15

来島がつけっぱなしにしていたテレビ放送で彼女の顔を見た時、最初に思い出したのは泣く昔の仲間の母の姿。ついで戦友のことを思い出し、彼女の持っていた楽器でそれは確信に変わった。戦友の愛した少女を一目見ようと思っていただけ。畳みから這い出てきた桂は高杉に警戒の目を向けて、名前を高杉の視線から遮るように遠ざけた。彼女になにかあったら銀時から殴られるのは必須だろう。

「お約束守れなくてすみません」
「……いや、無事ならばいい」

無言の高杉は何かを図るように桂を見ていた。桂は何を思って名前をテロに巻き込んだのか。名前の力を利用しようとは思わなかった高杉は桂の思惑が読めなかった。それについて詳しく説明するほど桂は馬鹿ではない。睨みあう二人のことはもう眼中にない名前は畳の目を数えるように視線を下に向けていた。そんな名前の前に高杉は短刀を置いた。

「……これって」
「お前の兄貴の忘れ物だよ」
「……」
「あいつが何をしようとしてたかは、詳しくは知らねェがな」

高杉は立ちあがって、ぐるりと部屋を見渡すと縁側から出て行った。残された名前と桂は無言のまま動かない。兄のものだという刀を持ち上げた名前は鞘から刀身を抜いた。鈍い銀色の光が名前の瞼の裏でチカリと光った。

「桂さん、やっぱり私、ここに居たい理由ができました」
「ほう…」
「聞いてくれますか?」

誰かが盗み聞きしているわけもないが、名前は桂の傍ににじり寄り、彼の形のいい耳に両手をあてて筒のようにした。内緒の話、だ。名前が喋るたび、その呼吸が耳に当たり、こそばゆい。離れた後、名前の顔はほんのりと赤く染まっていた。


■ ■ ■


名前の家から高杉が出てきたという山崎からの報告を聞いた土方は書類に判を押す手を止めた。先日鬼兵隊が江戸に潜伏しているとの情報を聞きつけ山崎に探らせていた。結果が、コレだ。名前の住んでいる家は過去、攘夷志士の潜伏場所として知られていた家だ。踏みこみ、斬り合いになったのを覚えている。

「副長。この件厄介かもしれません」
「あん?」
「名前さんのもとに蛸烏星の大使との縁談が来ているとか」
「……まじでか」
「沖田さんも見合い写真を確認しています」

ぽろっと土方の口からタバコが落ちる。幸いにも火をつける前だったため書類に被害はなかった。沖田が彼女の家でサボっているのは知っていた。だが今それをとがめている場合ではない。名前と蛸烏星大使の縁談が決まれば彼女が何をしようともこちらは手が出せない。名字家だけでも十分動きづらいのに。眉間に皺を寄せた土方は煙草に火をつけ、窓に向かって煙を吹きかけた。

「総悟を使って決定的な証拠を押さえさせろ。名字名前が攘夷とかかわりがあるという決定的な、証拠だ」

沖田が名前の庭から上がりこもうとしている時、名前は菫と百合の種をどこに捲くか考えていた。殺風景な庭を無粋だとみなした高杉によって菫の種を送られたのだ。春の菫に対抗するように桂は百合を送った。銀時達に貰った舞鶴草は早速、庭に植えてある。植木鉢に埋めて、庭に植えようと決めた名前は財布を持って植木鉢を買いに行こうとした。確か万事屋の隣が花屋だった気がする。

「名前」
「あれ?沖田さん。こんにちは」
「どっかに出かけるんですかィ?」
「知り合いに種を貰ったので植木鉢を買おうと思いまして…別に明日でも支障ありませんから大丈夫です」
「悪いねィ。とりあえず茶をくだせェ」
「はいはい」

冷えた緑茶を冷蔵庫から出してコップに注ぎ、沖田へと渡した。沖田の指定席になりつつある縁側の一番端っこに名前は座布団を出す。至りつくせりだ。

「名前」
「はい」
「……お代わり」
「はい」

部屋の中に消えていく彼女の背中を視線だけで追った。その髪には銀時が買った簪が刺さっている。戻ってきた彼女の手には緑茶と御饅頭。

「どうぞ」
「気の利く奴でさァ」
「お仕事頑張っていらっしゃるようですから」

ちくり、と棘のある言い方をする名前に沖田は知らん顔だ。やるべきことはやっている。もともと事務仕事や見回りは向いていないのだ。斬りこみならば土方にも劣らない仕事ぶりを見せる。そう名前に説明してもサボっている現場しか見たことのない彼女は信じなかった。

「で、名前。今日はお仕事で来やした」
「といいますと?」
「あんたの家から攘夷志士の高杉が出てくるのをうちの隊士が見ていてねィ…」
「いいえ、何も知りませんよ。きっと人違いでしょう。少なくとも、私は会っていません」
「……」

毅然とした態度で名前はそう言い切った。山崎の報告が嘘だということはありえない。名前が何もしらないということもあり得ない。この数か月で彼女も図太くなったということだろう。誤認逮捕でおどおどしていた人物とは思えない。しっかりと沖田の目を見て、自分は知らない、と言い切った。それでいい。

「この後土方さんが来るでしょうが、頑張ってくだせェ」
「……やっぱり沖田さんお仕事で来ているわけじゃなかったんですね」

くすくすと笑う名前の声を煽るようにガラスのコップをまわせば、入っていた氷がカランと音を立てて崩れた。彼女は変わった。


■ ■ ■


名前が家に戻ると玄関に土方が立っていた。彼女の姿を見ると、携帯灰皿に煙草を押し付けて火を消す。彼がどのような用事でここに居るのか分かっていた。

「総悟から何か聞いたか?」
「なんのことでしょうか」
「…昨日桂一派と高杉一派が江戸湾で派手にやらかしたらしいぜ」
「……」

読めない表情を浮かべた土方は名前の肩をぽんぽんと叩いてパトカーに乗り込んだ。名前はパトカーが発車し、その姿が見えなくなるまで目で追った。別にやましいことはあまりない。高杉も桂も一時的に知り合っただけで、名前自身は攘夷活動なんてしていない。名前を捕まえても得られるものはないだろう。家に入り、電気をつけてまわる名前は風呂の準備をしながら留守番電話のメッセージを流した。

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