魔しないで」
五条はサングラスを外してウインクを送って見せた。文句のつけようのない美しい顔に3人は顔を歪めた。
本当に、顔だけはいいのだ。だが、顔だけで選んで後悔するのは目に見えている。
「名字さんにコイツは辞めとけって説得してくる」
五条の脇をすり抜けようとした真希を片腕で確保した五条はその尻を叱るように叩いた。
「このッ、セクハラ教師!」
「五条さん!何してるんですか!?」
真希の悲鳴を聞いた名前が慌ててキッチンから飛び出してきた。

結局、一口もカレーを分け与えようとしなかった五条は名前とフライパンを持って共用キッチンから去っていった。

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