01

五条悟の父親と名字名前の母親は従兄弟である。つまり、五条と名字は曽祖父母を同じとする6親等離れた『はとこ』であった。
無下限術式と六眼を併せ持つ五条と違い、名前が持つのは無下限術式のみである。
五条家相伝の術式を受け継いでいるため6歳から宗家へと身を寄せ、厚遇はされてきたものの、同い年の悟と比べられては何かと分が悪い思いをしてきた。
「だから高専に来たのに、なんで悟がいるの?」
充実した訓練環境を持つ御三家出身者は、呪術高専への入学義務が無い。
次期当主である悟は勿論、五条家で修行を積み、呪術高専には入学しないだろうと踏んでいた名前は、秘密裏に高専への入学手続きを進めていた。念には念を入れて、宗家のお膝元である京都校ではなく東京校に入学したというのに教室には見慣れすぎた姿があり、名前は腰を抜かした。
「俺も家出たかったし」
「ええ……じゃあ京都校でいいでしょ。なんでこっち来るかな」
「逆になんでお前が東京にいんだよ」
名前が高専に入学することは使用人の噂話で知っていたが、入学するのは京都校だと思っていた五条も名前の姿を見て驚いた。
「漸く五条家と縁が切れると思ってたのに……」
名前は悲壮な顔をしてがっくりと項垂れた。
頭を抱える様子を見た五条は名前の座る椅子を軽く蹴った。無駄な悪あがきだ。自分と名前が同じ東京校に入学したのは偶然ではなく実家が手を回したのだろうと五条は察していた。
「お前さ、親父から何か聞いてる?」
「なにかって?別におじさんと話してないけど。強いて言うなら一昨日に出立のご挨拶をしたくらい」
「あっ、そう」
名前は6月で16歳、つまり法律上、結婚が可能になる年齢になる。相伝術式を受け継ぐ女性を他家に嫁がせてなるものかと息巻く親類は、五条悟と名字名前を結婚させるつもりであると父親から聞いていた五条は苦い顔をした。
6親等であれば法律上も問題ない。むしろ血は濃いほど良いと考える人間がいる中、最適な組み合わせだと親族は両手を挙げて賛成していた。
「また比べられる……そうだ、六眼1つ分けてよ。2つあるんだからいいでしょ。これで私の無下限術式もマシになる」
「馬鹿か。やめろ、触んな」
机に伏せていた上半身を起こし、かけているサングラスに手を伸ばしてきた名前との距離を、五条は再度椅子を蹴ることで保った。
五条と名前のやり取りを見ていた夏油は苦笑いを浮かべながら「仲いいね」と話しかけた。
「夏油傑、よろしく」
「名字名前です。よろしくお願いします」
「家入硝子です」
「……五条悟」
新入生は4人だけのようだった。御三家で過ごしていると忘れがちであったが、本来呪術師はマイノリティな存在である。
2人の名字は名前にとって聞き覚えがなく、家柄関係でめんどくさいことに巻き込まれることはなさそうだと名前は胸を撫で下ろした。
 
 
 
名前の様子に夏油が違和感を覚えたのは夏休みが明けてすぐのことだった。
普段どおりに振る舞ってはいるが、口数の少なさは明らかだった。その態度の不可解さは五条が絡むと一層顕著になる。
高専外への外出をする際に五条ではなく自分に同行のお願いをしてきた時点で、いよいよ夏油は自分の抱く違和感が正しいことを確信した。
五条に懸賞金がかけられているのと同様に、名前にも懸賞金がかけられている。そのため名前は1人での外出を許可されておらず、五条か夏油かがついて行くしかない。
五条と喧嘩をしている今、名前は夏油に頼るしかなかった。
鬱憤を晴らすかのようにショッピングを楽しんだ名前が高専に戻る前に飲みたいとリクエストしたコーヒーチェーン店の新作は驚くほど甘い。舌でその甘さを持て余しながら、夏油は名前に数日前から気になっていたことを確認することにした。
「名前、悟となにかあった?」
「……悟から聞けば?」
夏油からの質問に分かりやすく機嫌を斜めにした名前は口を閉じてそっぽを向いた。折角、新宿に行くのだからと塗られていたピンク色の口元が一文字に結ばれた。
辛抱強く待ち、時計の長針が30度近く傾いた頃、漸く名前が夏油の方に向き直った。
「……お盆に帰省した時に、悟との縁談が決まってて、私が拒否って揉めてる」
「なるほど」
「別に悟のことは嫌いじゃないけど、私の意思とか無関係に決定事項として扱われるのは腹が立つし……なんかもやもやする。兄妹みたいに育ってきたから、いきなりそんなこと言われてもって感じ」
名前は苛立ちを鎮めるようにストローに口をつけて溶けかけたフラペチーノを吸い込んだ。僅かに温くなったそれは苛々するほど甘かった。
「まあ、悟が18歳になるまで猶予はあるんだけど、決定事項だってご当主様に言われたし、私の両親も大賛成だし。悟は何も言わないし。意味わかんない」
「名前も大変だね。でも、家の事情なら別に悟が悪いわけじゃないだろ。とりあえず仲直りしなよ」
夏油は諭すように言った。
名前のよそよそしさは五条の機嫌を悪くする。そのとばっちりは夏油に来る。
「夏油君達に迷惑かけてる自覚はあるけど……仲直りって言われても……」
「別に名前も悪いことはしてないんだから謝る必要はないさ。ここの新作でも買って渡してやれば伝わるだろ。はっきり言って名前と悟のせいで教室の空気が大分悪い」
「……ごめん。そうする。ありがと」
「どういたしまして。そろそろ帰ろうか。あんまり遅くなると悟が心配するからね」
夏油もカップの底に溜まった液体を飲み干し、席を立つ準備をした。
その間に名前はレジへと向かい、夏油の助言に従って悟へのお土産を買った。レジの横で見つけたクッキーも併せて硝子用に購入した。
「買えた?」
「うん」
夏油は名前が買い回ったショッピングバッグを両肩にかけた。百貨店とファッションビルをいくつも渡り歩いた名前は鞄やら靴やら洋服やらを大量に買っていた。
「ごめん、重い?」
「大したことない。それより前を向いて歩かないと転ぶよ」
「夏油君は優しいなあ。悟が懐くのもわかる」
「懐かれてるかい?」
「自覚ないの?悟が言うこと聞くの両親と夏油君くらいじゃない?」
名前への態度と比べてみたら分かるだろう。五条家という閉鎖的な環境にいたことも大きいだろうが、友達と呼べる、肩を並べられる存在を初めて手に入れた悟は、名前が呆れるほどに夏油に気を許していた。
「それは光栄だね」
夏油は困ったように笑った。
「今日出る前にもすごい睨まれたし。悟、夏油君のこと好きすぎでしょ」
出掛け際にすれ違った悟の態度を思い出し、また腹の底からムカムカとした気分が湧いてきた。
「やっぱりムカつくからこれ飲んじゃおっかな。夏油君半分こしない?流石にこの量はキツい」
名前がコーヒーチェーン店の紙袋からベンティサイズのカップを取り出した。
五条が名前を睨んだ原因は名前ではなく恐らく自分だという自覚のあった夏油は、その詫びも込めて彼女からの提案を却下することにした。
「私はもう甘いものはちょっと……大人しく悟に渡しな。仲直りするんだろ」
夏油の言葉に渋々と名前はカップを紙袋の中に戻した。

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