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最近、名前は少し変わったような気がする。可愛くなったというか、健康的になったというか。神威は上機嫌でケーキをつつく名前を眺める。場所は食堂。彼女が幸せそうに食べているのは一つ二百円のティラミスだ。寝坊した神威の出席カードを代理で書いて提出した代わりにケーキを奢っている。神威の隣に座った阿伏兎はレポートの期限が今日までということで必死に課題に取り組んでいた。

「おいしい?」
「おいしい。ケーキなんて久しぶりに食べた」
「最近ご飯はちゃんと食べてるの?」
「うん。そのせいで体重も増えちゃったけど」
「名前は細いから関係ないデショ」
「お腹ぷにぷにだよ」
「触っていい?」
「だめ」

ケチと呟いた神威に、セクハラだという阿伏兎。課題データ消しちゃうぞ、と言われた彼はまた大人しく下を向いた。その間にも幸せそうに名前はケーキを口に運ぶ。阿伏兎には高杉と付き合うことになったことは伝えてある。今のところ知っているのは沖田と阿伏兎だけだ。猿飛にも言っていない。沖田は仲が一番いいから。阿伏兎は相談に乗ってもらったから。よかったな、としか返ってこなかったけど彼なりに祝福してくれているのは伝わってきた。名前はそのメールを送った時神威が隣にいて覗き込んでいたことをしらない。

―「ねえ阿伏兎」
―「……」
―「どうなってんのこれ」
―「名前に彼氏ができたってことさ」
―「見ればわかるヨ」

名前のことを恋愛対象として見ていなかったくせに。お前さん一度名前をフってるだろうに。口には出さずに阿伏兎は心のなかでつぶやいた。名前からのメールを見てから機嫌が急降下した神威。思い出して身震いをした阿伏兎を名前が不思議そうに見た。曖昧に笑い返す。

「名前、今度二人で飲み行こーヨ」
「いいけどもう泊めないからね!」
「えー」
「ダメ」

ぷくっと頬を膨らませる神威はそこらの女の子より可愛かった。ただその腹の中もそこらの女の子より黒いかもしれない。名前に彼氏ができたことが何故か気に食わない。名前と付き合う気はないが、ずっと自分を追いかけていて欲しかった。矛盾。自己中心。

「名前の彼氏だったら泊まれるのにネ」
「そうねえ」
「付き合っちゃう?」
「何言ってんのっ!」

軽い冗談をさらっと流す。もちろん冗談のつもりだが、神威は流されたことにむっとする。お前なんかもう眼中にない、と言われた気分だった。二人の様子をみた阿伏兎が首をすくめる。その阿伏兎の後ろから沖田がやってきた。名前の隣に腰を降ろすと同時に彼女の持っていたフォークを選び、ティラミスをぱくりと食べる。甘ェ…とひとりごちた。

「あ、総悟……寝坊?」
「いや俺は休講でさァ」
「補講はあるの?」
「来週の土曜」
「行くの?」
「行かねー」
「ですよね」

補講は基本的に出席を取らないはず。わざわざ休日までキャンパスに来たくないという気持ちは痛すぎるほどにわかった。荷物を置き、財布だけを片手に持った沖田は麺類コーナーに行った。少し迷って味噌ラーメンを注文する。最近家庭教師のバイトを始めたせいでお財布は温かかった。ちなみに沖田の家庭教師先は神威の妹。現在高校三年生で大学受験の対策に雇われたのだ。ラストスパート。予備校との兼ね合いはなかなかに大変だと思う。志望校は、ここ、空知大学だ。味噌ラーメンを席に持って帰ってきた沖田に神威は笑いかける。

「神楽はどう?」
「あんたに似て生意気でさァ」
「ははっ。合格できそう?」
「半々ぐらいですかねェ……論文がちょいと」
「ふーん」

神威とはあまり仲良くないと言っていた気がする。休憩時間に大量のお握りを食べる姿に血のつながりを感じた。来週には模試の結果も返ってくるだろう。クリスマスが開ければすぐにセンター試験。血走った目で過去問にかじりつく彼女に軽い恐怖を覚えた。どうして空知大学なのか、と聞けば、馬鹿兄貴に、神威に負けたくないから、と返ってくる。仲がいいのか悪いのか。

「あんたちゃんと家にかえりなせェ」
「えー?」
「妹さん一人で寂しいだろ」
「いない方がせいせいするでショ」

神威の母親は小さい頃病気で他界したと聞いたのを名前は思い出した。父親も仕事が忙しいらしい。家には神威と妹さん。神威はあまり家に帰ってこないのか。家に一人がどのくらい寂しいのか名前は知っている。

「家に一人は寂しいよ」
「じゃあ一緒に住む?」
「は?」
「俺と名前が一緒に住めば解決だネ」
「どっちかって言うと神威の妹さんとあたしが一緒に住めば勉強も見てあげられるし寂しくないしで解決じゃない?」
「……」

名前の答えに沖田がせせら笑う。食器を片づけにいった名前が席を立ち。丸いテーブルには野郎3人ばかりが残される。おかしな沈黙が彼らの傍を通り過ぎた。

「俺もバイトしなきゃネ」
「拘束時間少なくて時給良いのは家庭教師ですぜ」
「やっぱり?やるなら若くてかわいい女の子の家庭教師やりたいなぁ」
「チャイナの家庭教師でもしてやがれィ」
「あれ?阿伏兎はまだバーテンダーのバイトしてるの?」
「おう」
「バーテンもいいな」

パソコンを開き、求人サイトを見始める。高収入の欄にチエックを入れると表示されるのは予備校や家庭教師や風俗系。家庭教師と風俗が同じぐらいの時給だった。場所をどうするか。キャンパスから神威の家は一時間かかるかかからないか。自宅の近くにするか、キャンパスの近くの大きな駅、つまり新宿にするか迷った。楽なのは自宅付近だが。

―ホストとか向いてそうだよね

ふと名前が沖田に言った言葉を思い出した。ホストか。水商売に偏見は無いし、むしろ少しは憧れるかもしれない。テーブルに帰ってくる名前の恋人は、ホスト。やってみるのもいいかもしれない。

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