02

山半ばに建てられた神社の上には年季の入った寺と墓地がある。ここの神社と寺は、元々は一つの敷地内にあったものが、明治時代の神仏分離令により分けられたという。
墓地自体はそんなに広くないが、墓地までの山道に古井戸があったり、祠があったりすることで何かが出そうな雰囲気は十分だった。
平安時代に戦場になったという史実と合わせて立派な心霊スポットになっていた。

名前が夏油と肝試しの待ち合わせ場所に着いた時には、弓道部の部員はほぼ揃っていた。
「帰りたい、けど、帰れない」
「大丈夫。何も起きないよ」
自然と重くなる名前の足取りを励ますように夏油はその背を叩いた。
「名字と夏油君じゃん。お祭り2人で回ってたでしょ。見かけちゃった〜」
「相変わらず仲良いな。もしかして、ついに付き合った?」
弓道部の主将と副主将が名前と夏油の姿を目ざとく見つけて冷やかした。
夏油は溜息を押し殺したようなうんざりとした表情を作り、いつものように否定した。
「付き合ってません」
「何度も言いますけど、ただの幼馴染なんで」
名前も夏油の言葉を肯定するように大きく頷いた。
「あの、名字先輩」
浴衣の袖を後ろから静かに引かれ、振り返った名前の目の前には、可愛らしい浴衣姿の1年生が3人並んでいた。
「ちょっと来てください」
2人から腕を引かれた名前は主将たちの声の届かない場所まで進んで足を止めた。
3人とも試合前のような真剣な眼差しをしており、名前は何事かと構えた。
「夏油先輩と付き合ってないって本当ですか?ただの幼馴染だってさっき聞こえたんですけど」
「え?本当だけど……」
名前の言葉を聞くなり顔を真っ赤にしたのは、1年生で一番可愛いと評判の後輩だった。
薄紫を基調とした浴衣は柔らかい後輩の雰囲気と合っており、朱に染まった頬は屋台に並ぶりんご飴のように愛らしかった。
「この子、今日、夏油先輩に告白するつもりなんです」
「なので名字先輩にも協力してほしくて」
その後輩の両腕を掴む2人の後輩は、膝につけんばかりの勢いで協力をしてほしいと頭を下げた。そんなに腰を折っては帯で腹が苦しいだろうと名前は慌てて2人を止めた。
「別にいいけど、協力って何をすればいいの?」
夏油と後輩の問題であるため、名前に出来ることは少ない。何を求められているのかと首を傾げた。
「この肝試し4人1組でやるみたいなので、この子を夏油先輩と同じ組にしてあげてください。あと、できれば名字先輩は別の組に入って欲しいんです」
「夏油先輩と名字先輩が一緒だと、なかなか割り込み辛くて……」
なるほどと名前は頷いた。確かに名前がいない方が、夏油と話す機会は多くなるだろう。
「……いいよ。頑張ってね」
名前は少し躊躇ったが、ゆっくりと頷いた。
自身の肝試しに対する恐怖心は気合いで乗り切ることになってしまったが、これは仕方がない。
先輩として意地を張りたい気持ちもあったし、告白をする前から顔を真っ赤にして緊張している後輩を前に、我儘を貫き通すことはできなかった。
「全員集合ー!」
主将の呼びかけに名前達はその声の元に集まった。
いつもの習慣で夏油の姿を探し、その側に寄った名前だったが、先程の件を思い出し、しまったと額に手を当てた。
「どうかした?」
「な、なんでもない」
何かを誤魔化すように辺りを見回す名前を不審げな表情で夏油は見守った。
名前と夏油の立つ場所から少し離れた場所に立つ後輩は熱の籠った視線を夏油に向けていた。
言葉がなくても仕草一つで、夏油のことが好きで堪らないのだ訴えている。溢れ出しそうなほどの恋慕思いは見ている名前の胸まで苦しくした。
「名前?大丈夫かい?」
「えッ?」
「なんか変だよ。怖くなった?肝試しやめて帰る?」
当たり前のように名前の乱れた前髪を指で直した夏油に、名前はもやっとした気持ちを抱いた。
「……帰らない」
急に不機嫌になった名前に夏油は首を傾げた。情緒が不安定なのは肝試しに対する恐怖からだろうか。夏油は、安心させるように名前の頭を撫でた。

肝試しは4人1組に分かれ、各チーム2本の蝋燭が与えられる。それを持って墓地へと続く登山道を登り、奥にある寺の賽銭箱に500円を入れて戻ってくるというルールだった。
参加するのは15人のため4組に分かれる必要がある。このままの流れでは夏油と名前は同じ組になってしまうのではないかと案じる名前の前に、先程の後輩達が駆け寄ってきた。
「夏油先輩、良かったら一緒に行きませんか。この子すごい怖がってて、夏油先輩が一緒なら安心だと思うんです」
夏油を囲む後輩達からアイコンタクトを送られた名前は静かにその輪から距離をとった。
誰と行こうかと悩む名前の肩を副主将が叩いた。
「お前はこっちな。俺と行こう」
副主将は名前の手を引いた。
どうやら後輩から名前を連れて行くように頼まれていたらしい。「夏油はモテるなあ」と僻むようにボヤくその口調は羨ましさを隠しきれていなかった。
「名前、どこ行くんだい。一緒に行くんだろ」
これでグループ分けは一安心かと思っていたが、後輩を3人引き連れたまま夏油は名前を追ってきた。
夏油は約束を守る人だった。元々名前と行く約束をしていたため、後輩の頼みを押し切って来たらしい。
縋るような後輩達からの視線を受けて、名前は仕方なく手を合わせて詫びる仕草をした。
「あー、その子達に悪いし傑は先に行っててよ。なんか副将が一緒に登ってくれるらしいから」
任せとけと副主将は夏油に向かって親指を立てて見せた。
しかし、夏油は眉を寄せた。元々参加する気が無かった肝試しだ。名前が参加せざるを得ないというから、あくまで付き添いとして来ただけだったのに、名前と別行動するならば意味がない。
「夏油先輩、私と行きましょう」
動かない夏油に痺れを切らしたのか、名前の目の前で、顔を赤くした後輩が夏油の腕を掴んだ。
名前が目を丸くしたのを見て、少しだけ夏油の溜飲が下がった。
「……わかったよ」
当てつけのように腕にしがみつく後輩を好きにさせたまま、夏油は蝋燭を受け取るために主将の元に向かった。
「…………」
「……名字、良かったのか?」
「良くないですよ。私、本当にお化け屋敷とか苦手なんです。正直行かずに帰りたい」
「あ、そうなの?いや、そっちじゃなくて」
あっち、と副主将が夏油の背中を指差した。肝試しはまだ始まっていないというのに、後輩は夏油にピッタリと身体を寄せていた。
「いいの?マジで付き合ってないの?」
「付き合ってないです」
「本当のところ、夏油のこと好きだったりしないの?」
「しません」
言い切った瞬間、今度は胸がきゅっと締め付けられた気分になった。もやっとしたり、きゅっとしたり名前の心臓は忙しない。
それを押し留めるように口を真一文字に結んだ名前は、夏油と夏油に寄り添う後輩を視界に入れないよう顔を背けた。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -