05

昨日に続き本日もエレンの巨人化には成功しなかった。明確な意思を持って自傷行為を行うことでエレンは巨人化できるとハンジは報告書にあげていた。一回目に巨人化した時はストヘス区に侵入した巨人を殺すために、二回目に巨人化した時は、幼馴染を砲弾から守るために、三回目は岩で壁の穴をふさぐために、四回目はスプーンを拾うためにだ。巨人化しようという目的意識では巨人化できなかった。

「エレンが巨人化できなかったのは目的が曖昧だったから?それとも自身が気乗りしなかったから?」
「……」
「砲弾を守るときに上半身の骨格が現れたって聞いたけど、なんで完全な巨人体にならなかったんでしょうね」
「……」
「昨日のティースプーンを拾ったときもそう、腕だけよ。巨人になったのは」

エレンの入った井戸が反応しないのを見た名前はエルヴィンにそう問いかける。エルヴィンは口に手を当てて何かを考えていた。もともと返答があることは期待しない。エルヴィンに尋ねた所で答えが帰ってこないことは知っている。井戸から登ってきたエレンはまたも口周りを赤く染めていた。名前は地面においていた救急箱を持ち、エレンのところに向かう。井戸にもたれかかるように座らせたエレンの手に消毒液を振りかけてガーゼを当て、くるくると包帯を巻いた。

「ねえエレン」
「はい」
「あなた昨日どうやってティスプーンを拾おうとした?」
「椅子に座っているときに落としたので、こう腕を伸ばして……」
「そう……ハンジ!」

名前は自分の班員と話しているハンジを呼んだ。エレンから離れた名前はハンジとなにやら話し込んでいるようだ。声は聞こえないが、ハンジが興奮しているのがわかる。髪を振り乱しながら自分の腕をさすり、腕を天にのばす。

「何を話していた?」
「あっ、昨日巨人化したときのことです」
「それだけか?」
「はい」
「まあいい、少し休んでおけ。また昨日みたいにいきなり巨人化するんじゃねーぞ」

リヴァイはエレンにそう伝え、ハンジと名前のところに向かった。ハンジが聞いて聞いてとリヴァイに話しかけた。息を荒くするハンジではなく名前にどうした、と聞く。

「エレンは必要部分だけ巨人化することもできるんだと思う。エレンが砲弾を防いだ時とスプーンを拾ったとき。どちらも完全な巨人化はしなかった」
「そうだな」
「ティスプーンを拾い上げたとき、エレンは椅子に座ったままで腕を伸ばしていた。几帳面なあなたにはわからないでしょうけれども、座っている時にものを落とした時って立たずに、座っている場所からなるべく動かないで拾おうとするもの。エレンがあの時に必要としたのは、もっと遠くまで伸ばせる腕だったって考えられない?」
「砲弾の時も、か」
「幼馴染を守るための砦としての骨格と、飛んでくる砲弾を破壊するための腕があればよかったのよ」
「エレンが部分的に巨人化できるかもしれないという仮説はわかった。だが、今必要なのはエレンの巨人化をコントロールすることだ。其れ以外は後で考えればいい。今お前が考えるべきはどうすればエレンが実験の為に巨人化できるかだ」

リヴァイの言葉に名前は興が削がれた。ハンジと楽しそうに話していた表情から一変して仏頂面になる。それを近くで見ていたリヴァイ班のメンバーは顔を引き攣らせた。

「分かっている。だからエレンにも言わずに個人的にハンジに話したんじゃない。今は休憩時間でしょ。私がハンジと何を話そうが自由よ」

名前のいうことも間違っては居ないし、リヴァイの言いたいこともわかる。お互い言い方を学んだほうがいい。ハンジはそこまで、と二人の間に割って入った。名前の肩を後ろからエルヴィンが叩く。

「名前、そろそろ本部に戻る準備をしよう」
「おっけー了解、エルヴィン」

にこやかに笑った名前がエルヴィンに寄り添って歩くのをハンジとリヴァイは見送った。やれやれと首を振る。その脛をリヴァイは特に意味もなく蹴り飛ばした。悲鳴をあげて脛を抑えるハンジに彼女の班員が困ったようにおたおたする。

「あのう」
「お前も余計なことは考えずに巨人化できるよう知恵を絞れ」

ひゅん、とエレンの耳元を掠めた何かにエレンは首をすくめて驚愕した。ばすっと重い音を立ててリヴァイが片手で受け止めたのは真っ赤に熟れた林檎だった。エレンが振り返ると名前は林檎を宙に投げながら歩いている後ろ姿が見えた。あの距離である。恐らく全身で振りかぶって投げたのだろう。

「やる」
「あ、はい……ありがとうございます」
「チッ」

リヴァイは軽く痛みを感じる掌を眺めた。林檎の赤が移ったかのように赤くなっていた。そのままエレンが齧る林檎を横目で見る。その視線に気がついたエレンは再び凍りついた。視線が冷たい。普段から恐ろしいと思っていたがリヴァイの目だが、それの比ではなかった。リヴァイの視線が逸らされ、エレンは浅く息を吸った。林檎は甘かった。



エルヴィンと名前が本部に戻り、リヴァイとハンジはエレンの実験について話し合っていた。先ほどまではモブリットもいたが、彼は体を清めに行ってしまったので今は二人だ。名前が置いていった実験ノートをぺらぺらと捲るリヴァイは冷めたコーヒーを啜った。

「いいの?リヴァイ。このままじゃエルヴィンに取られちゃうよ?」
「取られるもなにもあいつは俺の恋人でもなんでもないだろ」
「そうだけどさ。リヴァイはそれでいいのかな」
「ああ」
「そう」

ハンジの物言いたげな視線にリヴァイは眉を寄せる。新兵が入ってくる季節になると毎年のように話題にあがる名前とリヴァイだったが、五年以上も付き合っている輩からとやかく言われることはなかったのに、最近はハンジやらミケやらも名前について口を出してくる。原因は名前が団長班に戻ることにあるのは知っているが、彼女がエルヴィンの班に戻ったとしても現在の状況からなにかが変わるとは思えなかった。

「コレ以上マイナスになるわけねーだろ」
「あなたたちって本当にすごいよね。ってかその状況でどうして結婚しようなんて思ったのさ」
「……俺は別にあいつのことを嫌いだと思ったことはない」
「あんなに敵意むき出しにされてても?本当に謎。巨人ほどじゃないけど興味あるなあ。てか恋人期間無しで結婚って本当にどうしたの」
「今更そんなこと聞いてどうするんだ」
「もう時効でしょ。当時は恐ろしくて聞けなかったんだよ。だってあなた達、結婚ってワードだすとイライラしてたじゃない」
「だろうな」

恋人という期間はお互いを知る期間だ。時間をかけてお互いの底まで知り、それを享受してなお共に生きると決めたのならば結婚をする。名前とリヴァイはそれこそ出会って半年もしないうちから底の底まで見せ合っていた。だから付きあおうとも思わなかったのだ。お互い憎みあっていると思われても仕方ない状況で婚姻を結んだのかは一言で言えばリヴァイの気まぐれと名前の我儘だ。

「あなたからプロポーズしたんでしょう?よくエルヴィン一途の名前を落とせたわね」
「俺と恋人ごっこはゴメンだそうだ。だが、ウエディングドレスは着たかったらしくてな」
「………なんていうか、君も大変だね」
「結婚してくれといったら頷いた。許可をもらって直ぐにお前たちに報告にいっただろう」
「名前のこと、本当に愛していた?」
「……さあな」

やれやれとハンジは頭を振り、空になったカップを遠ざけた。最近の名前を見ていて思うことがある。ハンジはそれをリヴァイに伝えるべきか判断できなかった。恋愛事の話題は楽しいが、同時に厄介なことに繋がることも知っている。特に調査兵団という場所はそうだ。恋人が死んで後を追った人間を何人も知っている。リヴァイも名前もそんな無責任なことはしないと思っているが、どうだろう。

「名前のドレス姿みたいなあ」
「そうだな」
「……」

ハンジは目を瞬かせた。リヴァイを横目で見る。リヴァイは新聞に目を通しながら返事をしていたようだ。ハンジも名前の書いたノートに手を伸ばしぺらぺらと意味もなく捲った。彼女なりの考察はおもしろく、議論をしたいと思わせる。名前が本部から帰ってきたらこの件について話し合ってみよう。

「名前が泣いていた」
「え?」
「一昨日だ」
「どうして?」
「知らん。今までもたまにあったが今回は理由も言おうとしない。お前は何故だと思う?」

リヴァイの表情からは読み取りづらいが、心配しているのだろう。一昨日。何かあっただろうか?ハンジにはあまり思い当たるフシはない。まあ、あの子はたまに情緒不安定になるから、と言った。リヴァイは曖昧に頷く。いつも彼女の神経はピンと張り詰めているのだ。その糸が切れないように適度に弛ませてきたつもりだったが、たまにプツンと切れてしまう。それが一昨日だったのだろう。

「最近名前も忙しかったからね。疲れてたんじゃない?」
「なかなか俺に会えなかったからだろ」
「あなたたち恋人じゃないでしょ」
「元夫婦だ」
「口約束のね」

ハンジは胡乱な目を向けた。この男は一体何を言いたいのだろう。どうも意地悪をされているような気分になってきた。ハンジは名前のノートを机に戻し、膝の上に肘を立てて手を顎に当てる。リヴァイの指にも名前の指にも結婚指輪と呼ばれるものがあったことはなかった。口頭の約束は無意味だ。

「名前は恋をしているね」
「……」
「誰にかはわからないけど、きっと名前は恋をしているよ」

よっこらせ、と椅子から立ち上がり、ハンジはリヴァイの部屋を後にした。風呂には昨日はいったばかりだから今日はいいだろう。ハンジが研究用の部屋に戻ると、モブリットは髪をタオルで拭いながら、二ファ達と共にハンジが殴り描きをしたメモを解読しようと唸っていた。その光景をみて、ハンジは自分の心が満たされているのを感じる。きっと 名前に必要なのは、この充実感だ。

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