02

トラブルを可能な限り避けて通る習性のある歌舞伎町の住人も銃声がしては看過できないのか、銀時と桂が銃撃してきた男たちを厨房にあった麻縄で縛り上げているとパトカーのサイレン音が近づいてきた。
そのサイレン音に革命家として脛に傷をもつ桂は顔をしかめた。
「ヅラ、行けよ」
「……すまない。幾松殿、また連絡する」
銀時の言葉に桂は申し訳なさそうにしながらも足早に立ち去った。幾松はその背中に向かって手を振る。その意味が連絡を待っている、なのか、もう来るな、なのかは名前にはわからなかった。

桂が立ち去ってすぐに、パトカーのヘッドライトが夜道を照らし、店の前に立つ三人の姿を捉えた。
四人組の最後の一人を縛り終えた銀時は店の前に止まったパトカーから降りてきた山崎に向かって手を上げた。
「旦那ァ!銃声がしたって通報があったんですけれどまたあんたか!」
「俺が銃ぶっぱなしてる常連みたいな言い方やめてくれない?俺、どっちかというと被害者なんだけど」
銀時は不満を込めて山崎の足を蹴った。
山崎は道に転がっている縛られた男たちと銀時の姿を確認し、なるほどと頷いた。どうやら縛られている男たちが犯人のようだ。男たちのそばに転がるマシンガンに山崎は目を剥いた。
「旦那達、怪我は?救急車は?」
「俺たちは掠り傷くらいだ」
マシンガン相手に軽症とは一体この男は何者なんだと出会ってから幾度となく湧き上がる疑問を山崎は再度浮かべた。
パトカーからは無線の音声が漏れている。
山崎が転がる男たちに縄の上から手錠をかけていると、道の反対側から応援のパトカーが到着した。
二台のヘッドライトに挟まれる形になった名前はその眩しさに、手を顔の前に翳した。パトカーから降りてきたのは新宿署の沖田と土方だった。

土方は扉が倒された店内と山崎が手錠をかけた男たちと、服の埃を払う銀時たちを目で追い、銀時の後ろで服の埃を払う名前の姿に目を細めた。
「総悟」
「間違いねーでさァ……別件でちょっと署までご同行願いませんかお姉さん」
沖田は手錠の輪に指を入れ、くるくると回しながら名前に近づいた。
「……もしかして私?」
「アンタしかいないだろ」
自身を捉えようとする沖田の動きに名前は反射的に飛び退いた。
路地は狭い。山崎と沖田に挟まれるように立っていた名前は、結果的に山崎の方向に身体を踊らせることになり、たまたまその着地地点の側にいてしまった山崎の首に腕を回し、彼の腰のホルダーから拳銃を抜いた。
元々マシンガンを向けられ殺気立っていたこともあり、その手は躊躇いもなく撃鉄を上げ、銃口を山崎の腹に当てた。
状況を飲み込めないのは名前も山崎も一緒だ。銃を向けられ冷や汗をかく山崎と、なぜ警察から逮捕されそうになっているのか、理解できずに冷や汗をかく名前は互いに荒い息を交した。
「ちょっと待てよ」
興奮状態の名前を鎮めるかのように銀時は沖田の方に顔を向けて名前の前に立った。くるくると暴れる銀髪を掻きながら、銀時は両手を上げてみせた。
「土方くん、俺ら被害者なんだけど。犯人そいつらなんだけど」
「……その女は殺人事件の重要参考人だ。ついさっき上から内密に捕らえろと命令が出た。こちらに渡してもらおう」
土方の言葉に名前は気を失いそうになった。全く身に覚えのない罪だ。尚更捕まるわけにはいかないと唇を噛む。
一方その連絡を受けていなかった山崎も、自身に銃を向ける女に殺人容疑がかけられていると知り、絶望的な気分になった。複数の殺人を犯している人物は、人を殺すことのハードルが下がる。本当に撃たれてもおかしくないと山崎は泣きたくなった。
「名前が人を殺すわけねーだろ。こいつは腐っても医者だ。何かの間違いじゃないのか?」
山崎の心中を掬うかのように銀時の緊張感のない声が土方と沖田に向けられた。
銀時の言葉を肯定するように名前は大きく頷く。
「私、殺人だなんて身に覚えがない」
「話は署で聞いてやる。山崎を解放しろ」
土方の言葉に名前は山崎を拘束したままゆっくりと後ずさる。近づこうとする土方と沖田を牽制しながら、パトカーの側まで寄った。

そのパトカーのタイヤとタイヤの間を転がり抜け、ボーリング大の球が転がってきた。夜道でも目立つ白いその球には大きな目と大きな黄色い嘴が書かれている。名前と山崎の間を通り過ぎたその球は銀時の足元まで転がり、その革靴に当たって止まる。
銀時がその見覚えのある柄に口を開きかけた時、球の嘴がぱかりと開いた。
「な、なんだ……ッ」
嘴から勢いよく白煙が上がり、視界はあっという間に覆われ目の前は白い靄に包まれた。
この悪い視界で乱射されては堪らないと、土方と沖田はパトカーの陰に素早く身を隠した。
案の定、聞き覚えのある銃声が二発鳴る。二発目はすぐ側に着弾したのか、比較的大きな破裂音がした。
「逃げられやしたね」
ゆっくりと生暖かい風に吹かれ、煙が晴れたその場に名前の姿は無く、パトカーのサイドミラーと自らの左手に手錠を引っ掛けられている山崎の姿だけが残されていた。
沖田はやれやれと頭を振りながら土方を振り返った。土方はパトカーのタイヤが銃弾によってパンクさせられているのを見て舌打ちをした。
「なんかよく分からねーけど俺たちの被害届はどうすればいいわけ?」
銀時は幾松の店を指差して尋ねた。



店から離れて様子を伺っていたらしい桂の助太刀により難を逃れた名前は、桂と共に電灯のない路地を歩いていた。整備されていない砂利道にハイヒールのヒールがめり込み雑音を立てる。折角のエナメルが傷つきそうだと名前は眉を寄せた。
「しかし名前殿もついに警察に追われる身か。お互い大変だな」
「私はあなたと違って身に覚えがない罪なんですけどね」
勝手に親近感を抱かれても困ると名前は能天気な桂を一刀両断した。

prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -