03

虎杖は連日、五条の用意した地下のお手軽シアターで映画を見ているようだった。
映画を見ることがメインなのではなく、映画を見ることによる感情の起伏に影響されないよう、呪骸と呼ばれる人形に呪力を一定で流す訓練をしているという。
名前の呪術や呪力についての知識は素人レベルのため、その大変さはよく分からなかったが、見ているよりキツい修行らしい。
「名前もやってみる?」
いつものように朝食と昼食を地下室に届けにきた名前に五条は夜蛾に頼んで作成してもらった呪骸を渡した。
「なんですかこれ?」
全力で睨みつけてくるような目付きの悪い羊のぬいぐるみは、ボールのように丸かった。
「呪力のこめられたぬいぐるみ、呪骸だよ。悠仁が持ってるのと同じ。一応、一番可愛いやつをリクエストして借りてきたんだけど気に入った?」
「可愛い……?確かによく見れば可愛い?かも……?」
愛嬌のある顔に見えなくもない。
ぬいぐるみを手に取った名前はまじまじと観察した。
「この呪骸は一定の呪力を流し続けると色が変わるんだ」
名前の手から呪骸を取り上げた五条は、その羊を軽く握って見せた。
「毛が白くなった」
羊の毛は黒から白に変わっていた。
「名前も呪力の扱いに関しては下手くそだから、これで呪力を一定に流す練習でもしなよ」
五条から返された呪骸を名前は受け取った。
「先生、名前ちゃんに甘くね?」
悠仁が渡された熊形の呪骸は、呪力を一定にしないと殴りつけてくるタイプのものだった。
一方、名前に渡された呪骸は呪力が不安定でも特に何も起こらない。呪力が一定であれば色が変わるだけだ。
「名前は呪術師じゃないからお遊び程度でいいの。ほら、悠仁どれにする?僕が全部食べちゃうよ」
名前が朝食にと持ってきたサンドイッチに早速五条は手をつけた。
テーブルの上には数種類のサンドイッチが並んでいる。定番のハムチーズや卵に加え、フルーツサンドやカツサンドまであった。
「名前ちゃんが作ったの?なんか豪華だね。すげーおいしそう」
悠二は五条が食べているフルーツサンドの果物がマンゴーであることに気がつき、目を丸くした。テーブルにはメロンのフルーツサンドもあるし、カツサンドのカツは指2本分もある肉厚のものであった。
「スポンサーが五条さんだから遠慮なくお高いスーパーで食材買っちゃった」
名前の買い物には五条が荷物持ち兼お財布として同行していた。虎杖は成長期のため、食費は遠慮なく使って欲しいとの言葉に甘え、遠慮なく材料を買わせていただいている。
「いい食材だから美味しいよ」
「絶対に作り手を褒めないって意思を感じましたよ、五条さん」
名前はツンとそっぽを向いた。
最近の名前の趣味は料理になりつつある。
前職の時は自炊をする余裕もなく、出来合いのものを買って帰ることが多かったが、高専に転職してからは時間に余裕ができたことに加え、材料費も惜しむ必要がないため色々なレシピに挑戦できる環境にあった。
「五条さん、私、圧力鍋欲しいなあ〜」
「お前最近図々しくなってきたよね。まあ別にいいけど」
五条は尻ポケットから財布を取り出し、黒光りするカードを名前に渡した。
「エッ」
「僕も任務で毎日ここに来れるわけじゃないから、必要なものがあったらコレで買っていいよ。あ、でも一人で遠出するなよ。僕がいない時は七海か学長に着いてきてもらいな」
「エッエッエッ」
混乱する鳥のような声を上げながら名前は受け取ってしまったブラックカードをマジマジと見た。初めて見たが特級の給料を考えればおかしくはなかった。
しかしクレジットカードをほいほい人に貸すのはどう考えてもおかしい。
「やっぱり名前ちゃんに甘い気がする」
チキンサンドを頬張る虎杖が二人を見比べて首を傾げた。



それはまるでガラスについた手垢のようだった。名前から感じる五条の残穢に伏黒は微かに顔を顰めた。
「なんですか、それ」
伏黒は五条の残穢から目を逸らし名前が部屋に持ってきた呪骸に意識を向けた。
「これ?呪力を一定に流す訓練用に五条さんが貸してくれたの。うまく行くと白くなるはずなんだけど、全然で」
名前は、伏黒が買ってきたケーキをテーブルに並べる手を止めて、床に置いていた羊の縫いぐるみを撫でた。
名前が呪力を込めても羊は白くならない。心なしがグレーっぽくなったような気がしなくもない程度だった。
「伏黒くん、お手本見せてよ」
名前はソファーに座る伏黒に羊を渡した。
伏黒が羊の角のあたりに手を添えて直ぐに、その毛は真っ白に変わった。
「…………さすが」
「コツがあるんですよ。ほら、臍の辺りで抱えてみてください」
伏黒は名前の膝の上に羊を戻し、名前の手を取って両手を羊の上で組ませた。
床に座る名前を抱えるように座り直した伏黒は、名前の手の上に自分の手を重ねた。
「呪力は臍を起点に流れるのがセオリーです。臍から胸を通って、肩、腕、手の平に流れるイメージをしてください。リラックスして、深呼吸」
名前は背中を伏黒の胸に預けて深呼吸をした。
まずは臍に意識を集中させる。意図的に集中しようとしなくても、伏黒が手を重ねてきているため自然と意識は腹部に集まった。
臍から胸へ肩へ、そして腕を通って再び腹へ。円を書くような流れを意識した。
「できてますよ、名前さん」
伏黒の言葉に羊を見るとライトグレーに色が変わっていた。白ではないが、大きな進捗はあった。
「伏黒くんの教え方、上手だね。なんとなくコツがわかった気がする。五条さんより教師に向いてるんじゃない?」
「…………」
先程から名前の周りをチラつく五条の存在に伏黒のこめかみを嫉妬の焔がチラリと撫でた。
呪骸ごと名前を抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、その肩に額を寄せた。
くすぐったいと笑う名前からはいつものシャンプーの甘い匂いがした。
「……名前さん、ほら、ケーキを食べましょう。適当に買ってきたんですけど、お好きなのをどうぞ」
「ありがとう。これだけあると迷っちゃうね」
伏黒が任務帰りに釘崎に連れられて寄ったというケーキ屋は、有名なホテル内に店舗を構える高級店だった。名前も行ったことはないが、耳にしたことのある店名だった。
箱一杯に詰められた繊細な作りのケーキはどれも宝石のようで、名前はどれから食べるか迷ってしまった。
「全部一口ずつ食べてもいいですよ。好きなだけ食べてください」
目をキラキラとさせる名前にフォークを握らせた伏黒は、さりげなく呪骸を取り上げ、ベッドに投げて視界から消した。
呪骸に罪はない。おそらく夜蛾学長が作成した物だろう。だが、呪力を一定に流すと黒から白に毛が変わるだけでなく、目も青みがかるのが気に食わなかった。
「これにしよっと!伏黒くんも一口食べる?」
名前が選んだメロンのショートケーキが一口分フォークに乗せられ、差し出される。
「食べます」
伏黒の口に入れられたケーキは瑞々しいメロンの味とアーモンドクリームの甘さが調和する逸品だった。
同じく一口食べた名前がその味に驚くのを見て、伏黒は並んだ甲斐があったと口元を緩ませた。

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