23

名前と伏黒が杉沢斎場に到着した時、五条と虎杖はベンチに並んで座って話し込んでいた。
「五条先生が大事な話をしてるので、少しここで待ちましょう」
「はい……」
伏黒は、虎杖の視界に入らない距離かつ会話は辛うじて聞こえる距離で足を止めた。
名前も静かに五条と虎杖の会話に聞き耳を立てた。
「こういうさ、呪いの被害って結構あんの?」
虎杖の声は元気がなさそうだった。
「今回はかなり特殊なケースだけど、被害の規模だけでいったらザラにあるかな。呪いに遭遇して普通に死ねたら御の字、ぐちゃぐちゃにされても死体が見つかればまだましってもんだ。宿儺の捜索をするとなれば凄惨な現場を見ることもあるだろうし、君がそうならないとは言ってあげられない」
言葉を区切った五条は、悪戯に口角を挙げた。気休めを言うつもりはなかった。
「ま、好きな地獄を選んでよ」
虎杖に用意された選択肢は、『今死ぬか』か『後で死ぬか』の2択しかないのだ。
「宿儺が全部消えれば、呪いに殺される人も少しは減るかな?」
「勿論」
「あの指まだある?」
「ん」
五条はポケットに入れていた宿儺の指を虎杖に手渡した。
「改めて見ると気色悪いなあ」
改めて見なくても人間の指の屍蝋は存在そのものが嫌悪の対象である。その上これは猛毒の特級呪物だった。
それを躊躇いもなく飲み込んだ虎杖に、五条は別の意味でも感心した。
「まっず」
えずく虎杖に五条は笑みを堪えきれなかった。
肉体の耐性だけでなく、宿儺相手に難なく自我を保てる存在が目の前にいる。虎杖悠仁が、千年生まれてこなかった逸材であることが確認できた。
「どったの?」
ベンチから弾みをつけて立ち上がった虎杖は、嬉しそうな五条に首を傾げた。
「いやなんでもない。覚悟はできたって事でいいのかな?」
「……全然。なんで俺が死刑なんだって思ってるよ。でも呪いは放っとけねえ。本当に面倒くせえ遺言だよ……宿儺は全部食ってやる。後は知らん」
黙って耳をそば立てていた名前だったが、『死刑』に耳を疑った。
「自分の死に様はもう決まってんだわ」
「悠仁が死刑?」
名前の呟きが聞こえたかのように五条もベンチから立ち上がり、伏黒を手招いた。
伏黒は、名前の手を引き、2人に向かって歩き出した。
「今日中に荷物まとめておいで」
「どっか行くの?」
虎杖と五条の会話が段々大きく聞こえてきた。
「東京」
その会話に口を挟んだのは隣にいる伏黒だった。
「伏黒!元気そうじゃん!名前ちゃんも」
「これ見てそう思うか?」
伏黒は自分の怪我と名前の包帯を指さした。
「オマエはこれから俺と同じ呪術師の学校に転入するんだ」
「ちなみに1年生は君で3人目」
「少なっ!」
五条は1年生と聞いて震える名前の肩を叩いた。
「ぼーっとしてるけど、君も高専に行くんだよ」
「私も!?」
「そう。入学じゃなくて保護だけど。悠仁と一緒に荷物まとめてきて。明日の朝には出発するよ」
いやいやいやと名前は両手を胸の前で振った。
「私、明日の午後から出社なんですけど」
「休んでもらうしかないね。てか、その目で仕事とか無理でしょ。有給でも傷病休暇でもなんでもいいから休んでもらうよ」
「そんな無茶な……」
ただでさえ有給と忌引き休暇で10日間以上休んでいる。先日追加申請した有給は却下されており、これ以上休むのは不可能だった。
そもそも結膜下出血なら仕事を休む必要もないはずだった。
依然納得しない名前に五条はどう説明したものかと悩み、手っ取り早く、少し脅すことにした。
「すごい端的に言うと、君、今のままだと失明するから」
「エッ……なら、眼科に行かせてください」
「だから医者に診せるの。高専には呪術師専門の医師がいるからね」
五条の言葉に名前は益々意味がわからなくなった。
「私、呪術師?じゃないんですけど」
「……まあ、新幹線の中で説明するから」
五条の声色に説明が面倒くさくなったのだと伏黒は察した。
名前の混乱は手に取るように分かる。伏黒は未だ呪いの存在や呪術師の役割、名前の状況を説明していなかったからだ。
「名前ちゃんの目の具合、そんなやばいの?」
悠仁が心配の色を隠さずに五条に聞いた。
「んー、悠仁ほどじゃないけどそこそこヤバそう」
それはどの程度の問題なのか虎杖も名前も測りかねた。
「僕は今から東京に戻って君達を高専に受け入れる準備をしてくるから。恵も硝子の治療を受ける必要があるから一度戻るよ」
「……わかりました」
「明日の朝、8時半に仙台駅の新幹線中央口改札で待ち合わせしよう。切符は僕が手配する」
とんとん拍子に進んでいく話に名前も一先ず頷いた。出社するにせよ高専に行くにせよ東京に戻ることには変わりない。
9時発の新幹線に乗れば13時の出社に十分間に合う。交通費が浮くなら万々歳だった。
「じゃあ悠仁、明日また会おう。そこの人が逃げないように見張っててね」
「おー」
虎杖は怒る名前を宥めながら、東京に戻る五条と伏黒に手を振って送り出した。
 
