02

入学時から既に2級術師以上とお墨付きを貰っている五条と夏油は、本来ならば単独任務を許されているが、1年生だからと4人で任務を命じられることが多かった。
専ら前線に立つのは五条と夏油で、名前は硝子と後方支援に徹していたが、その日は違った。
「名前、数が多い。お前も手伝えよ」
祓除を命じられた廃墟になった病院を観察していた五条は、少し後ろに立つ名前に声をかけた。
「じゃあ私、帳の外で待ってる」
名前が返答するよりも早く、硝子は補助監督の元に行ってしまった。
「えっ……そんなにいっぱいいるの?」
「うじゃうじゃいる。2級以上は俺と傑が対応するから、残りの3級と取りこぼしはお前な。俺ら上から、名前は下から」
「しかも別行動……」
入学して初めての単独行動に名前は不安を隠せなかった。せめてどっちかは側に居てくれても良いのではないかと思った。
「いざとなったら無限を張って隠れてればいいよ。後で迎えにいくから」
「おい、甘やかすなよ傑。早く行くぞ」
勇足で廃墟へと侵入する五条を追って、夏油の姿も見えなくなった。
立ち尽くしていた名前も仕方なく病院へと足を踏み入れた。砂埃が溜まっているせいで歩くたびに足元からじゃりじゃりと音が鳴る。
有名な心霊スポットと化しているこの廃病院は、格好の呪いの溜まり場となっているようで、悟が言ったように1階だけで5体の呪霊が居たが、幸い等級も高くなかったので名前にも祓えた。
 
名前の中には、良くないことが起きそうだという予感があった。いつも以上に慎重に、2階へと続く階段を重い足取りで進み、足音に反応して現れた呪霊を祓った。
 
2階は1階と同じく外来があったようだった。皮膚科、泌尿器科、精神神経科と各科のプレートが掲げられた部屋を1つ1つ覗き、様子を伺った。
リハビリテーション室へと足を踏み入れた名前の目は歩行練習用階段で留まった。四段程度の階段の上にぼんやりと人影が見えた。
「悟?夏油君?……硝子、がいる訳ないもんね……」
呼びかけても返事は無い。只でさえ真夜中で視界が悪い中、部屋に溜まった埃が物の輪郭をぼやけさせた。月明かりがあれば違っただろうが、あいにく今日は綺麗な三日月だった。
ゆっくりとリハビリ用の階段に近づく名前は同級生かと疑ったその影が心配蘇生訓練用のマネキン人形であることに気がついた。
「どうしてこんなところに……ひッ!」
名前は自身の両足首へと絡まる大量の細い紐の存在に気が付き、小さく悲鳴を上げた。咄嗟に千切ろうと向けた手は、横から伸びてきた手によって掴まれた。
「今度は何……?!」
「名字名前だな」
その声の持ち主は階段の影に潜んでいたようだった。名前を掴む手は温かく、その持ち主がマネキン人形ではなく、生きた人間であることを明かした。
「誰、このッ……放して!」
フードを被った男の顔は見えない。呪詛師と思われる男の存在に名前は想定外だと目を白黒とさせた。

また名前の背筋に悪寒が走った。名前の嫌な予感はよく当たる。その感覚は10年以上、五条悟の側で生活したからこそ培ったものでもあった。
もはや確信を持って、名前は目を閉じた。
意識を集中させ、名前が無限を張った瞬間、天井からひび割れる音と柱の折れる音がし、コンクリートの塊が名前と呪詛師に降り注いだ。

「マジでなにやってんのあいつら……」
鉄筋コンクリート製の建物の一部が倒壊するのを目の当たりにした硝子は、補助監督の制止を振り切り、帳の中に入り、学友の姿を探した。
立ち登る土煙で息が苦しいが、同級生が倒壊に巻き込まれてたとしたら1秒でも早く救出しないと命に関わることは明白だった。
「名前〜?返事しろー」
「悟、瓦礫をどけるからどいてくれ」
「おう。そこら辺にいると思うんだよな」
五条と夏油の声を頼りに近寄ると、瓦礫の上に2人は立っていた。土埃で制服は汚れているものの怪我をしている様子は無かった。
2人よりも心配なのは名前だった。五条と夏油の様子から察するに、名前は瓦礫の下に埋まっているらしい。
「名前、酸欠はまずいよね」
「まずい。俺が親父に殺される」
五条の言葉に溜息をついた夏油が、数体の呪霊を使って比較的大きなコンクリートの塊を避けていくと、瓦礫の隙間から動く手が見えた。
「おっ、いた」
「名前、生きてる?」
「生きてるけど、本当に、ありえない」
大きな瓦礫が無くなったおかげで身動きがとれるようになった名前は、身体の上に載っていた拳大の瓦礫を払うようにして起き上がり、差し出された夏油の手を掴んで立ち上がった。
「名前、怪我は?」
硝子の姿を見つけた名前は思わず硝子に抱きついた。
「無いけど心臓がバクバクしてる」
生き埋めにされるのは気持ちいいものではない。原因だろう同級生二人を睨みつけた名前は、思い出したとばかりに足元の瓦礫を指さした。
「私以外にもう1人いない?」
「いなさそうだけど」
「倒壊前に襲われたんだけど」
名前の言葉に五条は眉を上げた。六眼で観察する限り、呪力の反応は見えない。つまり、名前を襲った犯人は瓦礫によって死んだか、逃げたかしたらしい。
「傑」
「探せばいいんだろ。わかったよ」
名前を見つけた周辺を捜索するが、死体は見つからなかった。
「まあ、名前が無事で何よりだよ」
夏油は安堵の息を吐き、五条と共に名前からの恨み言を甘んじて受け入れた。 
 
 
 
名前に接触した呪詛師と思われる男の存在はすぐに五条家にも報告がされた。
その結果、任務外での名前の外出は全面禁止となった。
任務中も決して一人にすることのないようにと付け加えられた父親からの手紙を受け取った五条は過保護だと笑いながらその手紙を夏油に見せた。
「文字通り箱入り娘だね」
「高専に来るのも猛反対されてたからな。目離すと誘拐されかねないから仕方ねーけど」
「賞金かけられてるんだっけ」
「そうそう」
名前は御三家である五条家相伝の術式を持っている。他家からしてみれば、喉から手がでるほど欲しい術式であり、手に入れる方法としては名前を嫁に迎え入れるしかない。しかしそれを五条家が許すはずもなく、となると、非合法な手段に出るしかない。
胎としてだけでなく、名前の存在は五条家への対抗札、人質としても有用である。そのため名前の誘拐未遂は尽きなかった。
「だから俺の親父は1日でも早く名前と俺を結婚させて子供作らせて呪術師辞めさせたいわけ」
「そうか。名前は可哀想だね」
夏油の言葉に五条は目を丸くした。可哀想と夏油は言ったが、五条にとってそれは思い至らない感情であった。
「別に可哀想ではないだろ……」
首を捻り、思いあぐねた様子の親友に、夏油は1つ提案をすることにした。

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