03

神社の本殿から寺まで片道20分程度だと言う主将の言葉を目安にした結果、各組は20分間隔で出発することになった。
「名字、怖かったら手握ってもいいぞ」
「俺も俺も。俺達で片手ずつ握ろうか?」
副主将が名前は肝試しを怖がってると吹聴したせいで、一緒に行く3年生の先輩達に名前は煽られていた。
「結構です。先輩達2人は私の前を歩いてください。副将は私の後ろ。絶対にこのフォーメーションを崩さないでくださいよ」
夏油が側に居ないこともあり、名前は本当に行きたくなくなっていた。

夏油達のグループが出発して20分後、丁度最初の組が戻ってくるのと引き換えに、名前達は墓地に向けて登ることになった。
緩やかな坂道を登り始めてすぐに名前は下駄で来たことを後悔し始めていた。鼻緒の生地は柔らかいものを選んだため、靴擦れはしていないが、足が疲れてきた。
「ほらもうすぐ古井戸だぞ!」
何が楽しいのか笑いながら先輩達はぐいぐいと名前の手を引っ張る。
ちっとも楽しくない名前は足元だけを見て歩いた。
「名字、どうぞ」
「どうぞ?」
参道から少し逸れた所で待つ先輩が名前を手招いた。仕方なく近寄った名前だが、「どうぞ」と言われても何を勧められているのかわからなかった。
「え、なんですか?」
「覗いていいよ」
「いや、意味わかんない。遠慮しておきます」
「そう仰らずに。古井戸は覗かなきゃ」
名前の腕を掴んだ先輩が逃がさんとばかりに肩も抱いた。もう1人の先輩が蝋燭を井戸の上に掲げ、中を見えるよう配慮しているのも憎たらしかった。
「一緒に覗こう。それなら怖くないよな?」
渋々名前は古井戸に近づき、チラッとだけ暗闇に視線を投げた。
「はい。見ました」
「早……ちゃんと底まで見てないだろ」
手首を掴んだままの先輩は不満げな声を漏らしていたが、名前としては2度も中を覗くつもりは無かった。
雰囲気に飲まれているだけだと思うが、井戸の中から冷たい空気が上がってきているようで鳥肌が止まらないのだ。
「お前らあんまり虐めると後で夏油から怒られるぞー」
呑気な副主将の助け舟を名前も「傑にチクリますよ」と漕いだ。
男子学生の練習メニュー作成は主将と次期主将の夏油が相談して決めている。そのため、夏油の一声で居残り練習や走り込みも簡単に増やせた。
「練習日増やして、炎天下で射法八節を日が暮れるまでやらせますからね。その覚悟を持って私に井戸を覗かせてください」
名前が頼めば、夏油はにこやかに練習メニューを追加するだろう。先輩2人は渋々と井戸を覗かせることを諦めた。

墓地を目指すが山道は変わらず暗い。木々に埋もれる祠を見つけるたびに名前はドキッとした。
8月とはいえ日も暮れれば気温は落ちる。風が吹くたびに肌寒さを感じる名前は両腕を摩った。
「めっちゃビビってるけど名字って幽霊とか見えるタイプなの?」
前を歩く先輩が名前を振り返って尋ねた。
「全然。見えないけど、いるとは思ってるタイプです」
名前は心霊現象を経験したことはないし、幽霊を見たこともない。
それでも名前がその存在を信じるのは、夏油が幼い頃、然りに幽霊が見えると話していたからだ。
周りの大人は子供の戯言だと、夏油の言葉をまともに受け止めていなかったが、名前は嘘をついていないと信じていた。小学生中学年頃からか、夏油は『見えるもの』について一切口に出さなくなったが、今でも不意に何かを見つけたような目をする。
それは授業中に眺めていた窓の外であったり、帰宅途中の道であったりする。名前と一緒にいる時にその仕草をした後は、決まって「遠回りをしようか」と提案してくる。きっと夏油には見えて、名前には見えない何かがそこにいるのだと今でも信じていた。
蝋燭の炎が風で揺れている。心細いその光にせめて懐中電灯が欲しくなった。
「もう早く行って、早く帰りましょう」
名前は前を歩く先輩の背中をぐいぐいと押した。

「あれ?なんか聞こえない?」
名前に背中を押されて歩いていた先輩が急に足を止めたせいで、名前はつんのめるように先輩の背中に頭をぶつけそうになった。
「副将、聞こえるよな?」
「……うん。聞こえる」
4人は足を止め、耳を澄ませた。
名前も人の声が聞こえたような気がして思わず近くにいた先輩の腕を掴んだ。
「名字ビビってる。可愛い〜。でもあれ、夏油達の声じゃね?」
「蝋燭の灯りがないじゃないですか!」
暗くてよく見えないが、確かに声は段々と近づいてくる。肝試しをしているメンバーならば蝋燭を持っているはずだ。目をこらしても、その光は見えなかった。
「名字、行くぞ。大丈夫だから」
「でも……」
足を止める名前に先輩達は苦笑いを浮かべた。
声はどんどん近づいてきて、側で止まった。
「名前?」
「あ……本物だ」
名前の言葉に先輩達が吹き出した。先輩の蝋燭を持つ腕を掴み、上から降りてきた人物の顔を照らす。間違いなく夏油であった。
「丁度よかった。さっき風で火が消えてしまって困ってたんだ。灯りを分けてくれないかい?」
「いいよ」
名前は気恥ずかしさからぶっきらぼうに答えた。夏油の持つ蝋燭の芯に火を移すように先輩の腕を掴み直して寄せた。
「名前は大丈夫?一緒に降りる?」
「……」
2本の蝋燭に火を移し終えた夏油は、心配そうに名前の顔色を確かめた。
その夏油の腕を抱き込むように組む、後輩の白い腕が濃い闇の中で名前の目を引いた。
「肝試しの途中棄権は許されていませーん」
名前が降りることを逡巡しているように見えたのか、副主将が腕を大きく交差させ、バツ印を作った。
「だってさ」
少しばかり一緒に降りたい気持ちもあった名前は肩をすくめた。
「……早く行ってさっさと降りておいで。大丈夫。何もないよ」
夏油の言葉に名前は頷いた。夏油が何もないと言うならば、何もないのだろう。
「あとこれ。寒いだろ。風邪ひかないように肩にかけときな」
夏油は着ていたパーカーを脱いで名前に渡した。
まだ体温の残るそれを名前は言う通りに肩にかけた。
「ありがとう」
夏油がパーカーを脱ぐ際に出来た後輩との距離は、直ぐに0に戻った。
パーカーの下は半袖のシャツであったため、夏油の鍛えられた腕が露わになる。その腕に対し、当然の権利のように腕を絡ませる後輩に名前は細い針を飲み込んだかのような感覚に陥った。
「ほら、行くぞ!」
名前の腕を引いて先輩は足を進めた。このまま口を挟まずにいたら、いつまで経っても進めない。
強制的に夏油と引き剥がされた名前は刺さった針を探すように喉元を触った。

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