08

高専の自室に戻った伏黒は、着替えを後回しにして名前から渡された紙袋の中身を取り出す作業に着手した。デパートのロゴが書かれた包装紙を破らないように丁寧に開き、中の箱を取り出す。
「おお……」
箱を開くとふわりと甘い匂いが広がった。中には輪切りにされた数種類のドライフルーツの個包装と果肉入りのゼリーが数種類、加えて伏黒も聞いたことのあるブランドのビールが2本詰められていた。
伏黒はビールを手にとった。どうやら名前は伏黒の年齢を誤解しているようである。
それもそのはずで、伏黒は名前以外に自分のことを何も伝えていなかった。
また、名前を探すために連日昼夜問わず新宿中央公園にいたところ、制服から高校生と察知されて警察官に声をかけられたことがあり、それ以来上着を脱いでいたのも一因であろうと推察した。
ドライフルーツとフルーツゼリーはともかく、ビールは五条に見つかると由々しき事態になると思った伏黒は備え付けのクローゼットの奥に缶を隠した。
ドライフルーツは明日の任務に持っていこうと決め、鞄に入れた。箱に残るは枇杷とグレープフルーツといちごのゼリーだった。
伏黒の部屋に冷蔵庫は無い。寮には共用の冷蔵庫はあるが、高級ゼリーが無記名で置いてあったら誰かに食べられることは明白だった。油性のマジックペンを手にとった伏黒はゼリーの蓋と側面に大きく『伏黒』と書き、所有権を主張した。

着替えてもいないこともあり、このまま冷蔵庫に入れてこようと部屋を出た伏黒は共用キッチンに着いてすぐにその判断を後悔した。
「あれ、恵も小腹空いたの?僕と一緒〜」
五条が共用キッチンにある冷蔵庫を開けていたのであった。
伏黒はとっさに手に持っていたゼリーを背に隠した。
「いや、何今の動き。バレバレでしょ」
態とらしく目を逸し、顔を背けた伏黒の頬を五条は大きな手で掴み、自分の方を向かせた。
「ほら、何隠したの。先生に見せなさい」
五条は長い腕を利用し、伏黒が隠したものを取り上げた。
「おっ、僕の好きな店のゼリーじゃん。しかも旬の果物ばっかり」
「俺のですよ。返してください」
今にも蓋を開けそうな五条に伏黒は急いでゼリーを取り返した。五条の性格はそれなりの付き合いで嫌になるくらい知っている。五条は、食べ物に持ち主の名前が書いてあろうと、それを確認した上で食べるような人物だった。
「僕ちょうど小腹空いてるんだけど。甘いもの食べたい気分。特にフルーツゼリーなんて最高」
目隠しをしていても明らかに五条の目線は伏黒の持つゼリーに向いていた。
「あげません。しつこいです」
「そんな怒るなよ。そのゼリーどうしたの?わざわざ恵が自分で買いに行くとは思えないし」
「貰い物です」
伏黒の挙動に、何かを察した五条の口は弧を描いた。
「……それ、女性から貰ったでしょ」
うりうりと肘で伏黒を小突いた五条は、関心をゼリーから贈り主へと移した。高級フルーツ店のゼリーなど学生が学生に贈るものではない。高専関係者以外からの贈り物なのは確実であった。
「ふーん、なるほどね」
「……部屋に帰ります」
五条の様子に嫌な予感がした伏黒は、ゼリーを冷やすことを諦めて部屋に撤退することを優先した。
「まあまあ、ちょっと先生とお話しようか」
踵を返そうとした伏黒の肩を五条は優しく掴み、その足を止めた。
「なんですか」
「そういえば、新宿のあの呪霊の人どうなったかなって思って。ほら、そこ座って座って」
五条は伏黒の肩を抱いたままソファーへと誘導した。五条も最近は任務が立て込んでおり、伏黒としっかり話せていない。偶々会えたが、現状報告をさせるいい機会だと思った。
「で?何かわかった?」
「身元を調べましたが、呪術界との繋がりはなさそうです。呪いを生みやすいのか憑かれやすいのかは分かりませんけれど、今は週に一回払いに行ってます」
「えっ。週一で行ってんの?」
前半はともかく後半は看過できなかった五条は驚いた。蠅頭レベルならば放っておいても害はないはずだった。
「何か問題ですか」
「まあいいや。呪力は?」
「相変わらず感じられませんでした。俺の式神も見えていませんし、憑いている呪霊にも異変は見られませんでした」
「そっかあ」
本人が呪詛師である可能性は消えた。気になるのは常に呪いに憑かれているということだが、結局彼女が生み出しているのかは不明であるし、伏黒が見たという呪霊操術についても不明だ。
「名字さんはいい人ですよ」
何事かを思案する五条に、伏黒は言った。1ヶ月近く名前を観察しているが、悪人には思えなかった。押しに弱そうな性格だから仕事も断れないのだろう。心身ともに仕事で疲れ切っている名前は放っておけなかった。
「名字さんね。随分親しくなったんだ」
「週一で会ってますから」
「え、会ってんの?」
てっきり近くまで行って、式神を使って呪霊を祓うだけかと思っていた五条は思わず聞き返した。
隣に座る伏黒を見ると、手の中にあるゼリーを手持ち無沙汰に撫でていた。
「ははーん。仲良くなって、それ貰ったんだ。恵モテるもんね」
伏黒が中学生時代、女子に人気だったことは五条もよく知っている。バレンタインデーには両手に紙袋を持って帰宅してきたこともあった。
「別にそういうのじゃないです」
「もしかして年上が好みだったりする?それともスーツが好き?僕は折れそうなくらい細いハイヒールが好き」
「帰っていいですか」
五条の口調から隠せない揶揄いの声色を察した伏黒は、肩にかけられたままの腕を振り払って立ち上がった。
立ち上がった勢いのまま冷蔵庫にゼリーを入れ、五条を振り返った。
「絶対に食べないでくださいね。マジで許さないですから」
目を釣り上げる伏黒に五条はわかったわかったと頷いた。縛りを要求してきそうな勢いである伏黒に少し引いた。
「今度、僕にも名字さん紹介してよ。一度この目で確認したいし」
五条は目隠しを下ろしながら言った。六眼は術式が見える眼だ。伏黒には掴めなかったなにかが分かるかもしれない。
「……」
伏黒は是とも非とも言わずに部屋に戻った。
呪霊操術を使う呪詛師、夏油傑による百鬼夜行が行われてから半年しか経っていない。名前の呪霊躁術を疑う五条の心配は理解しているが、どうにも2人を会わせる気にはなれなかった。
 
 
 
ゴールデンウィークを挟んだ翌々週の火曜日、いつまで待っても現れない名前の姿に、伏黒はついに避けられたかと肩を落とした。
前回余計なことを言ってしまったからだろうかと憂慮するが、時は既に遅しである。嫌われたのかと気落ちする一方で、名前に何かあったのではないかと不安になった。

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