21

名前に下された診断は、結膜下出血だった。2週間から3週間で自然に治癒するという医師の言葉に、名前と虎杖は揃って胸を撫で下ろした。
「時間外診療って高いんだな」
「知らなかったの?22時過ぎると深夜加算になってもっと高くなるんだから」
「なんでそんなに詳しいの?」
鼻高々に知識を自慢した名前は、虎杖からの質問に墓穴を掘ったと舌を出した。
まさか男に襲われかけて夜間病院に駆け込んだことがあるとは口が裂けても言えない。
救急外来側の自動精算機で会計を済ませた名前は、付き添いの駄賃として虎杖に飲み物を奢ることにした。
「自販機で悪いけど、好きなものをどうぞ」
「じゃあコーラで」
遠慮をすることなく虎杖は500mlのペットボトルを選んだ。ボタンを押すとゴトリと音を立ててペットボトルが受け取り口に落下する。
その音は、祖母を霊安室に運んだエレベーターを思い起こさせた。
 
 
 
自宅に設置された仏壇には遺骨と写真が飾られている。まだ元気だった頃の祖母の写真は母親によく似ている。名前も母親似のため、将来の姿がそこにあるようだった。
「悠仁くんのおじいちゃんも亡くなったみたいよ」
仏壇に線香をあげていた名前に、母親はそっと声を掛けた。初7日法要を終えた足で、世話になった主治医と看護師にお礼の品を届けた際に、虎杖家の訃報を聞いたらしい。
「悠仁、手続きとか大丈夫かな?」
「看護師さんが一から教えてくれると思うけど、心配だから名前、後で様子見に行ってきて」
「わかった」
名前は違和感を訴える目を母親から隠れるようにして抑えながら返事をした。
カメラのファインダーを覗きながら、めちゃめちゃにズームアップとズームバックを繰り返すような視野の揺れが名前の視覚で起きていた。
発作のようなこれが起きると歩くこともままならない。名前は手元にピントを合わせることに集中することで視界を取り戻した。
ゆっくりと視点をずらしてスマートフォンを確認すると、時刻は19時を過ぎたところであった。

本来ならば夕食の時間であるが、祖母が亡くなってからは名前も母親も食欲がなく、食事がおざなりになっていた。
特に空腹も覚えていなかった名前は隣家を訪ねることにした。
白いシャツにジーパン、トレンチコートというシンプルな軽装で家を出た名前は虎杖家の呼び鈴を鳴らしたが、反応はなかった。家の中に電気はついていない。
帰宅していないということは病院にまだいるのだろう。
名前は杉沢病院に虎杖を迎えに行くことにした。
「ご無沙汰しております。虎杖悠仁、まだいますか?家に帰ってこなくて……」
「悠仁くん?さっきお友達と学校に行くって言ってたけど……」
「学校ですか?」
ナースステーションの看護師も詳細は知らないようだ。
お礼を言った名前は、病院を出て学校に向かうことにした。十中八九、虎杖が現在通っている杉沢第三高校を指しているだろう。
名前の母校でもあったため、迷うことなく名前は歩きだした。
 
名前が違和感に足を止めたのは、杉沢第三高校まで、数メートル先の角を曲がれば着くという頃合いだった。
うなじを中心に鳥肌が全身を駆け巡ったような寒気に名前は、足と共に息も止めた。この嫌な感覚には覚えがある。ホラー映画を見せられた時に感じたような、『この先を覗いてはならない』『この先には嫌なものがある』という警戒心と似ていた。
住宅越しに学校の姿はまだ見えない。それでも住宅を透かして学校の輪郭が見えた気がした。その幻覚は名前の背中をそっと押した。
「うッ…………なにこのプレッシャー……」
名前は震えだす身体を支えるように両腕で自分の二の腕を摩った。
ベッドに載せられたまま祖母が入って行った霊安室と同じ、死の気配がする。
しっかりと閉ざされた校門を開ける勇気もなく、名前は立ち尽くしていた。

前触れもなく腹に響くような音ともに4階校舎の一部が内側から吹き飛んだ。校舎からは人影と特撮映画の怪獣のようなものが飛び出し、渡り廊下の天井部へと落ちた。
「誰……?何あれ。撮影?」
土煙で視野が悪い。埃を吸い込まないように口を抑えた名前は、続いて校舎から飛び降りてきた人影を捉えた。
「悠仁!?」
校門の柵を掴み、目を凝らした名前には、虎杖が化け物のようなもの上に着地をするのが見えた。校門から渡り廊下まで50メートル以上距離があるはずなのに、何故か名前には虎杖の姿がはっきり見えた。風に煽られる髪も、その瞬きさえも、まるですぐ近くから見ているように鮮明に捉えた。

名前は校門に手をかけ、柵を蹴り上げるようにして身体を持ち上げた。しかし柵は名前の鎖骨の高さにある。腕の力だけで身体を持ち上げるのは限界があった。
「……っはあ、簡単に入れたら、門の意味ないもんね」
数回も試せば息が切れる。より助走をつけて試そうと後ろ向きに距離をとった名前の背中が、なにかとぶつかった。
「あれ、君、なんでここに?」
「……どちら様ですか?」
全身黒づくめの服装にアイマスクをつけた男は誰が見ても不審者であった。
「どちら様って、この前会ったばかりなのに酷いなあ」
目隠しを下げた男に名前は口を開けた。忘れもできない、五条がそこにいた。
五条は前回と同じように名前の顔をじっくりと見た。
「殆ど解けちゃってるね。まあ、君は後回しでいいや。僕ちょっとアレに用があるから、ちょっとこれ預かっておいてくれない?」
五条は仙台銘菓の紙袋を名前に突き出した。
しかし、名前はその紙袋を受け取らなかった。
「悠仁があそこにいるんです。私も連れてってください」
「……別に僕はいいけどね」
深みのある言い方をした五条は、目隠しを付け直し、名前の腰に腕を回した。
「ほら、飛ぶから捕まってて」
「ヒェッ」
名前が五条の言葉の意味を咀嚼する前に、五条は地を蹴った。
丸太のように脇に抱えられた名前には何が起きたのか分からない。ただ衝撃と共に着地した場所は、渡り廊下の上のようだった。
「今、どういう状況?」
名前もそれは知りたい。下ろしてほしいと五条の足を叩いた。
「なっ、五条先生!どうしてここに?」
聞き覚えのある声に名前は抱えられたらまま、思わず顔を上げた。
「伏黒さん?」
「名前さん!あんたまでどうして」
再度下ろしてほしいという意味を込めて強めに五条の長い足を叩いた。
五条は嫌がらせのように名前の腹に回っていた腕に力を込めた後、名前を下ろした。
「来る気なかったんだけどさ、さすがに特級呪物が行方不明となると上が五月蠅くてね。観光がてらはせ参じたってわけ……で、見つかった?」
「……」
「あのー」
名前の探し人が何故か上半身裸で、申し訳なさそうに手を挙げていた。
「ごめん。俺それ食べちゃった」
「?」
状況が飲み込めない名前は蚊帳の外であった。

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