04

帰宅した名前はテーブルの上に貰った栄養ドリンクの瓶を並べ、どうしたものかと逡巡した。
迷惑だったら捨ててくださいと言われたものの栄養ドリンクに罪はない。念の為に小瓶の蓋を注意深く観察してみたものの、キャップが開けられた形跡は皆無だった。ならば飲んでも構わないだろう。テーブルの上に出した栄養ドリンクは全て種類が違うものであったため、一先ずよく見る無難なものを選ぶことにした。
「不味い……」
酸味と甘みがせめぎ合う独特の味は子供の頃に飲まされたシロップ剤を彷彿とさせた。口に含んだ瞬間の抵抗感を抑え、一息に飲み干した。舌に残る後味を消すように朝から出しっぱなしであったお茶を飲んだ。

栄養ドリンクの効果か判らないが、その夜の名前は久しぶりに熟睡ができ、翌日の身体の軽さに驚きを隠せなかった。寝起き特有の頭痛もなく、首と肩の痛みも感じない。
化粧をするために向き合う顔は相変わらず酷い肌荒れをしていたが、目の下の隈は少しマシになった気がした。
 
 
  
1年生1人では寂しかろうという五条の一声により2年生の体術の授業に参加させられることになった伏黒は、パンダと真希が追いかけっこを始めた時点で授業崩壊を確信した。
2年生の担任である日下部も早々に自習と言い渡して姿を消している。当たり前のように五条の姿もなかった。
「ツナマヨ」
「いや無理ですって。先輩が止めてくださいよ」
「おかか。明太子」
狗巻が二人を指差す。真希に追われていたパンダはいつの間にか真希に上乗りになられて呪具で殴られていた。どうせパンダが真希を煽るようなことを言ったのだろう。自業自得だと伏黒はパンダを見殺しにし、手元のスマートフォンに視線を落とした。
「……なんですか」
パンダ達のもとに行くかと思った狗巻が伏黒の隣に腰を降ろした。ぶちぶちと雑草を抜きながら目をパチパチと瞬かせる。そのアイコンタクトを把握できなかった伏黒は首を傾げた。
狗巻も同じように首を傾げる。仲良く鏡合わせのような行動をとる二人の間に気が済んだ真希とパンダが割り込んだ。
「そういえば恵、今日式神一種類ずつしか出してないよな?同時にもう一種類出せるだろ?」
「出せますけど」
「玉犬と鵺出せよ。玉犬と大蛇でもいいぜ」
絡んでくる真希に伏黒は面倒くさそうに眉を寄せた。
「……必要になったら出しますよ」
「ツナツナ」
狗巻が伏黒のスマートフォンを指差すとパンダがそれを取り上げた。直前まで伏黒が触っていたことで画面のロック解除が解けていたことを幸いに写真やメッセージアプリを確認する。
「ないな」
「おかか」
別に見られて困るものはない。困るものはないが、気分の良いものでもない。取り返そうとする伏黒の肩を組んだ真希は、好奇心を抑えられない目で伏黒の顔を覗き込んだ。
「恵、任務で知り合った一般人を式神使ってストーカーしてるってマジ?」
「は?」
とんでもない言いがかりに伏黒は眉を上げた。断じてそんなことはしていない。
「悟が心配してたぞ」
「誤解です。断じて違います」
鬱陶しそうに真希の腕を払った伏黒だが、後ろからパンダに抱きつかれたことにより逃げ場がなくなった。詳しい話を聞くまで絶対に離さないと腕に込められた力が物語っていた。そしてその力の源は心配ではなく興味の一色であることを察した。
「話せよ、恵。なんなら相談に乗ってやるからさ」
「絶対に嫌です」
相談することはなにもない。このまま上級生のおもちゃにされてたまるものかと伏黒は貝より固く口を結んだ。
玉犬を名前の元に通わせているのは事実だが、それは呪いを払うためであり、決してストーカーをするためではない。そもそも五条にも話していないことなのに、何故あの人は把握しているのか。
「たかな」
「あ?なんだよ」
狗巻が真希に差し出した伏黒のスマートフォンの画面には検索エンジンの画面が映されている。そこには女性向け栄養ドリンク特集のページが表示されていた。カロリーを抑えたことを売りにする商品や、パッケージが可愛いことを特徴した商品が紹介されている。
「栄養ドリンク?」
「……真希さんに差し上げようと思ってたんで」
「嘘が下手かよ」
体力の有り余る真希には栄養ドリンクなど必要ない。反射的にとはいえ下手な嘘をついた自覚のある伏黒は授業終了のチャイムを我慢強く待った。 



名前が見覚えのある姿に息を飲んだのは、毎日1本ずつ飲んでいた栄養ドリンクが尽きた翌日であった。
オフィスビルの前に広がる歩道と車道を区切るセーフティフェンスに腰掛けていた彼は、夜で視界が悪いにも関わらず、名前が来ることを知っていたかのようなタイミングでスマートフォンから顔を上げた。
「名字さん」
さり気なく目を逸して踵を返そうととした名前は呼び止められた声に固まった。
「えっ……なんで名前……」
「すみません。この間、社員証を見てしまったので」
そういえば見られたような気もする。
歩道の真ん中で固まる名前の腕を近づいた伏黒は引いた。名前の後ろを無灯火の自転車が通り過ぎていった。
「危ないですね」
「……そうですね」
ポツリとつぶやくように言った伏黒に名前は同意を返した。名前の目は伏黒の片手に向いている。腕を引かれた際に聞こえた特徴的なガサガサ音で気がついてしまったのだが、彼の手にはドラッグストアの袋が握られていた。
名前の視線に気がついた伏黒は、ビニール袋を名前に突き出した。
「どうぞ。ご迷惑じゃなければ」
「……あの、ありがとうございます。でも」
受け取れませんと続けようとした名前を制するように伏黒は袋を握らせた。袋の中からはガラスが触れ合うような音がする。
名前が袋を開き中を確認すると予想通り栄養ドリンクが入っていた。顔を上げると困ったように笑う伏黒がいた。その表情を見てしまっては突き返すのは気が引けた。
「ありがとうございます」
「いえ。俺が勝手にしていることなんで……じゃあ、気をつけて帰ってください」
名前に拒絶されないことを確かめた伏黒の口元は再び緩んだ。
礼儀正しく頭を下げ、去ろうとするその背中に名前は思わず声をかけてしまった。
「あの、お名前を伺っても?」
自分の名前だけ知られているのは不公平な気がしたし、なにより彼のことを少し知りたいと思ってしまった名前の負けであった。
「伏黒です。伏黒、恵」
「伏黒さん……」
連絡先を聞かれることもなく、食事に誘われることもなく帰っていった伏黒に名前の心にはなんともスッキリしないものが残った。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -