03

もう一度北斗心軒の様子を見に戻ると言う桂と別れた名前は西新宿の外れにある自身のマンションを目指した。
闇医者という職業は恩も買いやすいが恨みも買いやすく、定期的に住む場所を変えていた。それでも待ち伏せされている可能性があると考慮して、名前はマンションのワンブロック先から周囲の様子を伺いながら歩いた。
道路から見上げたマンションの自身の部屋の明かりは着いていなかった。

マンションに着いた名前は、一階のエントランスのオートロックをカードキーで解除した。階段を上がり、二階の自身の部屋があるフロアの様子を伺うが全く人の気配はない。廊下の突き当たりにある自身の部屋の扉に手をかけ、鍵がかかっているかを確認した。
「…………」
僅かな抵抗の後、扉は開いた。名前は山崎から奪った拳銃の撃鉄を取り出し、握る。
ゆっくりと扉を開け、玄関に足を踏み入れた名前は玄関のブレーカーの側にある警備システム通報ボタンを押した。
鳴り響く警報音と共に部屋に踏み込んだ名前は暗闇に向かって拳銃を構えた。人の気配は無い。しかし、部屋は台風でも通り過ぎたのかと思うほどに物が散乱していた。
銃をおろした名前は部屋の明かりをつけ、改めて部屋の惨状に眉を寄せた。引き出しという引き出しは開け放たれており、中身は無造作に床に投げ出されている。洗濯機の中に入れていた洗濯物まで荒らされていることに気がついた名前は深い溜め息を吐いた。
ワンルームの部屋に足の踏み場はない。パンプスを履いたまま部屋の奥のクローゼットまで歩き、ごちゃごちゃになった鞄の山の中から大きめのボストンバックを引きずり出した。
後五分もすればセキュリティ会社の警備員が駆けつけるだろう。それまでに家を出たい。
床に散らばった下着やら化粧品やらを掻き集め、ボストンバックに乱雑に詰めた名前は貴重品を探した。通帳を隠しておいたカーペットを捲るが、そこに探しものはない。慌てて冷蔵庫の野菜室も見るも、隠しておいた印鑑や貴金属は無くなっていた。
「もう本当になんなの……ありえないわ……」
着ていた黒いワンピースを脱捨て、クローゼットの中から似たようなデザインのワンピースを引きずり出した。電線したストッキングを洗濯機に放り込み、新しいものを履いた。

ボストンバックを肩に背負った名前は部屋に鳴り響く警報音をそのままに踵を返し、玄関から部屋を出る。怒りを込めるようにヒールの音を鳴らしながら小走りでマンションの非常階段を降りた。



近藤と話があるという土方を新宿署に残し、先に帰寮した沖田は、部屋の明かりが点いていることに違和感を覚えた。部屋の鍵を持っているのは部屋の住人である土方と沖田の他に、上司にあたる近藤と寮の管理人だけであり、土方と近藤はまだ新宿署にいるはずである。残る選択肢である寮の管理人は、同意もなしに部屋に立ち入ったりしない。
「……一体誰でィ」
玄関には見覚えのない女性物の靴が、沖田と土方の革靴に紛れて置かれていた。沖田の脳裏に姉の顔が浮かんだが、彼女が連絡も無く訪ねてくるとは思えなかった。
玄関と扉を隔てたリビングからはニュース番組の音声が漏れていた。不法侵入にしては図太い犯人だと沖田は勢いよく扉をあけた。
「…………」
「こんばんは、沖田くん」
ミネラルウォーターのペットボトルを片手に床に座る女は、数時間前に見た顔だった。
「……名前さんじゃねーですか」
「私の名前、覚えていてくれていたのね。さっきは随分と他人行儀だったから、てっきり私のことなんか忘れてしまったのかと思ったんだけど」
「そんな嫌味を言いにわざわざ来たんですか?あんたも物好きなお人だ」
沖田は持っていた鞄を床に下ろし、上着を脱いだ。部屋の隅に置かれた冷蔵庫の中からマジックで土方と書かれた発泡酒の缶を取り出し、開けた。
「お姉さんは元気?」
皮肉げに口角を上げた名前は、立ったまま壁にもたれ掛かり酒を煽る沖田に問いかけた。その言葉の奥に込められた恩着せがましさを正確に汲み取った沖田は、目を合わせること無く、おかげさまでと低い声で答えた。
「で、なにをしに来たんですか?自分が警察に追われていることは勿論ご存知ですよね?」
「ええ、存じ上げていますとも。それについて聞きにきたの。私、全く心あたりがないんですもの」
北斗心軒の店の前で土方は殺人事件の重要参考人だと言った。警察に追われるようなことをしている自覚はあるが意図的に人を殺した覚えはない。
首を傾げる名前に沖田は眉を寄せた。
「俺たちも詳しいことは知らされてありやせん。ただ、内密に捕らえろという命令があんたの顔写真を添えて回ってきただけでさァ。今の所公に指名手配はされていないっぽいですがね」
「誰からの命令?殺されたのはいつ?誰?」
「……公安の佐々木から。殺されたのは一橋党に所属している秘書官らしいですぜ……二週間前に大江戸川に浮いているのが見つかりやした……ここからは独り言ですが、数年前から秘書官やら政治家やらの行方不明が相次いでいまさァ。土方さんは今回死体で見つかった秘書官と行方不明になっている奴らが繋がっていると考えているみたいですぜ」
「一橋党?」
残念なことに名前は政治に疎かった。スマートフォンで一橋党のホームページを検索しだす名前に沖田は白い目を向けた。
「まあ、あんたが下手人だっていう証拠があるのかないのか、俺達は知りやせん」
党首、喜々の写真を見て、名前は点けっぱなしにしていたテレビ画面に視線を戻した。賑やかなニュース番組が映る画面には、今まさに見ていた男が映っていた。
何にせよ、政治家と接点を持った記憶もなければ、殺した記憶もない。二週間前なにをしていたかと聞かれれば曖昧だが、証拠は上がるはずもない。
「沖田くん、一つお願いがあるんだけれど……」
足元にあるボストンバッグを指差して笑う名前に、察しのいい沖田は分かりやすく顔を歪めた。



丑の刻を過ぎた夜道を、隈の滲んだ目元を擦りながら歩く土方はスマートフォンに残された夥しい不在着信の数に首を傾げた。着信履歴は沖田総悟の名前で埋まっている。不可思議なのは留守番電話に一件の録音がないことと、仕事用の携帯には一件も着信が来ていないことだった。
かけ直すか迷った土方だったが、寮は目の前だったし、この時間ならば沖田も寝ているだろうと気を遣った結果、そのままスマートフォンをポケットにしまった。

帰寮した土方は自分と同じく眠たそうな管理人に軽く手を上げ、エレベーターに乗り込む。三階のボタンを押し、小さく欠伸をした。思い返せば昨日も徹夜だった。抗うのも限界に近づきつつある眠気を堪え、土方は自室の鍵を開けた。
部屋の電気は暗く、物音一つしない。土方の予想通り沖田は寝ているのだろう。なるべく足音を立てないように室内を歩き、風呂場へと直行した。
シャワーで埃を落とした土方は乾燥機の中から自分の下着を取り出し、身につける。冷房の温度は28度の推奨を厳守しているため、少しでも快適さを求めるなら身にまとう服を減らすしかない。男二人の生活のため、誰に遠慮することもない。
このまま寝てしまおうと洗面所から出てリビングを通り、二段ベットのある寝室の扉を開けた土方は目の前の光景に思考が停止した。
「……総悟ォォォオオオオ!!!!」
午前四時の薄暗い空に土方の怒号が響いた。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -