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―安眠娘はじめました

そんな張り紙がスナックお登勢の店先に貼られているのを朝帰りした銀時は、まわらない頭でかれこれ三分以上はその張り紙を眺めていた。安眠娘?なにかの楽器をもった女の影絵が書かれた張り紙。眠れないあなたに素敵な快眠を。とキャッチフレーズが添えられているが、イマイチなにをしてくれるのかわからない。新手の風俗かァ?と頭をひねったところで新八が出勤してきた。おはようございます、と銀時に挨拶をした新八は彼が熱心に眺める張り紙に気付いた。

「ああ、いま噂の安眠娘ですね」
「なに、お前知ってんの?」
「将軍様のお召しにかかったとか噂になってません?」
「知らねー。ふーん……で、具体的に何してくれるのよ?」
「そこまでは…」
「安眠娘ねェ」

惰眠だけはいくらでもむさぼれる銀時には安眠など基本的に必要ない。別に睡眠障害を持っていない新八も、昼過ぎまで起きてこない神楽もまたしかりだった。


■ ■ ■


名前は殿中楽師の一人だった。一族が皆、楽師の彼女は例に漏れず幼いころから教養と音楽を叩きこまれ、当然のごとく江戸城に出仕していた。古い楽器を整理していたとき、上質な胡弓を見つけた名前は本当に軽い気持ちでその弓を震わせた。

「はい、もしもし。こちら安眠娘です」
「――――」
「承りました。では本日二十一時にお伺いいたします」

名前が見つけたその胡弓は人を眠らせる能力があった。将軍様が不眠で苦しんでおられるらしいと聞いた名前。その力、余のためだけではなく、市井の人々の為にも使ってほしい。将軍自らのお言葉に感激した名前は仕事の合間を縫って『安眠娘』の仕事を始めた。殿中楽師の仕事は接待時の演奏が主で、後はひたすら腕を磨くだけ。安眠娘の仕事に割く時間ならいくらでもあった。そして、今では大江戸病院の方からも依頼が来るようになった。不眠症で苦しむ人の治療に有効らしい。嬉しいことに今日、初めて個人でからの依頼が舞い込んできた。

「いやねえ、仕事熱心なのは嬉しんだけどねえ……おじさん心配なのよ」
「はあ」
「聞けばかれこれ二週間はロクな睡眠をとってないらしくてねえ。これはもう強制的に寝かせるしかないと思ってねえ」
「それって大丈夫なんですか?お仕事が忙しいとは言っても二週間も寝られないほどって、その人が休んでしまったら大変なことになりませんか?」
「それはこっちでなんとかするから安眠娘ちゃんは心配しなくて大丈夫だ」
「ならいいんですが」
「引き受けてくれるかい?」
「はい」

サングラスをかけ、咥え煙草をしながら話す依頼人はどうみてもヤクザにしか見えなかった。だがしかし、この人は警察庁長官、松平片栗虎である。場所は真選組屯所。眠らせてほしい人の上司だという人に案内されて名前はその部屋の前まで来ていた。頼んだ通り、人払いはしてくれたらしい。さて、仕事の時間だ。綺麗に結い上げた髪にさされた簪が揺れる。

「局長様、この耳栓を必ずして待っていてくださいませ。数分で出てまいります」
「お、おう……じゃあよろしくな」

襖を開けた瞬間に漂ってくる副流煙に名前は口布を引き上げた。訝しげに彼女を、そして何事かと近藤を見る土方に近藤は「安眠娘さんだ。トシ、頼むから少しだけでいい、ちゃんと寝てくれ」と懇願した。その言葉に眉をしかめたのは土方だ。安眠娘というネーミングも信用できない上、今はまだ寝るわけにはいかない。けれど近藤に何を言っても無駄なのはわかっていた。近藤はこう見えて土方以上に、下手すれば沖田以上に頑固だ。適当に相手をしてこの女には帰ってもらえばいい。それが一番早く仕事に戻れる道である。「勝手にしろ」と言い、机に向かった彼を見た彼女はここを任せるように近藤に言った。無言で出て行く近藤の姿が襖によって見えなくなったのを確認した名前は土方が何か言おうとするのを制するように胡弓を構えた。

「失礼します」

変な薬でも盛られるのではないかと警戒していた土方だったが、彼女が楽器を取り出し、音を調律しだした彼女を見て、ひとまずの警戒は解いた。よくある音楽療法のようなものだろう。音楽によってリラックスさせ、眠気を誘う。そんなものに巻かれるほど土方の精神は脆くない。…脆くないはずだった。

彼女が弓を引き、滑らかな玉音が部屋に響き渡った瞬間。土方は自分の意識が暴力的な強さを持って引きずられていくのを感じた。瞼が異常に重い。思わずぐらりと揺れた体を必死に立て直そうとするも、腕が鉛のように重い。そのせいで耳をふさぐこともできなかった。机に倒れこんだ彼の耳に聞こえてくるのは緩やかな旋律。耳に甘い余韻を感じた時、彼の意識は途切れた。

「土方さん?」

彼が机に倒れこんで少ししたころ、名前は名前を呼んでみた。反応はない。弓を引く手を止めて、そっと近づき肩を揺らす。反応は無い。完全に夢の世界に入った彼を確認した彼女は部屋の外で待っている近藤を呼びに行った。念を押した通り、耳栓を嵌めている彼の前に立ち、土方が眠ったことを伝えた。半信半疑だった近藤だが、土方が寝ているのを確認し、感嘆の声を上げた。いそいそと布団を敷き、彼を寝かせる。

「未だに信じられんよ…!」
「これが私の仕事ですから。自然と目は覚めますんでご安心を」
「またお願いしてもいいかい?」
「ええ、もちろん」

報酬を受け取りほくほくと帰宅する名前。そんな彼女を沖田は怪訝な目つきで見ていた。

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