04

名前はミカサを伴につれて訓練兵団の教官であるキース元調査兵団団長を訪問していた。エレンについて何か聞けることがないかと思ったのだ。交友関係、性格、癖。なんでもいい。エレン・イエーガーという人物を深く知る手がかりを探そうと思ったのだ。ミカサに指導される105期訓練兵の訓練を窓から眺めながら名前はキースとお茶を交わした。

「奴のことなら審議所の報告書で上げた事以外答えることはないぞ」
「まあ、そうだとは思ったのですが、エルヴィン団長が念のため、と言っておりまして」
「……そちらは大変そうだな」
「人が巨人になるということは今まで考えられなかったことですからね。混乱するのも仕方ないでしょう。エレンの登場にハンジ分隊長は狂喜乱舞ですよ」
「あいつめ……うっかり殺さないよう伝えておけ」
「もちろん」

キースはすっかり大人の女性となった名前を懐かしみを込めて見た。立体機動に特化していた彼女に目を付けたのがキースであり、団長自ら勧誘を行った結果、名前は調査兵団に入団することになり、新兵でありながら団長班にはいることになったのだ。あれから十年近く経ってしまった。新兵だった彼女は調査兵団で生き延び、人類最強を支える双翼となっている。エルヴィンがリヴァイを連れてきた時のことを思い出してキースは笑った。

「まだリヴァイとは仲が悪いようだが」
「……お恥ずかしながら」
「エルヴィンもさぞ苦労しているだろうよ。調査兵団の兵士長と兵士長補佐官は大層仲が悪いらしいとこんなところまで聞こえてくる」
「本当に恥ずかしいばかりです……」

名前の顔は羞恥で赤く染まる。リヴァイとの確執でキースにも多大な迷惑をかけた自覚はある。特にキースがリヴァイを兵士長に据え、名前をその補佐に任命した時には大迷惑をかけた。若気の至りとも言えない年齢だったと名前は反省する。

「エルヴィンとではなくリヴァイと婚姻を結んだとミケから聞いた時には心臓が止まるかとおもったぞ」
「いや、もう本当に勘弁して下さい……ミケとハンジとエルヴィンにしか言ってなかったのに……まあ、どうせすぐに立ち消えた話です」
「いったい何が起こったのかいつか聞こうと思っていた。そのチャンスがやっと訪れたようだな」

名前は話したくないと体全体で表現していた。だがそれで引き下がるキースではない。恐らくエルヴィンよりも名前の扱いに長けているキースは数秒で名前を折れさせた。重たい口を開き、しぶしぶと話し始めた。

「壁外で落馬して陣から逸れた私を見つけたのがリヴァイだったので、まあなんというか其れ以降関係が変わりまして」
「ほう…」
「いやでもあんまり変わらなかったんですけど、流れといいますか……」
「観念してはっきり言うんだな」

羞恥と後悔で名前はぷるぷると震える。本当に一時の気の迷いだったのだ。エルヴィンが団長になり初めての壁外調査だったこともあり、調査兵団全体で落ち着きがなかったとも言える。左翼索敵は奇行種だけでなく足の早い通常種の攻撃も受け、壊滅しかけていた。方向転換した陣から切り離され、援軍に向かい、取り残された名前たちは平地での戦いに見切りをつけ、近くに見える森へと進んだ。だが、運が悪く、森の中に居た巨人たちに囲まれてしまったのだ。木の上に避難することになった名前達は馬からも離れてしまった。

「次々と木に激突してくる巨人のせいで、私以外の者は食われました」
「……」
「取り残された木の上でガスも切れて死を覚悟しました。自分の下では部下が食われ、五体の巨人が血まみれの口を開いてずっと私を見てくるんです」
「飛び降りなかった精神力を褒めたいところだな」
「まあ、エルヴィンに破局を言い渡されまして自暴自棄になっていたんで恐怖はあまりありませんでしたね。怒りと諦めで呆然としていました」
「よくリヴァイはお前を見つけられたな」
「私の愛馬がよりによってあいつを連れてきたんですよ」

