07

お盆初日、照りつける太陽の中、五条家の墓参りにも同行することになった名前は前を歩く五条に日傘を差しながら歩いた。
分家も集まる会であるが、六眼を持つのは五条悟ただ1人であるため、名前が受肉体であることは気が付かれないと主張した五条が連れ出した結果、今に至る。
祓除以外で外に出るのは久しぶりであった名前は肌に陽の光を感じながらも、突き刺さる視線の多さに辟易していた。
「…………ハァ」
「何ため息ついてんだよ」
「ちょっと話しかけないでください。あと、こっちを見ないでください。余計に居づらくなるの分かるでしょうに」
「嫌われ者は慣れてるだろ」
わざわざ斜め後ろを向いて話しかけてくる五条を睨みつけ、手で犬を払うような仕草をして前を向かせた。
名前は人から向けられる悪意に慣れているが、今日周囲の人間から感じるのは拒絶ではなく、明確な排除の意志だった。
「…………ハァ」
特に分家の女性陣から向けられる視線は、刺さるように痛く、針の筵に座っているような気分にさせられた名前は、一刻も早く墓参りが終わることを願った。

墓参り後、五条家嫡男として多くの『ご挨拶』を受けた五条はすっかり疲れ切っていた。行事だからとサングラスを外していたこともあり、目が重い。
自室に戻った五条は一拍のため息の後、名前を呼んだ。
「名前、膝貸せ」
「はいはい」
すぐ側に腰を下ろした名前の太腿の上に頭を乗せた五条は目頭をグッと抑えた。
一挙一動を批評されるように観察されるのも腹立たしいし、あからさまに胡麻を擂られるのも鬱陶しい。分家の人間に対し、無碍にするわけにもいかず、神経を使う時間を過ごすことになった。
「お疲れ様。蒸しタオル乗せてあげるから手どかして」
名前は用意をしていた蒸しタオルの温度を手で確かめた後、五条の目の上に載せた。
目の周りをほぐすように指を動かした後、こめかみの辺りを押し流してマッサージもどきをした。首から肩にかけて指圧を掛けていく。
「痛くない?」
「ちょー気持ちいい。もっと強く」
「あんまり強くすると揉み返しが来るよ」
手を休めた名前を叱責するように蒸しタオルをずらし睨みつけてくる五条に、名前は仕方なくマッサージを再開した。
「1日中無限張ってれば疲れるでしょ。身内なんだから解いても良かったんじゃない?」
「ハッ」
五条は鼻で笑った。
「五条家も一枚岩じゃない。身内だからこそ、危険なの。俺が死ねば時期当主の座が空くからな。みーんなそれを狙ってる」
「あぁ、なるほど」
名前は五条の鎖骨下の筋肉を親指で押し込みながら返事をした。
1日中周囲を警戒して無限を張っていた五条が、今は無防備に名前に触らせていると思うと、少し嬉しくなった。
自分は思ったより、五条に信頼されているらしい。
「何笑ってんだよ」
すっかり冷めてしまった蒸しタオルを目の上から退けた五条は、緩んだ顔を見せる名前の頬に手を伸ばした。
「……六条御息所の半面を管理してた家の者曰く、お前の面は女の死体に取り憑くものらしい。少なくとも過去の記録だと生身に受肉した記録はない。今日聞いた」
名前の頬は温かい。血の通った人間の温度だった。
死体に取り憑いていた面だと聞いて名前は気味悪さに顔を顰めた。
「なんでお前は受肉したんだろうな」
五条は名前の絹のような白い頬を撫でた。
名前は許可なく五条家の敷地内から出られないため、日中外に出歩くことは少なく、日に焼けることのないその肌の色は人形のようだった。
「なんでこんな目に遭っているのか、私が一番知りたいよ」
名前は八つ当たりをするかのように五条の額を弾いた。
この面のせいで名前は今までの生活を根こそぎ捨てることを余儀なくされた。呪力も術式も欲しいと思ったことなどなかったのに。
「あーやだやだ。家に帰りたい」
「……お前まだそんなこと言うの。何度でも言うけどお前が無断で屋敷を出たら、俺はお前を殺すからな。お前の存在は元来、呪術規定で許されるものではないし、何より割を食うのは非呪術師だ。お前のせいで寄ってきた呪いに家族が殺されてもいいなら止めないけど」
「分かってるよ。ほら、そろそろ寝たほうがいいんじゃない?明日も会合に出なきゃいけないんでしょ」
五条の機嫌が急降下したことを察した名前は反論をせずに話を切り上げようとした。
このやりとりは1年間で飽きるほど経験した。五条の地雷だと分かっても踏んでしまう名前にも問題があるが、聞き流さずに噛み付いてくる五条にも問題があると思っている。
「お前が五条家に来る前に、既に人を手にかけている可能性があることを忘れるなよ」
去年の夏、半面を宿した名前は五条家を襲撃し、数多の呪術師を殺しかけた。応戦した呪術師を、だ。非術師なら間違いなく全員死んでいる。
「……どうしたの。今日はいつも以上に意地悪じゃん」
「…………」
「そんな顔するなら言わなきゃいいのに」
不貞腐れた顔をする五条は無言で名前の膝から起き上がり、寝室へと向かった。
襖が強く閉められ、派手な音を立てた。



昨夜のことか尾を引いているのか、翌日の五条の機嫌は悪かった。
苛立ちを露わにしているのならば声の掛けようもあるが、五条は完全に名前を居ないものとして扱っている。
周りの人間も声をかけ辛いのか、責めるような視線を名前に向けるが、名前にはどうしようもなかった。

暫くすれば機嫌も治るかと思ったが、日が傾いてもその様子は一向に変わらない。名前は暫し悩んだ末、五条の視界に入らないようにする事にした。
幸か不幸か名前の代わりに五条の給仕に当たりたい人間は掃いて捨てるほどいる。
できるだけ人目につかない場所で大人しく過ごそうと離れに向かって歩いていた名前は、突然行手を塞がれて眉を上げた。
目の前には本家の女中達が立っていた。その手には客人の部屋に飾るのか置物や巻物が抱えられていた。
「お散歩ですか?さっきからふらふらふらふらと相変わらずお暇そうですね。私達は猫の手も借りたいほど忙しいのに」
「悟様を怒らせたんですって?この大切な時期にご不快な思いをさせるなんてさすがね」
「早く出ていけばいいのに」
無言で横を通り抜けようとする名前の前に再びその女性達横並びで立ちはだかった。どうしても通したくないらしい。
「……なにか御用ですか?」
うんざりした気分で名前は口を開いた。
「六条のお嬢様が、手鏡をご所望なされています。ちょうど良かった。あなた、北の大蔵から取ってきなさい。あそこは遠いし薄気味悪くて、丁度いいでしょう」
「……」
「いいわね、早く行きなさい。手鏡は葵の文様の和鏡だから」
名前の肩に自分の肩をぶつけるようにして一人の女中が歩き出すと、クスクスと笑いながら後を追う女中たちは名前に冷ややかな目を向け、去っていった。

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