02

安眠娘の仕事はそれなりの収入を彼女にもたらしていた。数か月間働いた彼女は思い立って、実家を出ようと思った。炊事洗濯も一通りは叩き込まれた。問題なかろうと両親に申告したところ、返ってきたのは否の返事だった。必要性が感じられない上に、なによりも心配だという。全うな意見。だが、そこで折れるわけにはいかなかった。彼女は両親の説得を早々に諦め、黙って家を出ることに決めた。しかし、やはり世間知らずのお嬢様。新たな住まいの見つけ方がわからなかったのだ。

「という相談なんですけれど……」
「あたしは大人しく実家にいた方がいいと思うんだけどねェ」
「実家には兄も姉も妹も弟もいますから。私が一人出て行っても問題ないでしょうし、お願いします」
「外の世界を知ったところであんたが住むのはそっちの世界だろ?」
「自分の生き方は自分で決めます。勘当覚悟です」
「小娘が調子乗ってるようにしか聞こえないんだけどね……」
「お登勢さーん……そこを何とかお願いしますよ。ほら、かわいい子には旅をさせろ、とか若い時の苦労はしょってでろとか言うじゃないですか」
「どうしても、って言うなら紹介するけどねえ……」
「お願いしますよぉ」

名前はスナックお登勢に来ていた。開店するや否やでカウンター席に陣取り、お登勢に住居の案内を頼みこむ。お登勢は名前の父親の知り合いだった。名前が城下で働く時、いろいろと面倒を見てもらってきた。今回もお登勢に頼ればなんとかなると踏んだ名前はこうして頼み込んでいる。我が儘娘の相手に疲れたお登勢は丁度引き戸を開けて入ってきた銀髪の男に目を止めた。お登勢が手招きすると銀髪をガシガシと掻きながら死んだ目を名前とお登勢に向ける。場末のスナックに馴染まない彼女を見てまた厄介事でも背負ったのかと勘繰った。名前の隣に腰かけ、とりあえず酒、と頼む。

「で、どうしたのよバアさん」
「あたしの知り合いの娘なんだけどね、独り立ちするって言って聞かないのよ。ちょっとアンタ、世間の厳しさを教えてやって頂戴よ」
「親元から離れて独り立ちとはいいことじゃねーか。いい年した大人は親のすねをかじるもんじゃねーしな」
「この子はまだ新八と同じぐらいの年だよ。うだうだ言ってないでびしっと言っておやり」
「あー、お前、仕事も無いクセに一人前の口を利くんじゃありません」

いきなり説教をしだした銀時を名前は虫けらを見るような目で見た。銀髪に死んだ目をした男。確かスナックお登勢の二階を借りているダメな男。家賃滞納されて大変だと前に聞いた。そんな男に偉そうに説教されても説得力は皆無だった。銀時の言葉を丸無視することにした名前は前に向きなおり、お登勢へと再び家さがしの話題を振った。

「お願いしますよお登勢さん。私を二階に住まわせてくださいよ。家賃なら毎月きっちり払いますし」
「ねえちょっとナニ言っちゃってんのこの子。銀さん怒るよ?ねえ?」
「……ちょっとあっちで飲んでくれませんか?私、お登勢さんと大切な話があるんです」
「自力で家も見つけられないガキは大人しく実家で暮らしなさい」
「あなたには関係ありません。プーなんでしょう?ちゃんと仕事探したらどうですか?」
「プーじゃねーし!自営業だしぃ!お前ね、あんま銀さん怒らすと怖いよ?大人の本当の怖さをしらないでしょ?ほら銀さん今なら許してあげるから謝りなさいほら」
「謝る義理はありません」
「大体お前こそ無職だろ!こんなチンチクリン雇うところなんかあるわけないね!無職が何をいって独立だ?歌舞伎町なめんじゃねーよ」
「私も自営業です」
「嘘吐け」
「嘘じゃありませんよね、お登勢さん!」

勢いよくタバコの煙を勢いよく吐き出したお登勢は曖昧に頷いた。下手したら銀時よりもよっぽど高収入だ。先ほどから二人のやり取りを聞いていたが、銀時は役に立ちそうにない。むしろ温室育ちの彼女がここまで啖呵切れることに感嘆した。彼女が職持ちということに驚いた銀時はなけなしの自尊心が狩られたようでうなだれた。片手で顔を抑え、「あー」とか「うー」とか母音を連呼する。

「名前の実家は殿中楽師でね、この子もそうだよ」
「けっ。いいとこのお嬢様かよ。」
「で、その技術を生かして『安眠娘』っての始めてね。それがうまく行っちゃったからこの子調子乗っちゃって」
「安眠娘?店の前に貼ってあるポスターの?」
「そうさ。この子だよ」

その言葉に目を丸くした銀時はじろじろと名前を見た。興味を持っていた安眠娘がまさかこんな少女だとは思わなかった。彼女の傍らにある大きな包みに楽器でも入っているのだろう。まあ何にせよ、胡散臭い商売である。楽器如きで眠りにつけるもんか。

「よーし。じゃあ勝負しょう」
「は?」
「お前が俺を寝かせられたら、住居探し手伝ってやるよ」
「本当ですか?」
「おう。武士に二言はねーよ。だが、俺が寝なかったらお前は大人しく実家に帰れ」
「いいですよ、やります」
「言っとくけど今日俺十六時間睡眠だからな?さっき起きたばっかりでこれっぽっちも眠くねーからな?」
「ふん、関係ありません」

息巻く二人に呆れて何も言えないお登勢は溜息だけを吐いた。まあこれで大人しく名前が家に帰ってくれるならいい。どんなやり方で眠らせているのかは知らないが、力技では銀時に勝てるはずもない。たまを審判として連れて行くという二人の背中を見送り、数分後、意気揚々と帰ってきた名前とたまに頭を抱えた。

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