04

新宿署の寮は他署に漏れず、先輩と後輩の二人部屋である。土方も後輩にあたる沖田との二人部屋で生活していた。部屋は広めの1LDKであり、それぞれに寝室など無い。一つの寝室に二段ベッドを置き、先輩にあたる土方が下の段を使用していた。
二段ベッドの下というのは疲れ果てた際にすぐに布団に倒れ込めるというメリットもあるが、沖田が寝返りを打つ度に軋む音と振動がダイレクトに伝わってくるというデメリットもある。時には嫌がらせのように騒音を立てられることもある。
「説明しろ!!!誰だこの女はァァアアア!!!!」
今、目の前の光景は沖田が過去にしてきたどんな嫌がらせよりもダメージの大きいものだった。
土方の怒号により目を覚ました沖田はバツが悪そうな顔で上段のベッドから降り、頭を掻いた。そんな沖田の胸倉を掴み、問いただそうとした土方は、沖田も自身と同じく下着一枚であることに気が付き目を剥いた。
「やめてくだせェ。違いますぜ、土方さん。俺も抱く女は選びまさァ」
沖田はカーテンを開け、下段の土方のベッドで熟睡する名前の頬をペチペチと叩いた。
夏の明け方は薄暗く、名前の目を覚まさせるには明るさが足りなかった。
「おーい朝ですぜ、名前さん。ちと早いですが起きてくだせェ」
土方の怒鳴り声も気にかけず泥沼のように眠っていた名前は沖田の攻撃から逃れるように腕を回し、体を丸めた。拭えぬ疲労感は鎖のように体を重くする。誰になんと文句を言われようと、今は未だこの惰眠を中断するつもりはなかった。
名前を起こすことを早々に諦めた沖田は弁解をするべく土方を振り返った。
「あーこりゃあ起きやせんね」
「お前、さっき名前って言ったな?名前ってあれか、俺達が追わされている殺人容疑の名字名前か?正気か?」
「やだなー土方さん。ちゃんと連絡入れたじゃないですか」
「全部不在着信だっただろうが!!!」
「とりあえずお互い服着やしょう」
お互い下着姿であることを思い出した土方は、一時休戦を提案する沖田の言葉を飲み込んだ。

ラフなスエット姿になった沖田はリビングのローテーブルの前に腰掛け、灰皿を置いた。この寮自体は禁煙であり、普段は換気扇の下でしか喫煙を許していなかったが、この状況では土方の怒りのボルテージは登る一方であろう。少しでも怒りを和らげるために沖田は喫煙を許した。
「で?なんであの女が俺の布団で爆睡してんだ」
煙草の煙を深々と吸い、肺の奥まで有害物質で満たした土方は、吸った時と同じ勢いでその煙を吐き出した。勢いよく曇る視界に沖田は持っていた団扇を扇いだ。
「俺が帰宅したときにはもう居たんでさァ……自分が手配されている理由を聞きに来たみたいですがね、ついでにしばらく匿ってくれって」
「お前は自分の職務を忘れたのか?犯罪者に情報漏洩した挙げ句、匿ってどうするんだ」
沖田の正気を疑うかのように頭を抱えてみせた土方は灰皿に一本目の煙草を押し付けた。
予想以上に早いペースに換気扇だけでなく、窓も開けておくべきだったと沖田は思った。
「俺はあの人が殺人犯だなんて信じられやせんけどね。それに、俺とあんたはあの人に借りがある」
「借りだと?」
土方は箱から取り出した二本目の煙草を口に加えた。沖田の言う借りに心当たりはない。なんなら、昨夜が初対面のはずだった。
「一年前、姉上の命を救ったのはあの人でさァ……あの時、名前さんが居なけりゃ、姉上は今頃生きていやせん」
「ミツバが……?」
「俺は、姉上と警察官の職務を天秤にかけるなら、姉上をとりますぜ」
ふてぶてしく笑う沖田だが、その言葉が真実であり、本音であることを土方は理解していた。
一年前、弟の様子を見に上京してきたミツバが犯罪に巻き込まれた事件があった。土方としても、忘れられない事件である。その事件と名前がどう関わっていたのか、土方は全く知らなかった。つまり、沖田が口外していない何かがあったということだ。
それを今更問い詰めようという気はしなかった。
「……バレたらお前の首は飛ぶぞ。お前だけでなく、俺と近藤さんも懲戒解雇処分は間違いない。わかってるんだろうな」
「バレねーようにすりゃ、いいんでしょう」
沖田はテーブルの上のライターを手に取り、火をつけて土方の加える煙草に火をつけた。



午前九時過ぎ、名前は起床した。満足のいくまで睡眠を貪った体は軽いが、頭は鈍く痛む。枕が合わないせいだと名前は使用していた煙草の香りがする枕を軽く叩いた。
ベッドの上を見るもすでに沖田の姿はなく、耳をすませるとリビングルームで物音が聞こえた。
寝ぼけ眼を擦りながら向かったリビングルームにも沖田の姿はなかった。
「えっ誰?」
「それは本来、俺の言葉なんだけどな」
苛立ちを押し付けるように土方はライターをカチカチと鳴らした。
換気扇の下で煙草を咥える姿を見て名前は自身の借りた布団の持ち主が彼であることを察した。
ならば彼が沖田の言っていた土方なのだろう。昨夜は暗かったこともあり、顔はよく見えなかったが、土方の声に聞き覚えはあった。
「沖田くんはどこに?」
「あいつは仕事だ」
「あなたの仕事は?」
「生憎今日は非番でな。あんたの見張りが俺の仕事だ」
叩き出されるかと思っていた名前は土方の意外な返答に眉をあげた。
「朝飯ぐらいだしてやる。早く顔を洗ってこい」
土方に促され、名前は洗面所に向かった。鏡に映った顔は疲労の色が濃く、顔色の悪さに思わず頬を擦った。

リビングに戻るとローテーブルの上には焼きそばパンとマヨネーズが置かれていた。
土方は相変わらず換気扇の下で煙草を吸っていた。
「……いただきます」
土方の視線に晒されてながら名前はコンビニで買ったのであろう焼きそばパンの封を開けた。食べようと口を開けたところでこれ見よがしに置かれているマヨネーズの存在がその手を止めさせた。
「…………」
わざわざ冷蔵庫から出してくれただろうそれを無視するのも忍びなく、少しだけ、焼きそば部分にマヨネーズをかけた。
マヨネーズは嫌いではない。当たり前の様に卓上に並べられていることに違和感はあったが、味のアクセントとしてかけることに抵抗は無かった。
マヨネーズをかけた焼きそばパンを頬張っていると煙草を吸い終えたのか、土方が天然水のラベルが貼られたペットボトルを二本持って近づいてきた。
無言で差し出すそれを受け取った名前は軽く頭を下げた。
「マヨネーズ好きに悪い奴はいねェ……遠慮せずにもっと掛けてもいいんだぜ」
「は?」
土方はマヨネーズを手に取り名前が持っていた焼きそばパンに勢いよく吹きかけた。
慌てて名前はその手を止めた。三分の一ほど食べ終わっていた焼きそばパンの、残りの三分の二には蛇行する川のように溢れんばかりのマヨネーズがぶちまけられた。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -