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近代史の講義。テーマは教育。配布されたプリントにメモを取っていた名前は隣から聞こえてくる沖田の寝息に少し笑った。寝顔がかわいい。半開きになった口と閉じられた瞼、長い睫。自分の周りにはイケメンが多い。きっとミスターキャンパスを争えるレベルだろう。なのに、彼女を作らない彼らは何を考えているのだろうか。やっぱり神威が言ったように一人に縛られるよりいろいろと遊んでいた方が楽しいのかもしれない。名前には理解できない感覚だ。

「美形はずるいなァ……」
「もしかして俺のことですかィ?」
「総悟起きてたの?」
「名前の視線が痛くて起きやした」
「あっごめん」

小声で会話する。まだとろんとした総悟は寝たりなさそうだ。大きく口を開けて欠伸を一つ。鞄を漁ってジャスミンティを取り出した。右手に薬。錠剤を二つほど口に含んだ。

「……具合悪いの?」
「いや、花粉か何かだろィ」
「あらぁ……ご愁傷様」
「花粉症はつらくていけねェ」
「眠くなるらしいしね」

そういえば少し鼻声かもしれない。可愛い。ぷぷぷっと笑うとご機嫌を損ねたらしい沖田が顔を背けた。そんな頬をぷにぷにとつついた。傍から見るといちゃいちゃしているようにしか見えない光景に山崎は呆れた。無音シャッターで沖田の頬を掴む名前の笑顔を取り、ツイッターにアップした。

『付き合ってんの?』

お気に入り登録の通知が来る。自分のツイートを見てくれている人がいたのかと感動した。…と思ったら近藤さん。アップした写真をよく見ると小さく志村妙が映っていた。この人は本当に…もう!いつか訴えられないかと心配してもしきれない。スマートフォンから視線を上げると沖田と名前が荷物をまとめているところだった。また抜けるつもりなのだろう。沖田の差し出す二枚の出席カードを受け取り、山崎は深いため息を吐いた。期末試験大丈夫なんだろうか。お願いっと顔の前で手を合わせる名前の笑顔に、ああこの人もだいぶ毒されてきたな、と。


■ ■ ■


教室を抜けだした沖田と名前は屋上で日向ぼっこをしていた。冬の風は寒いが日向ぼっこをするには少しぐらい寒い方が良い。花粉症なら大人しく室内にいた方がいいと思うのだけれど。ずずっと鼻をすりあげた沖田は自分の腕を頭の後ろに回し昼寝を開始するポーズをとった。目の上にはふざけたアイマスクが乗せられている。

「固ェ……」
「うん?」
「地面が固くて寝られねェ…」
「コンクリートだもんね、ここ」
「膝貸してくれィ」
「え」

体育座りをしていた名前の足を崩させ、沖田は彼女の膝に頭を置いた。洗剤の薫り。アイマスクのせいで寝ているのか寝ていないのかわからない沖田に話しかけられるわけもなく、名前はスマートフォンを適当に弄った山崎のツイートに自分と沖田が写る写真を見つけ驚愕する。沖田ファンに殺されそうだ。冷たい風が吹き抜ける。

「寒ィ」
「……だろうね。ねえ総悟」
「なんですかィ?」
「なんで彼女作らないの?」
「……」
「モテそうなのに…まあ別にいいけど」
「名前はなんで彼氏作らないんですかィ?」
「え?」
「まァ名前は鈍いからねェ……」


いやいるよ、できたよ。と言おうと思ったが、それよりも鈍いと言われた方が気になった。沖田に「鈍いってどういうこと?」と聞いても答えようとしない。代わりに彼の口元が弧を描いていた。教える気はさらさらないらしい。

「総悟」
「……なんでさァ」
「いいことおしえてあげよっか」
「うん?」
「誰にも言っちゃダメだよ?」
「いいですぜ」
「あたしね、彼氏できたの」
「……そうですかィ」
「みんなにはまだ内緒だよ」
「はいはい」

小馬鹿にしたようなリアクションがくると思っていたのに沖田の反応は薄かった。興味なかったか、と呟く名前に対して沖田はアイマスクの下で目をあける。いい女だから。出来て当たり前だから。

「そいつ、キャンパス内ですかィ?」
「ううん」
「そうかィ」

神威ではなかったか。名前が神威のことを好きだったのをうっすら知っていた。誰に聞いたとかではなく感づいていたのだ。名前をよく見ていたから。沖田は目を閉じた。花粉のせいか、この屋上があまり居心地のいい場所ではないようにも思える。呑気に鼻歌を歌う名前の顔はきっと緩んでいるのだろう。嬉しそうにしていてほしい。名前が鈍いのではなく、自分が臆病だったのかもしれない。

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