02

名前のスマートフォンに五条からの着信があったのは、16時を少し過ぎてからのことだった。虎杖の解剖中だろう時刻も合わさって名前は一度その電話を見送ることにした。
虎杖の死は名前の気持ちを重く凝らせている。今、五条の軽薄なテンションにつきあわされるのは御免だった。
五条からの着信は一度切れ、そして間髪を入れずに再度かかってきた。応答するまで掛け続けるという意思を察した名前は仕方なく、緩慢な仕草でスマートフォンを手に取り、受話器のアイコンをタップした。
「もしもし」
「今すぐ僕の教員室に来て」
一方的な要望だけを伝え、電話は切れた。画面を確認したが、通話時間は僅か2秒であった。
名前の都合も考えずに一方的な要求だけを突きつけるその無遠慮さは、いつものことながら名前の神経を逆撫でした。
幸か不幸か急ぎの仕事は無かった名前は、一言五条に文句を言おうと席から立ち上がった。
「すみません。五条さんから呼び出しを食らいましたので少し席を離れます」
職員室にいた補助監督に声をかけ、名前は五条の教員室に向かった。
各学年の担任教師には個人の部屋が与えられている。五条の部屋は校舎の裏口から直ぐの2部屋の壁を一部撤去し、扉で繋げることで1部屋分とする贅沢な作りになっていた。
「五条さん、名字です」
五条とプレートに書かれた教員室の扉を叩いて声を掛けるが応答はない。勝手に開けていいのか、少し躊躇ったあと、名前は扉を開けた。不用心なことに鍵はかかっていなかった。
「呼びつけて留守とかどんな神経してるの……ほんとに留守だったら一発殴ってやる」
名前には未だ仕事が残っている。その仕事の中には五条が任務中に破壊した道路の修繕申請もあった。
怒りに任せて部屋の中に踏み込み、五条を探す。机の裏やクローゼットの中まで念の為確認した名前は、部屋の中に姿が見えないことを確認し、着信履歴の一番上にある五条の名前を力強くタップした。
「もしもし?」
「お部屋に伺いましたが、いらっしゃらないようなので。今、どちらにいらっしゃいますか」
「ちょっと待って。奥の部屋に入って来てほしいんだけど」
「ええ、もう居ます」
扉に対し、手前側の部屋が仕事部屋、奥の部屋が休憩室のようなレイアウトになっていた。
名前は奥の部屋の真ん中に置かれたソファーに腰掛け、五条を待った。臀部と背部を包み込むソファーの座り心地は恐ろしく良かった。見た目通り高いのだろう。
「今開けるから、降りてきて」
開けるってどこを?まさかクローゼットが隠し扉になっているのかと疑う名前は部屋の隅に置かれたクローゼットの動きに注目したが、クローゼットの扉ではなく、そこから少し離れた場所の床がスライドするように動いたことで、地下へと続く階段が現れた。
名前は後ろ髪をひかれる心地よさのソファーから立ち上がり、怪しさ満点の階段の奥を注視した。そして、階段の奥の部屋にいる人物を確認した名前は、転げ落ちるような勢いで階段を降りた。
「悠仁ッ!」
勢いを殺さないまま名前は虎杖に飛びついた。
「うわっ、名前ちゃん?びっくりした」
五条から呪力と術式についての説明を受けていた虎杖は、突然横腹に衝撃を受けて驚いた。
それでも鍛え抜かれた体幹のおかげか、びくともしなかったことに五条は感心をした。
「それ私の台詞だから。本当に悠仁?足ついてる?幽霊じゃない?」
興奮冷めやらぬ様子の名前は、虎杖の両頬を掴み、顔を覗き込んだ。顔から手を離したあと、頭から爪先まで視線を下ろし、再び抱きついた。
「悠仁〜!うわーん!」
「あららら、浮気してる〜写真撮っちゃお〜」
スマートフォンを向け、カシャカシャとシャッター音を鳴らす五条に、名前は漸く顔を向けた。
「五条さん、やめてください。それにこれはどういうことですか」
「見ての通りさ、生き返ったんだよ」
「意味わかんない……けど良かった……本当に良かった……」
感極まって涙ぐむ名前の背中を虎杖は優しく摩った。情緒の上下がすごいことに少し引いたのは内緒である。
「呼び出したのは私だけですか?伏黒くんと釘崎さんは?」
落ち着いたのか、名前は五条に尋ねた。
「現時点で悠仁が生き返ったことを知ってるのは、僕と硝子と伊知地と君だけだよ。蘇生の場にいた硝子と伊知地はともかく、名前に知らせるのは僕も迷ったんだけどね」
言葉を濁す五条に名前は首を傾げた。
「悠仁が生きていることが露見したら、また上層部は悠仁を消そうとするだろう?だから、悠仁の生存は極秘にしたい。名前の術式的に下手に隠して見つかって大騒ぎにされるのは嫌だったから呼んだの。もちろん恵にも野薔薇にも伏せるつもりだよ」
名前の術式は千里眼である。一定距離内の呪力のあるものは、障害物や結界の有無に関わらず視認することができる術式を持つ名前に対し、高専内で虎杖の死を伏せておくことは不可能だろうと五条は判断した。
幸いなことに名前と虎杖は懇意であることに加え、彼女に上層部との繋がりはない。むしろ虎杖の存在を隠すのを手伝って貰おうと五条は考えていた。
「悠仁はこれからこの部屋に匿うから、身の回りの世話を頼みたいんだけど、引き受けてもらえる?」
「もちろんです。任せてください」
「そう言ってくれると思ってたよ。ここ地下だから換気が弱くて、料理もできないんだよね。あと洗濯も出来ないから、頼んだよ」
五条の言葉に名前は頷いた。
地下室にはテレビとテーブルとソファーがあった。上の教員室と同じようなレイアウトになっているようだった。その部屋の奥に電子レンジと小さな冷蔵庫があることを名前は確認した。
「食事の手配と洗濯物以外に必要なものがあったら遠慮なく言ってね」
名前は虎杖の手を握った。虎杖の手も熱かった。
「誰にもバレないように頼むよ。それに誰にも、怪しまれないように」
「わかってます。気をつけます」
特に伏黒に口外することのないようにとの含みを名前は正確に受け取ったが、昼間見た伏黒の顔を思い出し、名前は申し訳なくなった。
伏黒に隠し事をするのは心苦しいが事情が事情ならば仕方がない。
「五条さん、どうか悠仁をお願いします」
虎杖の死刑を先延ばしにしてくれたのも五条である。宿儺を危険視する上層部から虎杖を守れるのは五条しかいないだろう。
「僕に任せなさい!」
頭を下げる名前の肩を叩き、五条は親指を立てて見せた。

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