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伏黒と名前は荷造りのため名前の家に行くことになった。
立川駅から乗り込んだ電車は幸いなことに空いており、伏黒は、隣の座席に座る名前の頭に自身の頭を乗せるようにして部屋の見取り図を覗き込んだ。
「段ボールはもう届いているんですか?」
「今日の夕方に着くように伊知地さんが手配してくれました」
「そうですか」
電車が揺れるたびに伏黒から香る石鹸の匂いが名前の鼻先を擽る。立川駅から新宿駅に着くまでの30分の間に、名前はすっかり落ち着かない気分になっていた。
 
土曜日の新宿駅は色とりどりの服装の人々で溢れかえっていた。平日は白と黒を基調にしたビジネス調の服装が街の大部分を占めるが、休日はそれが一変する。
伏黒は白いシャツに黒いズボンというシンプルな格好であったが、名前は春らしい柔らかい素材のAラインワンピースを着ていた。グレーとピンクの色合いも名前の雰囲気を柔らかく見せている。ミモレ丈スカートに合わせるように履いていたのは見覚えのあるパンプスだった。
「名前さん、そのハイヒールってあの時のですか?」
「そうです!すごい気に入ってたので、届けてくれて助かりました」
名前は元々の呪力を封印されていたせいでストレスを抱いた際に呪霊が湧きやすくなっていたのではないかと五条は言っていた。名前の意思を汲み取って呪霊が動いたのも、そのせいだろうと。
今の名前には呪いを纏っていない。名前には呪いより明るい色の服が似合っていた。
「ハイヒールもですけど、今日の服装も可愛いですね」
ストレートに褒められて嬉しくないわけがない名前は顔を赤くした。
最近ファッション雑誌も買っていなかった名前は自分が恥ずかしくなった。隣を歩く伏黒は、スタイルがいいからこそシンプルな格好が良く似合っている。
春のお出かけ服が、今着ているこのワンピースともう一枚しかない名前は、折を見て買い物に行くことを決意した。
「本当に可愛いですよ」
信号待ちのタイミングで態とらしく耳元で囁やかれ、咄嗟に名前は耳を覆おうとした。それを見越したように伏黒は名前の手を取り、指を絡めるようにして繋いだ。
 
名前の部屋に着くなり伏黒は名前を壁に押し付けるようにし、顔を寄せた。
「ストップ。伏黒くん、お話があります」
伏黒の口と名前の口の間にあった僅かな空間には名前の手が差し込まれていた。
ムッとした表情を隠すことなく、伏黒は名前の手を掴み、その指先に口付けた。
「なっ」
「話ってなんですか。まさか別れませんよ」
甘い眼差しから一転、刺すような視線を向ける伏黒に名前は少しだけビビった。
「別れ話ではないんですけど……たぶん……」
名前の腰に当てていた伏黒の手に力が籠る。宥めるように名前は伏黒の手を握った。
伏黒の顔からは表情が消えている。名前は伏黒の手を引き、ベットに背を預けるように2人並んで腰を下ろした。
「これ、伏黒くんのでしょ」
サイドチェストの引き出しから鈍金色の渦巻き模様のボタンを取り出した名前はローテーブルの上にそれを置いた。
「あ、ここにあったんですね」
制服のボタンを1つ、いつの間にか無くしていたがよくあることだったので気にしていなかった。
「それ、高専の制服のボタンだよね」
「そうです」
「伏黒くん、今何歳……?」
「15です」
知ってはいたが、改めて言われると破壊力が高い。両手で頭を抱えた名前は膝をついて移動し、ローテーブルを挟んで伏黒の前に座り直した。
「これから真面目な話をします」
名前は顔を上げてそう宣言した。
伏黒はテーブルに肘を乗せ、頬杖を付き、話を促した。
「えー、私は成人済みで、伏黒くんは未成年です」
「そうですね」
心底どうでもいいという口調で伏黒は相槌を打った。
「18歳未満との男女交際は、条例で制限されています」
「で?」
「ですので、その、もしも私との交際を続けるのならば、淫らな行為は伏黒くんが18歳になるまで禁止します」
言い切った名前は伏黒の表情を伺ったが、相変わらず読めなかった。
一方的な宣言をしている自覚はある。だが、この線引きは名前の社会的信用と伏黒の今後のためにも必要な線引きであると確信していた。
「どこまでですか」
「は?」
「どこまでならば、いいんですか?」
伏黒は口角を意地悪気に上げて名前に確認をした。伏黒も名前と付き合うにあたり東京都の条例は確認している。2度目の無断外泊の際に五条からも釘を刺されていた。
「どこまでって……」
名前は口籠もった。直接的な単語を出すのも躊躇われるし、具体的にどこまでが許容されて、どこまでが処罰対象なのかは名前も把握できていなかった。
悩んだ挙句にスマートフォンで調べようとする名前の手を押さえ、伏黒は距離を詰めた。
「ハグは?勿論セーフですよね」
そう言いながら伏黒は名前の身体を抱き込んだ。
隣に座る伏黒に上半身を預けるような形になった名前は、まあハグはセーフだろうと思い、頷いた。
「じゃあキスは?」
それは要検討だろうと身体を離そうとした時、伏黒が顔を近づけて冗談混じりの軽いキスを名前に落とした。
2回、3回と触れるだけのそれは名前の鎧を溶かして行くようだった。
「で、キスはセーフですよね?」
伏黒の口付けにうっかり流されていた名前は、自分を許すように頷いた。
「じゃあもう一回」
名前の頬に手を添え、伏黒は名前の唇の感触を角度を変えて堪能した。驚くほど柔らかい。名前の身体を自分の上に引き上げた伏黒は、その柔らかい唇を自身の唇でこじ開け、舌を探した。
「んっ……ちょっ……」
名前が抗議の声をあげるが、伏黒の手はしっかりと名前の腰を抑えており、逃げ場はない。
狭い口内を逃げようとする名前の舌を宥めるように舌でつつき、追った。
名前の喉が上下するのを動きで感じ、背中を静電気が駆け抜けた。これ以上は不味いと察した伏黒は、名残惜しく口を離した。
「……キスも禁止にしようかな」
名前の手はいつの間にか伏黒の背中に回されており、その目も溶けそうなほどに潤んでいた。
流されている自覚がある名前は伏黒の鎖骨に額を当て、大きく溜息をついた。
「名前さん、もしかして腰抜けました?」
「そんなことない」
否定しつつ、名前は動こうとしなかった。その様子に堪らなくなった伏黒は再度名前を抱きしめた。
「俺たち真剣交際ですよね」
「何をもって真剣交際って言うのかわからないけど、まあちゃんと好きだよ」
照れくさいのか名前は顔を伏黒の服に押し付けたまま返事を返した。
「この間お義母さんに会ったときに、俺はちゃんと挨拶しましたから。結婚を前提に名前さんとお付き合いしている伏黒です、って」
初耳のそれに名前は勢いよく顔を上げた。まだキスの余韻を漂わせる名前の目元は赤く染まっていた。
「結婚って……私たち出会ってからまだ2ヶ月だし……ちょっ、ともう」
顔を上げた名前の口の横に伏黒は懲りずに口を落とした。
この男、いつの間にか外堀を埋めに来ていたのかと名前は震えた。意外と押しが強いことも知っている。
「真剣交際ですからね」
念を押すように繰り返す伏黒に名前も頷いた。

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