不貞腐れたように名前は言う。自分の大ピンチに駆けつけたのが、よりによってリヴァイ。白馬の団長様じゃなくて、黒馬の兵士長だったのだ。エルヴィンのいる中央に行った自分の馬を見てリヴァイがを行かせたと聞いたことで、名前はエルヴィンにとって自分はもう特別ではないのだと分かった。

「キース教官、キース教官は、恋人はいらっしゃらなかったのですか?」
「若い時にはいたさ」
「その人と世帯をもとうとは思わなかったのですか?」
「思ったことはある。だが、食われちまったからな」
「そうですか」

窓の外を見るとバランス感覚を鍛える訓練をしていた訓練兵は解散していた。ミカサは恐らくこの部屋の外で待っているだろう。エレンの情報がえられないなかでこれ以上キースの時間を貰うわけには行かないので、名前は退散することにした。紅茶の礼を言い、名前は席から立ち上がった。

「生きて戻ってこい」
「ええ。まだ死ねません」

名前は笑ってそういった。部屋から出ると扉の横の壁にもたれかかるようにしてミカサがいた。名前の姿を見て心臓を捧げる仕草をする。その目が少しだけ泳いだことを疑問に思ったが、其れには触れず帰ることにした。

「補佐官。エレンについて何か聞けましたか」
「これといったことは聞けなかったけどまあ、そうだとは思っていたからいいわ」
「そうですか……」
「ミカサからみてエレンはどう?調査兵団の一員として、巨人の力を奮えると思う?」
「巨人を倒すという目的は一致していますから。ただし、一度突き進むと止まれなくなる性格なので心配です」
「そっか」

名前は表情を曇らせた。リヴァイ班に彼を止められるだろうか。もちろんリヴァイがいればエレンの項ごとそいで彼を外に出せるだろう。だが、リヴァイがエレンに構っていられない時に、例えば巨人の群れに囲まれた時にエレンが暴走したら、と考えると名前の心は重くなる。エレンの力が巨人に対してどの程度通用するのか試したいところだが、まだ実戦で使うのは早いだろう名前はミカサの言葉を受けてエルヴィンにそう提言することを決めた


 
リヴァイがエルヴィンと会議に出ていたため、エレンの監視代理を言い渡された名前はエレンを連れて104期生の元に来ていた。ミカサがいち早くそれを見つけ、表情を明るくする。彼らは明日、本部に戻ることになっている。次は壁外調査まで会えないだろう。もしかしたら今生の別れになるかもしれないと思った名前はエレンを友人たちに会わせることにしたのだ。

「遠慮無く喋ってきなさい。一時間くらいしかあげられないけど」
「いいんですか?」
「いいって言っているでしょう」

エレンは同期に駆け寄る。名前は樹の根元に座り、持ってきた本を開いた。時計をちらりと見る。会議終了予想時刻を考え口角をさげた。エレンはというと立ったまま同期と話している。昼休憩なのだからもっと崩してもいいのに、と思ったが、恐らく名前が近くにいるせいで公私混同ができないのだろう。たまに彼らがこちらをちらりと見てくるのが気になる。耳を澄ますと『補佐官』『兵長』という単語が聞こえた気がした。

「兵長と補佐官って本当に仲悪いんだな。新兵勧誘会の次の日に言い争っていたのを見たぞ」
「馬鹿、コニー声がでけえよ。名前さんがそこにいるんだからもっと声を小さくしろ」
「で、どうなんだよエレン。あの二人の喧嘩ってどんな感じなんだ?」
「そんなこと聞いてどうするんだよ。まあ、こないだは講堂の窓と廊下に穴を開けいてたな」
「……まじかよ」

確かに廊下に開いた穴を見た。だが、まさかそれが二人の喧嘩の遺産だとは思わなかった。少し引いたようにコニーは頷く。

「いや、名前補佐官って憧れのお姉さんって感じするじゃん?俺も話してみたいなあ、って」
「やめとけ。馬鹿がバレるぞ」
「うっせーなジャン。お前も名前さんに話しかけようとしてたじゃねーか」
「な、ほっとけよ」