 
 
8時半に仙台駅に着くためには、8時に家を出る必要がある。
虎杖は8時少し前に名前を迎えに名字家を訪れていた。
「おはよう。荷物それだけ?」
リュックサック一つで立つ虎杖に名前は首を傾げた。
「残りは昨日の夜に高専に送った。てか包帯とって大丈夫なの?」
「いや流石に包帯巻きっぱなしじゃお母さん心配するし。相変わらず目は真っ赤だけどまあ、大丈夫でしょ」
人目が気になるため、名前はサングラスを掛けた。
「なんかカッケー。名前ちゃんサングラス似合うな」
「んふ、ありがとう。お母さんが車出してくれるって。あと朝ご飯のサンドイッチもあるよ」
「ほんと!助かる」
虎杖に2人分のサンドイッチが入った紙袋を渡した名前は、母親を呼んだ。
「じゃあ、行こうか」
初東京だとはしゃぐ虎杖を名前は微笑ましく見守った。
 
「お母さんありがとう。また連絡する。ちゃんとご飯食べてね」
「名前も健康には気をつけなさい。悠仁君の面倒ちゃんと見るのよ」
「任せて」
パート前の忙しい時間に送ってくれた母親には感謝しか無かった。
母親の車を見送った名前は駅の中にある時計を確認した。
「まだ時間あるよね。職場に差し入れのお菓子買わなきゃ。なんにしよう」
「日持ちするものでしょ。萩の月は?」
「こないだ買っていったから別のものにしたいなあ」
仙台駅中のお土産店にはありとあらゆる仙台名物が並べられている。
「これは?」
虎杖が差し出したのは白松がモナカだった。直径3cm程のミニモナカの詰め合わせを手に取った名前は、箱の裏に書かれた賞味期限を確認した。
「採用」
4種類の餡が楽しめるこのモナカは知名度もあるし日持ちもするしでお土産には丁度良かった。フロア分として3箱手に取った名前は、店内を冷やかす虎杖に声をかけた。
「悠仁もなんか食べたいものあったら買ってあげるよ。てか買った方がいいよ。地元ロスになるから」
「なにそれ。名前ちゃんも仙台ロスになったの?」
「なったなった。東京の焼肉屋で牛タン食べながら、これじゃないって泣いた」
シュールな光景を想像した虎杖はケラケラと笑った。
「えーじゃあこれ買ってく」
「……喜久福おいしいよね。私も買おう」
喜久福も4種ある。迷う事なく4種詰め合わせを2つカゴに入れた虎杖はついでにと牛タンジャーキーも入れた。
「東京楽しみだね」
ニコニコと笑う虎杖に名前は曖昧な笑みを返した。

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