16

留守番電話で新八の家に呼びだされた名前は家にある救急箱を持って夜道を駆けていた。留守番に万事屋から道場への行き方は吹き込まれていたが、あまりくることのない方向のせいで少し迷ってしまった。やっとのことたどり着いた名前は「すみませーん!」と声を張った。「はーい」と声が返ってきて、妙が門を開ける。

「はじめまして……あの、呼ばれてきたんですけど……」
「ええ、聞いていますよ。どうぞ」

この道場で一体何があったのか。庭のところどころに大きな穴が開き、壁には丸太が突き刺さっている。穴を覗き込むと竹やりが大量に設置されていた。寒気がする。妙の後ろについて家にあがると布団に寝かされた銀時がいた。全身包帯だらけである。一体銀時に何があったのか。驚く名前に新八が看病を頼んできた。

「さっきまで姉上たちが看病してたんですけど、ちょっとあの人達じゃ銀さんの事殺しそうで……というか殺しかけちゃって」
「……え?」
「僕らの周りでまともなの名前さんぐらいなんですよ……お願いできますか?」
「はい、大丈夫ですけれど」
「ほんと夜遅くにすみません。台所とか好きに使ってくれて構わないので……」

銀時の傍に座り、水を絞ったタオルを彼の額に乗せた。ところどころ血のにじんだ包帯が痛々しい。何があったのか本人の口からききたいが、聞いてもいいのだろうか。自分と銀時との距離がわからない。布団をかけなおす名前に銀時の瞼が開いた。

「名前か……」
「ええ。何か欲しいものはありますか?」
「ほんとよくできた女だよなァお前」
「……そんなことありませんよ」
「水をくれ」
「はい、ただいま」

冷蔵庫から水を取り出してコップに注ぎ、銀時のもとに持っていった。起き上がろうとする銀時の背に手を当てて、起き上がる手伝いをした。薄い着物越しに銀時の逞しい体を感じた。銀時の手にコップを渡す。喉仏が上下して水が消えていくのをぼんやり見ていた。

「……高杉に会ったんだってな」
「はい。兄の事もわかりましたし、おかげで母と和解できました。和解というか…すこし母とは仲良くなれた気がします」
「そうか」

それっきり銀時は黙った。横になった方がいいと思った名前は寝るよう促すが、銀時はこのままでいいという。心配そうに銀時の様子を窺う名前から甘い匂いがした。桂と話したことがある。名前が自分の家族のことをどこかで毛嫌いしているのは分かっていた。神楽と星海坊主。名前とその家族。きっと神楽が名前に対して親しみをみせるのも、自分と似ているところがあるからだろう。目を伏せた名前の頭を痛む腕をあげて撫でる。

「聞いてくれますか、坂田さん」
「……」
「父が私に縁談を持ってきたんです。蛸烏星の大使様との」
「……へェ」
「でも、私結婚願望とかないんですよね、まだ」

銀時の目を見ながら名前は確認するように言う。銀時もそれなりの女性と付き合いをしてきた。名前が銀時に何を求めているのか手に取るようにわかる。自分から呼びつけておいてなんだが、彼女の気持ちを汲むことができる気がしなかった。大人びた視線と精一杯の背伸びが意地らしいと思う。へらっと銀時は笑った。

「なに、名前ちゃん銀さんに止めてほしいの?」
「はい」

恋も愛も素直に生きなさい。その言葉の通りに名前は頷いた。銀時に止めて欲しいのだ。別に彼の心からの言葉は望んでいない。「やめた方がいいんじゃねェの」客観的なその一言が欲しい。笑顔を消した銀時は内心舌を巻いた。いつものように適当にはぐらかそうとおもっていたのに。新八は妙のところに行ってしまっているし、神楽はもう寝ている。

「……やめたほうがいいんじゃねえの?」

ぼそっと銀時はつぶやいた。その言葉が聞けて名前は満足げに笑う。名前に背を向けるように寝転がった銀時は夜空を見上げた。痛み止めが効いているのか疼くような傷の痛みは治まっている。名前は持ってきた救急箱を枕元に置いた。月の光を反射するように簪が光った。

「つけてんのかそれ」
「ええ。折角坂田さんがくれたものですから。使わないともったいないと思いまして」
「……お前なんか悪いものでも食べた?」
「自分に素直に生きることにしたんです」

今まで手を出すのをためらっていた銀時だが、積極的な彼女にその決心が鈍りそうになっていた。きっと彼女は銀時と先の関係を望んでくれるだろう。簪を買った時のことを思い出す。簪代のせいで万事屋は一週間オカズ無しの食生活だった。だが彼女のもとに食べに行くわけにはいかず。沖田に嵌められたのを少しだけ歯がゆく思ったが、彼女の笑顔を見て後悔はしなかった。

「言っておくけど俺、滅多にプレゼントとかできねーぞ」
「知っています」
「……」
「甲斐性ないし仕事もないしだらしないのも知っています」
「…そんな男のどこがいいのかねェ」
「さぁ……?」

そこは何か言ってくれるんじゃないの?真剣に考えこむ名前に銀時は情けなくなった。

「いつも陰で支えてくれてたことですかね?」
「あ?」
「桂さんが坂田さんの良い所、いっぱい教えてくれましたよ。兄様のこともまだ探してくれていることも」
「……あの野郎」

まだ名前は本当に欲しい言葉を貰っていない。けれどもその言葉をねだるのは今ではない気がした。今は、今で満足。こうやって好きになった人の傍に居られるだけで満足なのだ。寝られないという銀時に名前は胡弓を構えた。

「なァ、名前」
「どうしましたか?」
「坂田さん、じゃなくて、銀さんって呼べよ」

名前の奏でる旋律に逆らうように重い口を開けて銀時はそういった。名前が頷くのをみてから目を閉じる。数秒で寝息を立てた銀時を見て名前は幸せそうに笑った。母様と彼を会わせてみたい。熟睡する銀時の枕元に文机を持ってきた名前は縁談を断る手紙をしたためはじめた。朝、彼が起きたら「銀さん」と呼ぼう。耳栓を装着した新八と神楽はそんな名前と銀時の様子をこっそりのぞき見、顔を見合わせて笑った。

END

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