コニーとジャンの下らない遣り取りに水を差したくなったエレンだったが、確証のない噂話を話すのはよろしくないので口を噤んだ。そんなエレンのジャケットの裾をミカサはちょいちょいっと引く。同期の輪から離れ、アルミンとミカサとエレンだけでレンガの柵に腰掛けた。

「補佐官とあのチ……リヴァイ兵長が元夫婦だって聞いた」
「はあ?!」
「しっ……静かに。名前さんがキース教官に言っていた」

ミカサのカミングアウトにエレンの顔は蒼白だった。あの二人が元夫婦だなんて信じられない。本当に信じられない。彼らの姿はどの角度から見ても自分の母と父に重ならなかった。なにより名前とリヴァイが愛を交わしている様子が全く想像できない。

「お前の聞き間違えじゃないのか?」
「そんなはずはない……と思う」
「だって名前さんはエルヴィン団長と付き合っていたんだぞ」
「傷ついているうえに壁外調査でピンチだった名前さんにつけこんだらしい」

ミカサの偏見が十二分に込められた情報を耳に入れたエレンは再び驚愕をする。ミカサの話を聞く限りリヴァイが名前を卑怯な手で手に入れたみたいではないか。リヴァイを庇う気持ちもあり、ありえない、信じないと繰り返すエレン。
アルミンはそっと名前を見た。本を読みながらリラックスしているようだ。時々目を閉じている。眠たいのだろうか?

「名前さんと兵長の話は僕もたまに聞くけど、いろいろ謎みたいだね」
「お前も聞くのか?」
「先輩方が嬉々として話すから……まあ、ハンジ分隊長が補佐官の同期だから、本当の事が知りたいならあの人に聞くのがいいと思うけど」
「そうか……」

エレンは迷った。好奇心はあるが、知ってどうなるものではない。確実に名前とリヴァイの不興は買いそうだ。その二人の話題から話をそらし、訓練について話始める。長距離索敵陣形どの配置についてや班について。乗馬が得意ではないアルミンは不安がっている。

「まだあと半月あるんだ。それに今回は行って帰ってくるだけの試行らしい。気負いすぎないほうがいいと思うぜ」

ミカサが名前の方を見て息を呑んだ。ミカサの反応を見てエレンとアルミンも釣られてそちらを見ると会議が終わったらしいリヴァイが名前の前に立っていた。名前は熟睡しているようでリヴァイが側にいることに気がつかない。リヴァイと目があったエレンは思わず息を飲んだ。

「……ったく」

地に落ちた本を拾い、表紙についた砂埃を払う。エレンと目があったリヴァイは眉を顰めた。監視を任せたはずなのに。名前の肩をそっと揺する。頭がぐらぐらと揺れ、肩に乗っていた髪が落ちた。

「名前、起きろ」
「あ……」
「涎垂らしてんじゃねーよ汚えな」
「垂れてないし。痛い」

名前の口角を指で拭ったリヴァイに対し、名前は眠気が冷めやらぬ声で答える。目をこすり、時計を見た名前はまだ三十分程度しか経っていないことに眉をあげた。予想より大分早く終わったものだ。リヴァイから本が渡される。

「もう終わったの?」
「ああ」
「そう」

ミカサがおかしな話をしたせいかせいかもしれないが、エレンとアルミンにはリヴァイと名前がお互いに口数が少ないものの、互いの意思を分かり合っているようにも取れる。大欠伸をする名前に向けるリヴァイの目も、睨んでいるようにも見えるが慈愛が込められているようにも……見えない。ぶんぶんと頭を降ったエレンは慌てて二人の元に駆け寄った。

「戻るぞエレン」
「はい」

リヴァイはエレンを連れて旧本部に戻っていった。名前は木の根元に座ったまま本を開く。彼女を置いていっていいのかわからなかったエレンはリヴァイの後に続きながらもちらちらと名前に視線を送った。彼女の手から本は再び滑り落ちている。

「チッ」

リヴァイの舌打ちに背筋が伸びる。リヴァイとエレンとすれ違うように来たエルヴィンは木の根元で眠る名前を見て、世話のやける部下だと笑みを浮かべた。

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