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先日体調不良で有給を申請した際も電話越しに歓迎されない声を聞いていたが、身内の危篤でもそのスタンス変わらないらしい。
前回と違い今回は、長期間の休みを申請していることもあり、名前は渋る課長に頭を下げ続け、持ち出し用パソコンを携帯して業務を一番続行することを条件に7日間の有給休暇を勝ち取った。

会社を早退した名前は、クローゼットからスーツケースを引き摺り出し、手当たり次第必要なものを入れ、東京駅に向かった。
東京駅から仙台駅まで新幹線で約2時間である。平日の昼過ぎは、指定席を取るまでも無く自由席が空いていた。
窓側の席に座り、一息ついた名前は、伏黒からのメッセージに返信がてら地元に戻ることを報告することにした。
「祖母が危篤で実家に一度帰ることになりました、っと」
名前の脳裏には、五条から刺された釘がしっかりと貫通している。一度頭を冷やし、気持ちの整理をする時間が必要がある。今回の帰省は、物理的に距離が置けるという点では都合が良かったと名前は自分に言い聞かせた。
 
 
 
仙台駅に着いた名前は迎えにきていた母親の車に乗り込んだ。
「お帰り」
「ただいま。おばあちゃん、具合そんなに悪いの?」
「一昨日から誤嚥性肺炎で緊急入院してるの。点滴も嫌がって抜いちゃって……熱も高いし、血圧も低いして先生が家族を呼ぶようにって。おばあちゃん、名前のこと呼んでたよ」
「そっか」
祖母は数年前、足を骨折したことをきっかけに自宅で寝たきり状態になっていた。高齢であるし、名前もある程度の覚悟はしていたが、いざ危篤と言われると覚悟なんて吹いて消せそうなものになっていた。
「家寄ってから病院いく?それともこのまま杉沢病院行く?」
「病院から行く」
名前はなんとなく息苦しさを覚えて助手席の窓を開けた。
病院までの道のりで見える風景は東京とさほど変わらない。杜の都と呼ばれる仙台も都市化が進み、駅前には複合ショッピングモールが何種類もあるし、飲み屋街を抜ければオフィス街が広がっている。
オフィス街を抜ければ住宅街があり、杉沢病院は、住宅街の外れに位置していた。

母親と共に面会申請の書類を書いた名前は、胸元にバッチをつけ、緩和ケア病棟へと向かった。
4人1部屋の病室には、祖母ともう1人しか入院していないようだった。母親によると末期がんの患者のようだった。
「おかあさん?名前がきてくれたよ」
母親の呼びかけにより、祖母の目が薄っすらと開いた。
名前はベッドの横に置かれた椅子に座り、布団の上にあった祖母の手を握った。
「おばあちゃん。来るの遅くなってごめん」
気管切開による人工呼吸器を嫌がったという祖母は酸素マスクをつけていた。それでも息苦しそうに見えた。
「名前……」
「うん、そうだよ」
祖母の声は酸素マスクに阻まれて聞き取りづらい。名前は声を拾うため、身体をかがめて距離を詰めた。
「お前の……は……」
「うん?おばあちゃん?」
祖母の掠れた小さな声は、病室のドアを開けられた音によってかき消されてしまった。入り口には医者が立っている。母親が慌てて頭を下げて迎え入れた。
心電図の電極が剥がれていないかと、人差し指につけられたプローブが外れていないかを確認した後、医師はベッドサイドモニターの数値を手元のカルテに転記していた。
「お孫さんですか。病状の説明はお聞きになりますか?」
「いえ、母に任せます」
名前には医学の知識はない。必要なことは母親が決めるだろう。名前は少しでも長く祖母の側にいてあげたかった。
今更ながら、もっと帰省をしておくべきだったと後悔した。名前が東京に出た時にはもう祖母は寝たきりになっていたため、祖母から名前に会いに来ることはなかった。
名前もお盆と年末にしか顔を見せていなかった。
「さっきなんて言ったの?」
名前が問いかけた時には、祖母は眠っていた。

喉が渇いた名前は、病院の1階にあるコンビニエンスストアに行こうとエレベーターを待っていた。杉沢病院自体、年季が入っているため、エレベーターも古い。
不安を覚えるような音を立てながら到着したエレベーターには、見覚えのある先客がいた。
「悠仁?」
「あっ、名前ちゃん?マジ?いつ来てたの?」
「さっき。後で連絡入れようとは思ってたんだけど」
お見舞い用の花束を持った悠仁は1ヶ月ぶりに会った名前に破顔した。
「ばあちゃん入院したっておばさんから聞いたんだけど、同じフロアだったんだな」
「そうみたい。おばあちゃんもいい歳だし、治療も拒否しててね」
言葉を濁す名前に、虎杖は病状を察した。
虎杖と名前はお隣さんである。祖父が男手一つで育て上げる虎杖を気にした名前の母親が、度々家に招いていたため、幼い頃から親交がある。
友達と呼ぶには歳の差があり、姉弟と呼ぶほど深い仲でもないが、2人は仲良しではあった。
「名前ちゃん、もう帰るの?」
「いや、下でお茶買ってこようと思って」
「そっか。じいちゃんの病室301だから、後で顔見せにきてよ」
「うん。後で行く」
名前は下ボタンを押していた手を離し、エレベーターに乗り込んだ。
4月から高校生になった悠仁は成長期なのか1ヶ月会わなかっただけで一回り大きくなっているように見えた。
コンビニでペットボトルのお茶と一口サイズのビスケット菓子を買った名前はレジに並ぶ途中で、伏黒が度々差し入れをしてくれるチョコレート菓子を見つけた。
「ビターの方が好き」と名前が言ってからは、赤いミルクではなく、黒いパッケージの方を差し入れしてくれている。些細な優しさを思い出して名前はくすぐったくなった。
「高校生って、ほぼ悠仁じゃん」
虎杖は15歳、名前は23歳。8歳の差は大きい。名前にとって虎杖はまだ子供だった。
気持ちが暗く傾いていくのを止めようと、名前は考えるのを止めた。

祖母の病室に戻り、祖母がまだ寝ていることを確認した名前は虎杖の祖父の病室を訪れることにした。
301と書かれたプレートを確認し、病室を覗き込んだ名前は虎杖の姿を見つけて手を振った。
「じいちゃん、名前ちゃんが来てくれたぞ」
「はぁ?頼んでねー」
相変わらずの気性の荒さだと名前は苦笑いを浮かべた。
「こんばんは。ご無沙汰してます」
「おう。はやくこのバカ孫を連れてってくれ」
「バカ孫って……いいお孫さんじゃないですか。ちゃんと会いに来てくれて」
「うるせー見舞いなんかいいから部活させろ、部活。彼女を作れ」
矛先が自分に向いた虎杖は、場を濁すように咳払いをした。なるほど虎杖に彼女はいないらしい。名前からの生温い視線を受け取った虎杖は一層気まずそうな表情を作った。
「じゃあ、私祖母の病室に戻ります」
自分がいても休めないだろうと苦笑いを浮かべた名前は、虎杖に手を振って病室を出た。

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